夫婦の決着
夫婦として、これからをどう生きるのか妻は答えを見つけられないまま、夫と話しあうことを決めた。
⦅前に進もう! ひ―くんの為にも……
そして、私自身の為にも……
今よりも前に進もう。
その為に、もう一度話し合おう。⦆
「あなた、今日の夜お話したいの。
ひーくんにも両親にも聞かれること無く二人だけで……
話したいの。」
夫はドキッとした。
様々なことが押し寄せてきて怖くなった。
「なんの……話し?」
「これからの私達の在り方。」
「り……こん?」
「それも含みで話し合いたいの。
前に進みたい。」
「今は前に向かって進んでない?」
「分からないの……だから話し合いたいのよ。
……あなた、時間、遅れるわ。」
「あっ! ヤバい。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
夫は妻からの話し合いが怖かった。
⦅別れたくない。離婚したくない。どうすれば……。⦆―そればかりが頭の中を駆け巡る。
仕事中は何とか思い出さずに過ぎたが、仕事をしていない時は、「離婚」の二文字が浮かんだ。
妻とは家に帰らずに外で話をすることになっている。
話し合う場所は妻が決めた。
待ち合わせの駅に行くと、妻の姿が見えた。
⦅美月!……まるで付き合っていた頃のようだな。
デートで待ち合わせた時の……美月だ。⦆
夫に気付いた妻に、夫は手を振った。
そして駆け寄った。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来た所。」
まるで、アニメかなんかの若い二人のデートの場面の一コマのようだ。
「あなた、先に食事よね。」
「うん。」
「お腹空いたでしょう?」
「うん、そうだな。」
⦅あれっ? もしかしたら大丈夫? 大丈夫なのか………。⦆
二人で入った店はパスタ専門店だ。
妻はアラビアータ、夫はペペロンチーノを頼んだ。
「ここのお店、美味しいのよ。」
「入ったことあるのか?」
「ええ、職場の皆で……。」
「そっか。」
パスタに舌鼓を打った二人は、食後のコーヒーを飲んでいる。
「あなた……。」
「え………。」
「私達のことなんだけど……。」
「……う…ん。」
「私、やっぱり昔には戻れないの。心が……。」
「………そうか………。」⦅声が小さいわ……項垂れてるし……。⦆
「それで……。」
「……うん。」⦅何て顔してるのよ。まるで死刑宣告を受けたみたい……。⦆
「………あなた、聞いてる?」
「うん、聞いてるよ。」
「あなたは、どうしたい?」
「俺? 俺は美月と夫婦で居たい。
陽向と離れて暮らしたくない。
三人家族で暮らしたい。」
「そう……変わってないのね。」
「変わってない。」
「私ね……もう戻れないって思ってるのよ。」
「……うん。」
「でね、どうしたらいいのか……分からないの。」
「………………。」
「陽向のことを考えると、このままで……。
でも、私自身のことは私、考えてなかったの。
私ね。」
「うん。」
「私自身も幸せになりたい。」
「だから……離婚?」
「それでね、考えたの。」
「……うん。」
「ずっと一緒に居る夫婦でも、時が経てば変わるんじゃないかって……。
お互いへの想いとか……温度差とか……色々変わるんじゃないかって……。
だとしたら、私達が離れた時間、取り戻せないけれども……。
離れてて変わってしまった関係性も、一緒に居て変わってしまった関係性も、差
は大きいけれども変わってしまったことは同じなんじゃないかって……。
そう思うの。」
「うん。」
「上手く言えないけれども……北海道の元カノさんに嫉妬したの。」
「……ごめん。全て俺が悪いんだ。」
「謝るのは後にして聞いて。」
「うん。」
「麻都香さんにも嫉妬したし……噂されてた派遣社員さんにも嫉妬した。」
「派遣会社の人とは何も無い。誓って何も無い!」
「知ってる。本人から聞いたから……。」
「……そうなんだ。」
「私のあなたへの想いは、失踪前、恋愛感情だった。
でも、離れている間、変わったの。
それが何かは分からないの。
嫉妬したのも事実、嫌になったのも事実なの。」
「嫌に………。」⦅ショックでもないだろうに、青い顔しちゃって……。⦆
「今のままで暮らすのは、どう?」
「今のまま?」
「ええ、現状維持。」
「夫婦には戻れないまま?」
「どういう意味? 籍は入ってるけど……。」
「何時まで寝室……別なのかな?
夫婦に戻れるのなら一緒の部屋で……駄目なのか?」
「まだね、あの日のことが忘れられないの。
赤ちゃんの陽向を抱いて泣いた日々のことを……。
苦しくて辛かった。」
「ごめん。俺は取り返しがつかないこと、したんだな。」
「そうよ。取り返しがつかないの。
だから、ベストを尽くして後悔をしないような生き方をしないとね。」
「そうだな。」
「あなたの選択が間違っていたのかどうかは分からないわ。
でもね、少なくとも私と陽向にとっては最悪の選択だったの。」
「うん。」
「その日々を私は忘れられないの。どうしても……。」
「当たり前だ……そう思う。
俺は諦めて……別の家で暮らした方がいい。
そうだよな。」
「ごめんね。心が狭い妻で……。」
「否、広いよ。」
「自分の心が分からないの。
だから、今のままで……と思ったり、離婚した方が……と思ったり………。
別居した方が……と思ったり、定まってないの。
それを、あなたに話しておきたかったの。
嫉妬した私も、私なの。
本当に分からないのよ。
だから、今のままで居たいの。
陽向の傍に居て欲しいの。」
「じゃあ、本当に今のまま?」
「うん。もし、あなたに好きな人が出来たら言ってね。」
「俺は!………出来ないと思う。
美月に……好きな人が出来たら、その時が終わりだって分かってる。」
「うん、そうだね。
言うね。出来たら……。」
夫が「聞かない未来だったら、いいなぁ……。」と呟いた言葉は妻の耳に聞こえなかった。




