妻の決着 佐々木の決着
まるで愛されているのは自分なのだと信じている様子で、夢見ている乙女のような眼差しで、麻都香は家の中を見ている。
何をどう聞けば良いのか妻は分からなくなっている。
その時、妻のスマホに夫からの返信メッセージが表示された。
「まだ帰られない。
佐々木にメッセージを送った。
佐々木がもしかしたら俺よりも早く家に着くと思う。
入れてやってくれ。頼む。
まだ、佐々木は離婚届を出していない。
まだ佐々木麻都香だ。
それから、佐々木から麻都香ちゃんの実家に連絡して貰った。
そちらからも人が行くと思う。
俺が帰るまで辛い想いをさせるけど、今日解決させるから……。
俺を信じてくれ。」
夫からのメッセージを読んで「了解しました。」と返信した妻に、麻都香が話し掛けた。
「ねぇ、誰から?」
「あ……父からです。」
「そうなんだ……メッセージ、良く来るの?」
「まぁ、普通じゃないでしょうか。」
「普通って、どのくらいの頻度?」
「どのくらいの頻度……と聞かれても、数えたことがありませんから……
お答えが出来ません。」
「ふぅ~~ん。」
「主人がいつ帰って来るか分からないのですが……。」
「いいの。待つの。」
「そうですか…………もう一つお伺いしても宜しいですか?」
「なんでも聞いて。」
「主人が北海道を出た時、貴女はどちらにいらしたのですか?」
「先生が北海道を出た時?」
「はい。」
「一緒に出たわ。
先生が居る所に私は居るの。」
「では、ずっと一緒に居たのですね。」
「ええ、そうよ。ず~~っと一緒。」
「……ずっと……一緒……。」
「ええ!」
妻に終焉を告げる言葉だった。
夫よりも佐々木の到着の方が早かった。
玄関で妻が見た佐々木の顔は青かった。
「奥さん、本当にご迷惑をお掛けして……申し訳ありません。」
「いいえ、麻都香さんはリビングです。
こちらです。」
リビングのドアを開けて佐々木が「麻都香っ!」と呼ぶと、麻都香は佐々木に一瞬だけ顔を向けた。
もう見知らぬ男性がそこに居ると、その態度は言っていた。
「どうして、こんなことをする!」
「あ゙ぁ―――っ?
関係ないでしょ!」
「佐々木さん、落ち着いて下さい。」
「奥さん……本当に申し訳ない。」
「佐々木さん、落ち着いて下さいね。お願いですから……。」
「はい。」
「貴女も落ち着いて下さい。」
「なんで、こんな人が居るの!」
「俺は! 俺は加納に呼ばれたんだ。」
「えっ? 先生が呼んだの?」
「そうだよ。」
「佐々木さん、ちょっと。」
「は……はい。」
妻は佐々木をキッチンへ連れて行った。
「奥さん。」
「佐々木さん、麻都香さんはまだ貴方の奥さんですか?」
「ええ、まだ離婚届を出していません。
直接話すのも今日が初めてで……。」
「そうですか………あの……あんな感じだったんですか?
出逢った時から……。」
「あんな感じとは?」
「主人のこと、先生呼びで……。」
「苗字で加納さんと……。
先生って呼ぶのを聞いたことはありません。」
「そうですか……。」
「何か?」
「何だか変に思うんです。」
「変?」
「ええ……麻都香さんのご実家にご連絡をして下さったんですね。」
「ええ、しました。
来てくれるそうです。こちらに……。」
「何方が来られるのでしょうか?」
「麻都香を育ててくれた婆やさんです。」
「ばあやさん?」
「はい。」
「ご両親様は?」
「ほとんど日本に居ないと聞きました。
だから、会ったのは結婚式の時だけです。」
「えっ?」
「麻都香は親に育てられていません。」
「そうなのですね。
あ! その、婆やさんのお名前は?」
「静子さんです。」
「分かりました。お見えになられるのですね。」
「はい。申し訳ありません。」
「いいえ……助かります。」
「えっ?」
「私も今日で本当の決着を………。」
「そうですか……。」
「佐々木さんは落ち着いて座ってて下さい。」
「はい。」
「一切、話さないで下さいね。」
「でも!」
「これは、私の決着を付ける場ですから……見守って下さい。
佐々木さんの決着は、そちらでお付け下さい。」
「分かりました。
……あんなに弱かったのに……いい意味で強くなられましたね。」
「母ですから……。」
「そうですね。」
「参りましょう。
私の決着の場へ……。」
「はい。見届けます。」
妻は軽い食事を佐々木との会話の間に作り、お茶と供にリビングで待つ麻都香の所へ持って行った。
佐々木の分も………。
リビングのソファーに座っている麻都香が妻には幼く見えた。




