人々
妻と夫は話し合うことなく日々を過ごしていた。
どうするか妻は決めかねていた。
それも、息子の存在が大きかったからである。
夫と夫婦としては元に戻らぬまま同じ屋根の下で暮らしている。
それは、息子にとっての幸せだった。
だが、夫婦としては無理をしているのかもしれない。
1ヶ月、2ヶ月と日が過ぎてしまった。
ある日の夜、佐々木から夫に電話が架かって来た。
「加納、元気か?」
「ありがとう。元気で居るよ。
そっちは、どうなんだ?」
「おう、なんとかやってる。
再就職も叶ったし……。
あのな……。」
「うん、なんだ?」
「……麻都香のことなんだけど……。」
「元気なのか?」
「まだ記憶は戻っていないんだけど……俺は待とうと思ってて、麻都香の親には話
した。ってか、宣言した。
俺の想いを伝えたんだ。」
「そっか……。」
「いつか、俺を見てくれたら……そう思ってる。」
「うん……それで麻都香ちゃんは? なんて?
麻都香ちゃんにも言ったんだろう?」
「うん、面会してくれるようになったし、俺を覚えてくれたんだ。
忘れてるけどな。」
「でっ……どうなんだ?」
「麻都香は言ったんだ。
俺に好きな人が出来たら、離婚しようって……。」
「じゃあ、結婚してることは理解してくれたんだな。」
「うう~~~ん、なんとか……覚えてくれたような感じかな?
でも、今は夫婦のままで居てくれてる。」
「そっか……。」
「そっちは? 美月さんと元鞘?」
「まだまだ、だな。」
「そっか……。」
「一度失った信頼は取り戻せないんだな。」
「そっか……まぁ、頑張れ!
俺も頑張るからさ。
……って、何を頑張るんだろ?」
「ははは……。」
「そうだ、あれからなんだけどな。」
「うん。」
「峯浩一郎の本妻さん、覚えてる?」
「覚えてるよ。」
「俺、浩司の母親が本妻だとばかり思ってて……。」
「うん。」
「俺の上に息子が居たなんて知らなかったんだ。」
「そりゃ、そうだろう。
佐々木は何も知らなかったんだからな。」
「あの本妻さん、佳寿子さん。」
「うん。」
「俺のこと気に掛けてくれてるんだ。」
「そっか……良かったな。
ってか、良かったな……で、いいんだよな。」
「もちのろんよ!
それで、聞いたんだけどな。」
「うん。」
「峯浩一郎の母親、本妻さんに介護して貰って悪いと思って、浩司の母親を自分の
籍から抜く!って話じゃ無かったんだ。」
「じゃあ、なんでなんだ?」
「息子を呼び寄せる口実。」
「はぁ―――っ! なんじゃそりゃ!」
「籍を抜くことなく佳寿子さんと浩平さんの世話になってるらしい。」
「何時まで看るんだ? 本妻さん。」
「さぁ……意地だって言ってたけど……辛い意地だよな。」
「そうだな。」
「峯浩一郎は、妻になれない愛人に……浩司の母親に自分が死んだら遺産が行くよ
うにしたかったらしい。
でも、妻でなければ渡せない。
それで、自分の母親の養女として籍を入れれば、幾何かは手に出来るだろう。
だから、母親に頼んで愛人を養女にしたらしい。
自分の母親が死んだ時に法定相続分が必ず行くから……。」
「遺産の為に……。」
「うん。…………まぁ、なんだな。
俺は認知もして貰ってないから、ゼロ円です。」
「そっかぁ……仕方ないな。佐々木は自分で稼ぐしかないな。」
「そうなんだ。でも、その方がいい。そう思う。」
「だな、遺産争いに巻き込まれなくて、いいよ。」
「うん。」
「最愛の女性が産んだ息子だけ可愛いんだな。」
「そうだな。まぁ、あんな奴に愛されなくて、いいけど。
負け犬の遠吠えに聞こえるか……。」
「聞こえないよ。」
「でっ、峯は? 浩司は?」
「あいつも再就職出来たらしい。
今も母親と父親と別宅暮らしだ。
ってか、別宅が本宅みたいになってるけどな。」
「愛人を作ったら不幸の始まりだな。」
「おうよ、加納、お前……気をつけろよ。」
「なんで、俺なんだ!」
「北海道の君……それに……麻都香……他にも居るかもしんないからなぁ……。」
「居ねえよ!」
「奥さんと時間が掛かっても、元鞘になれよ。」
「そのつもりだ。」
「じゃあ、近況報告終わり!」
「また、連絡くれよな。」
「おう! お前もな。」
「おう!……またな。」
「またな。」
それぞれが前を向いて進んでいるようだ。
テレビでは夫が関わった事件の続報が日々流れている。
逮捕者も出た。
それを、妻はぼんやり見て、夫は横目で見ている。
遠い出来事だったように二人は感じ始めている。




