表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娘の代わりに、産んで。~不妊を装い、実母を『代理母』として利用した悪魔の娘~  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話:悪夢の陽性反応


「うっ……」


 朝食の味噌汁の湯気が立ち上った瞬間、強烈な吐き気が胃の腑からせり上がってきた。


 私は口元を押さえ、キッチンのシンクにへたり込んだ。


「はぁ、はぁ……何これ……」


 胃の中身を戻すほどではないが、船酔いのような不快感がずっと続いている。


 あの日、莉奈たちと飲み明かしてから、もう一ヶ月が経とうとしていた。


 最初は、ただの夏バテか、少し遅れてきた更年期障害の症状だと思っていた。

 四十五歳。身体の曲がり角だ。ホルモンバランスが崩れてもおかしくない。


 けれど、この吐き気には覚えがあった。


 二十六年前、莉奈を妊娠した時の、あの感覚と酷似しているのだ。


「まさか……そんなわけ、ない」


 私は震える手でスマートフォンのカレンダーアプリを開いた。

 生理予定日のマークを確認する。


 ……来ていない。

 予定日から二週間も過ぎている。


 不順になることはあっても、ここまで遅れたことはない。


 嫌な汗が背中を伝う。

 否定したい。全力で否定したい。


 けれど、主婦としての勘が、最悪の可能性を告げていた。


 私は逃げるように家を飛び出し、少し離れたドラッグストアへ向かった。


 近所の店では知り合いに見られるかもしれない。

 帽子を目深に被り、まるで犯罪者のようにコソコソと妊娠検査薬をカゴに入れ、セルフレジで精算を済ませた。


 ◇


 自宅のトイレ。


 個室の鍵を閉めても、心臓の音はうるさいほど響いている。


 検査の手順は簡単だ。

 それなのに、手が震えてスティックを落としそうになる。


 ――判定終了まで、一分。


 その一分が、永遠のように長く感じられた。


 神様、お願いします。

 ただの閉経前の不順であって。病気でもいい。癌でもいい。


 だから、妊娠だけはしていませんように。


 祈るような気持ちで、判定窓を見る。


「……嘘」


 そこには、くっきりとした鮮やかな赤線が浮かび上がっていた。


 陽性。

 妊娠している。


 私は便座に崩れ落ちた。


 思考が真っ白になるどころか、冷徹な計算が脳内を駆け巡る。


 誰の子?

 夫の博?


 いや、ありえない。

 博とはもう半年以上、夫婦の営みがない。寝室も別だ。


 じゃあ、どうして?


 その時、封印していた一ヶ月前の記憶が、フラッシュバックした。


 泥酔した夜。

 闇の中で感じた、熱い吐息。

 博ではない、若々しい肌の弾力。


 そして、翌朝感じた下半身の違和感と、リビングで寝ていた健太君。


「あ……ああ……」


 声にならない悲鳴が漏れる。


 あの「夢」は、夢じゃなかった。

 私は、あの日、誰かに抱かれたのだ。


 そして、状況的に可能な男性は、世界にたった一人しかいない。


 娘の、夫。


「どうしよう、どうしよう……」


 涙が溢れて止まらない。


 娘の夫の子を妊娠したなんて、誰が信じてくれる?

 莉奈になんて言えばいい?

 健太君は?


 家庭崩壊なんて言葉では生温い。これは地獄だ。


 ガチャリ。


 玄関のドアが開く音がした。

 いつも通りの時間に、いつも通りに帰宅した夫の足音。


「ただいまー。由美、飯まだか?」


 博の呑気な声が聞こえる。


 私は検査薬を握りしめたまま、トイレの中で立ち尽くした。


 隠せない。

 堕ろすにしても、同意書がいる。

 いずれお腹は大きくなる。


 嘘をついて誤魔化せる段階ではない。


 私は顔を洗って涙を拭うと、死刑台に向かう囚人のような足取りで、リビングのドアを開けた。


 平穏な日常は、今日で終わる。


「……あなた、話があるの」


「ん? なんだ改まって。飯なら簡単なものでいいぞ」


 スーツを脱ごうとする夫の背中に、私は震える声で告げた。


「赤ちゃんが……できたみたいなの」


 夫の動きが止まる。

 振り返った彼の顔は、驚きと、そして明らかな「不審」に歪んでいた。



 突きつけられた陽性反応。

 そして、その父親が「誰か」に感づき始める夫……。

 

 ついに地獄の家族会議が始まります。

 

 次回、第4話:地獄の家族会議。

 

 被害者であるはずの莉奈が見せる、一瞬の「違和感」をお見逃しなく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ