妻が二人
坂田静子は泣きながら麻都香に近づいた。
「お嬢様……今まで、どうしていらっしゃったんでございますか?」
「婆や……先生を待ってたの。
だって、夫を待つのは妻の役目でしょう。」
「お嬢様……。」
「婆や、喜んで。
私、先生の妻になれるの。
結婚するのよ。」
「お嬢様……何と言うことを仰いますのか……。
お嬢様は、こちらの佐々木様に嫁がれたではありませんか。」
「佐々木……知らないわ。」
「えっ?……お嬢様……。」
「えっ?……麻都香……俺のこと忘れたのか?
覚えているはずだ。
離婚届が届いた。
お前が署名した離婚届……。」
「お嬢様……私どもは佐々木様と共にお探し申し上げておりました。
行方が知れずに……旦那様も奥様もご心痛でいらっしゃいます。
北海道へ行かれたのは存じ上げておりました。
でも、何時、北海道を出られたのか分からずに……。
お嬢様、今まで何処でどう暮らしておられましたのでございますか?」
「どこ?って……何処だろう?」
「お嬢様……。」
「麻都香……何処に居たのか分からないのか?」
「住所は知らないわ。
でも、ちゃんと暮らしてたわ。」
「お一人で……でございますか?」
「ううん、お手伝いさんが居たわ。」
「お手伝いさん? 麻都香、誰かの世話になっていたのか?」
「ええ、私の世話をしてくれたわ。」
「誰なんだ!」
「何方様でございますか? お嬢様、お答え下さいませ。」
「峯浩一郎とか言う人。」
「峯浩一郎!」
「おい……佐々木、お前の……。」
「お嬢様……どうしてお忘れになられたのでございますか?
峯浩一郎様は、佐々木様のお父様でいらっしゃいますよ。
お二人がご結婚なさいます前に旦那様がお調べになられて、その結果をお話なさ
いました。
それも、お忘れでございますか?」
「知らないわ。
結婚って何?
私は先生と結婚するの。
佐々木? 知らないわ。」
「お嬢様!」
「麻都香!」
「麻都香ちゃん、それで、君は峯浩一郎という方の御世話になったんだね。」
「ええ、そうよ。先生。」
「どのくらい?」
「分からないの。
気が付いたらベッドの上だったの。
そこが何処か分からないわ。」
「お嬢様、覚えていらっしゃらないのでございますか?」
「覚えてるわよ。先生に教えて貰って合格したこと……。
それから、先生の隣に……あの女が居たこと……。
哀しかった。
だから、邪魔したの。」
「邪魔?」
「ええ、だって私と違って、あの女は先生に相応しくないわ。」
「どうして、そう思った?」
「だって、あの女は養子よ。
親は何処の誰かも分からない。
だから、言ってあげたの。
貴女は先生に相応しくないって……。
養子で親が分からないのだからって……。」
「………そんな………。」
「麻都香……俺のこと全く記憶にないのか?」
「誰? 貴方……知らないわ。」
「そっか……記憶に残ってないんだ……。」
「佐々木、峯浩一郎さんに連絡取れるか?」
「まさか……とっくに切られてるよ。」
「そうだったんだ……。」
「どうしたの? 先生。」
「峯浩一郎さんと話したいんだよ。」
「峯浩一郎さんと話せるようにしたら、いいの?」
「うん、そうだけど……知ってるの!」
「うん、メッセージを送ったらいい?」
「加納健斗が会いたがってる……って送ってくれる?」
「いいわ…………送ったわ。」
「ありがとう。麻都香ちゃん。」
「そんな……当たり前だわ。
だって、妻なんですもの。」
はにかんでいる麻都香を佐々木は哀しそうな瞳で見つめている。
妻のスマホに最新ニュースが通知された。
あの事件で逮捕者が出たというニュースだった。




