最終話:計画通り(エピローグ)
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今日の投稿は、「実母のサポートに感謝♡」というテーマ。
ボロボロの服で美羽をあやすママの背中――もちろん顔は映さない。 この写真は、投稿から三分ですでに五十件の「いいね」がついた。
「莉奈、美羽がうんちしたみたい。お尻拭きどこだっけ?」
「えー、棚の上じゃない? ママ探してよー」
キッチンから聞こえるママの疲れた声に、私は生返事をしてネイルの艶を確認する。
ふふ。本当にママってば、よく働く。 最高の母親だわ。
……私の、「最高の道具」として。
◇
計画を思いついたのは、結婚してすぐのことだった。
健太は子供を欲しがったけど、私は絶対に嫌だった。
だって、妊娠したらお酒は飲めないし、つわりは気持ち悪い。 何よりお腹の皮が伸びて妊娠線ができるなんて、死んでも御免だ。
でも、子供はアクセサリーとして欲しい。 じゃあ、どうするか。 一番身近に、暇を持て余している元気な子宮があるじゃない、って気づいたの。
準備は慎重に進めたわ。
ママのスマホを勝手に覗いて、生理管理アプリをチェック。 更年期で不順気味だったけど、基礎体温のデータから排卵日を特定するのは簡単だった。 そして決行の日。パパが出張の夜。
私は度数の高いワインを用意して、ママと健太を泥酔させた。
ここからが大事なポイント。
ママが潰れて寝室に行く前、私はママのパジャマの襟元に、いつも私が使っている『シャネル』の香水をたっぷりと吹きかけておいた。 そして、意識が朦朧としている健太を、ママの寝ているベッドへ誘導する。
真っ暗な部屋。 アルコールで麻痺した脳。 鼻をくすぐる、いつもの「妻の香り」。 仕上げに、私は健太の耳元で囁いたの。
『健太……愛してる』ってね。
単純な健太は、それだけでママを私だと錯覚して、獣になった。
隣の部屋で耳を澄ませながら、私は笑いを堪えるのに必死だったわ。 まさか、あんなに上手くいくなんてね。
翌朝、二人が青ざめた顔をしているのを見て、私は心の中でガッツポーズをした。
あとは仕上げ。
「不妊症で悩んでる」っていう嘘。 あれには我ながら女優の才能があると思ったわ。 涙を流せば、ママも健太もイチコロなんだもん。
実際は私、婦人科検診でも「多産型ですね」って言われるくらい超健康体なんだけどね。
◇
「おーい莉奈、美羽が寝たよ。俺たちも映画見ようぜ」
健太がリビングに入ってきた。
この人も本当にチョロい。 「自分の犯した罪の証」を「愛する妻との養子」として育てることで、完全に贖罪を果たした気になっている。
私が裏で糸を引いていたとも知らずに。
「うん! あ、その前にママに明日のお弁当のおかずリクエストしとかなきゃ」
私はキッチンで洗い物をしているママの背中に声をかけた。
「ねえママ、明日ハンバーグがいいな!」
ママがゆっくりと振り返る。
その顔はやつれて、目の下にはクマができているけれど。 私を見ると、弱々しく微笑んだ。
「……わかったわ。ひき肉、まだあったかしら」
ああ、可哀想なママ。
でも、幸せそうでしょ? 空っぽだった人生に、「孫の世話」という生きがいを与えてあげたんだから。
それに、ママが産んでくれたおかげで、私は痛い思いもせず、体型も崩さず。 可愛い我が子と優しい夫、そして便利な家政婦を手に入れた。
これぞ、ウィン・ウィンってやつよね?
「ありがとう、お母さん」
私は心からの感謝を込めて、満面の笑みを向けた。
「死ぬまで、よろしくね」
私の言葉に、ママは嬉しそうに頷いて、また洗い物に戻っていった。
リビングの窓ガラスに映った私の顔は。 世界で一番幸せな、悪魔の笑顔をしていた。
(了)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
すべてが娘・莉奈の掌の上で転がされていたという、あまりに救いのない結末。 由美が「幸せ」だと感じている以上、この地獄が止まることはありません。
読み終えた皆様の心に、冷たい何かが残ったのであれば、作者としてこれ以上の喜びはありません。
本作はこれにて完結となります。 もし「面白い」「エグすぎる」と思っていただけましたら、評価や感想、ブックマークをいただけますと執筆の励みになります!
また別の物語でお会いしましょう。




