話し合い(2)
峯浩一郎に最初に聞いたのは佐々木だった。
「伺います。」
「なんだ。」
「どうして俺を見つけてまで入社させたんですか?」
「使える者は誰でも使う、それだけだ。
手駒が多い方が良いからな。」
「麻都香に近づいたのは、どうしてですか?」
「あの子は利用できるからな。
幼い恋を忘れられない幼い子だ。
簡単に言うことを聞いてくれた。
佐々木、お前に近づかせたのは私だ。
ははは……ははは……。
お前は、あの子に直ぐに夢中になった。
あの子には加納健斗に近づける唯一の方法だと、そう言った。
だから、直ぐに結婚出来ただろう?
お前、私に感謝しろよ。
愛人の子で父親が分からないから、誰とも結婚しないと言ってたのに……
お前が好きな女と結婚出来たのは、私のお陰だ。」
「あなたと言う人は……。」
「佳寿子は無関係だ。黙れっ!」
「……あんたが麻都香を北海道へ行かせた。
北海道で何があったんだ?
麻都香は記憶の一部を失っている。
知ってるんだろう?
何かあったから、麻都香を監禁したのか?」
「監禁?……お前は言葉を知らないのか?
保護だ! 保護したんだ!
夫としてお前は私に感謝しろ。」
「何を!
…………何があった。 麻都香の身に何があったんだ!」
「不幸なことだよ。」
「不幸なこと?」
「レイプされたんだ。」
「レ………麻都香……が……。」
「誰かが侵入したようで、金も盗られていた。」
「警察には?」
「証言できなかったんだ。あの子は……。
もう、その時には可笑しくなっていた。」
「誰が見つけたんだ?」
「あの子を支援させていた女性だ。」
「誰?」
「お前は知らないよ。
私も知らない。
書類だけで採用した。
現地採用の家政婦だ。」
「あの子は妊娠してた。
それから、あの子はお腹の子を加納健斗の子だと思い込んだ。
哀れだな……レイプ犯の子を……。
それから流産しても、尚、お腹に子が居ると思ってた。
大事を取って保護したが、出て行ったんだ。
家政婦が目を離した隙に、な。
直ぐに探し出せたが、加納健斗の子に接触した後だった。
直ぐに加納健斗の家に向かったようだな。」
「誰が加納の家を教えたんだ?」
「私の部下が教えたようだった。
それについては加納君、奥さん、申し訳ない。」
「いいえ……。」
「あの子は、今、実家に戻ったみたいだな。
まぁ、良かった。」
「………麻都香……。」
「さぁ、私から聞こう。
加納君、君はどうやってUSBメモリを隠したんだ?
見事だったよ。
君の身辺を探っても出て来なかった。
北海道でも君が居ない間に家探ししたのに……。」
「家探し?」
「そうだ。私の部下にさせた。
君の前の家……失踪するまで住んでいた君たち夫婦の愛の巣だよ。」
「まさか……あきす……。」
「警察が動いたとは聞いてないが?」
「じゃあ、空き巣とは別に……。」
「部下が入った後で警察に通報していないことは確認した。」
「どうやって入ったんですか?」
「詳らかに言うつもりはないよ。
たが、合鍵は作らせて頂いたよ。
それはお伝えしておこう。」
「えっ?」
「鍵を保管していた場所が分かりやすかったと報告を受けた。」
「合鍵……。」
「誰が? いつ?」
「言うと思うか?」
「……………。」
「まぁ。君は無事に出版社へ渡したんだ。
参ったよ。あれは………。」
「…………………。」
「まぁ、私に見事なまでの止めを刺してくれたね。君は……。」
「僕をどうするつもりか知りませんが………
妻と子……それから両親には手出し無用でお願いしたい。」
「君は前もそう言ったね。」
「家族に手は出さないで頂きたい!
俺だけにして頂きたい!」
「さぁ………どうするべきかねぇ………。
先生方に多大なご迷惑をお掛けしたんだ。」
「先生方………。」
「議員の先生方だよ。」
「縁を切れて良かったとお思いになれませんの? あなた………。」
「佳寿子、お前は簡単に言うね。」
「切ったら宜しいかと存じますわ。
あなたにも守りたい人がおられるでしょう。」
「守りたい人……。」
「そこに居る浩司さんと……浩司さんを産んだ女性ですわ。」
「浩司と……早苗……。」
「あなたは私に離婚を言い渡して、浩司さんを産んだ女性を家に入れましたよね。
私が離婚に応じないからと言って、あなたは………。
あの人をお義母さんに頼んで、お義母さんの養女にしてまで……。」
「養女……愛人を養女にしたんですか?」
「佐々木、お前には関係ない。」
「冷たいのですね。ほぼ同時期に愛人だった佐々木さんですのに……。
直ぐにお捨てになって、あの人とは大違い。」
「浩司! 案ずるな。」
「お父さん、家でお母さんと呼んでいる人が養女だったって知ってたよ。」
「浩司……。」
「戸籍……見たら分かる。
お父さんとお母さんの苗字は同じだけど、婚姻届けが出ていなかった。
しかも、俺は認知された子で、おばあちゃんの戸籍に養女って記載されてる。
調べたんだ。」
「浩司……仕方なかったんだ。」
「………………。」
「あなた。」
「何だ!」
「お義母さんのことです。あなたの母親。
あなたに頼まれて、息子に頼まれて、愛人を養女に迎えたけれども……
後悔なさっておられます。
だって、介護しているのは一緒に住んでいる私ですもの、ね。
浩平も助けてくれています。」
「金か!」
「いいえ、お義母さんと話し合って下さい。
お義母さんは愛人を籍から抜きたいと仰っておられます。
一度、本宅へお戻りになって、お話をなさいませ。
最後に親孝行をなさいませ。」
「私は、今まで親孝行して来た。」
「そうですわね。なさって来られました。」
「親一人子一人の母子家庭だったから、俺は立身出世を!
金を儲けるために頑張ったんだ。
母は喜んでくれた。」
「だから、お義母さんは、あなたの望みを叶えて養女になさったのです。
でも、それを終えたいと……自分には娘は居ないと……。
最期の母親の声を聞く気にもなれませんか?」
「…………母さんは具合が悪いのか?」
「はい。もう歩けなくなっておられます。
それに、体の衰えも……認知力は衰えておられません。」
「……母さん……。」
「会いに御出でなさいませ。本宅へ……お待ちしております。」
「………………。」
「佐々木さん、貴方のお名前は?
佐々木なんと仰るのかしら?」
「佐々木昴です。」
「すばる……さん、良いお名前ね。」
「ありがとうございます。」
「貴方のお母様と私は、立場は違えども……捨てられて忘れられた女です。
だから、貴方のことは助けたいと思っています。
今の私には何も出来ないけれども、何かあったら相談をして下さいね。」
「……ありがとうございます。」
「忘れないで下さい。」
「はい。」
「浩平、帰りましょう。」
「はい、母さん。
加納さんご夫妻、昴君、時間を頂戴しました。
ありがとうございました。
そして、父が……申し訳ございませんでした。
お幸せに……。」
「ありがとうございました。」
「ありがとう……ございました。」
妻と夫、そして佐々木が頭を下げて、峯佳寿子と浩平を見送った。
広い応接間に残ったのは、峯浩一郎と浩司、そして……妻と夫、と佐々木。
峯浩一郎は最初のあの自信に満ち溢れた姿ではなかった。
最愛の息子・浩司に支えられてソファーに座っている。
妻が聞きたいことは、たった一つ。
それは、合鍵。
それだけだった。




