二人の女性
妻の母が息子を迎えに行ってくれるようになった。
妻は麻都香と思しき若い女性が、また息子に近づき話し掛ける日がやって来ると思っていた。
その予想は外れた。
夜、インターフォンが鳴った。
妻が出てみると、見覚えがある女性だった。
息子と夫が公園でボールで遊んでいた時、初めて声を掛けられた。
駅のホームで息子と知り合いだと知った。
⦅あぁ……麻都香さん……なんだ。⦆と妻は確信した。
「……あのぅ……先生の……海斗さんのお宅ですよね。」
⦅海斗さんって、何もかも知ってたんだ……そうだよね。そうでないと……。⦆
「あのぉ! 先生……海斗さん、いらっしゃいますか?」
「……主人はまだ帰宅しておりません。」
「じゃあ、貴女にお話します。
開けて下さらない?」
「……分かりました。
少々、お待ちくださいませ。」
妻は母に息子を義両親宅へ連れて行って欲しいと頼んだ。
玄関からではなく、勝手口から母は息子を連れて出て行った。
夫にスマホで「麻都香さんらしき人が来ました。あなたに会いたいそうです。今から上がって貰います。私に話があるそうですから! 早く帰って来て下さい!」とメッセージを送った。
妻は息子が母と一緒に勝手口に向かったのを確認してから玄関のドアを開けた。
「こんばんは。なんの御用ですか?」
「お話します。ここでは、貴女も困るでしょう?
それにしても待たせすぎですよ。
なかなか開けて貰えなくて驚きました。」
「………はぁ…………どうぞ………。」
⦅この子は何言ってるか……この子って……まるで、母親……。⦆
リビングに通してソファーに座るよう妻は若い女性に促した。
若い女性は、ソファーに座ってから少しだけ周囲を見渡した。
「ひーくんは?
お風呂ですか?」
「いいえ、今、私の母と出掛けています。」
「そうなんだ。会いたかったなぁ~。」
緑茶を出して、向かいのソファーに妻は座った。
「お話は何ですか?
………その前に、貴女は何方ですか?
お名前も存じませんので、お名前を教えて頂けますか?」
「そっかぁ~~っ。
まだ名乗ってませんでしたね。
私、三井麻都香です。」
「三井麻都香さん……ですね。」⦅佐々木麻都香さんじゃない……。⦆
「もっと前にお話したかったんですけど、今日になっちゃいました。」
「何か……うちの息子がご迷惑をお掛けしました?」
「いいえ……ひーくんはホントにとってもいい子!
ひーくんと仲良くなれて私は幸せです。」
「そうですか……それで、何でしょう?」
「この子……加納海斗さんの子どもです。」
「えっ?」
「驚いたでしょう。
先生と……私の愛の結晶。
だからね、貴女には出て行って欲しいの。
加納麻都香になるの。
出て行って貰えますよね。」
⦅落ち着くのよ。⦆「私達の離婚につきましては……夫婦で話し合います。」
「いつ? いつ離婚してくれます?」
「主人と話しあってからです。
子どもも居ますので……。」
「子ども? ひーくんのこと?」
「ええ。」
「心配しなくていいわ。
先生と私が育てるから。」
「えっ………馬鹿なことを言わないで下さい。
陽向は私が産んだ子です。
誰にも委ねません。」
「いいのよ。貴女は次の人を見つけて。
ひーくんは愛し合う両親の元で育った方がいいの。
そう思わない?
6年間も一緒に暮らしてないなんて……夫婦じゃないでしょう。
ひーくんも私に懐いてくれてるもの。
心配いらないわ。
慰謝料は任せて。ちゃんと払うから……先生の代わりに……。」
「息子は! 息子は渡しません。
誰にも渡しません。夫にも渡しません。」
「あらっ? そぉー?」
「お話って、それですか?」
「ええ。そおよ。」
「では、私から伺います。」
「何でも聞いて。」
「何時、主人と子どもが出来るような仲になったんですか?」
「北海道で……運命だったのよ。」
「北海道で?」
「私ね、先生を待たせちゃったの。」
「待たせたって……?」
「だって、出逢いは中学2年生だったの。
先生は大学生で、直ぐに結婚出来ないでしょう。」
「えっ………。」
「先生だけが麻都香のこと愛してくれるの。
先生だけなの。
先生だけが………。」
⦅この子……何言ってるの?
この子……本当のこと言ってるの?
その頃に付き合ってたのが、今、北海道に居る元カノ……のはず……。⦆
「それで、今、何ヶ月なんですか?
お腹の赤ちゃん……。」
「今?
何ヶ月なんだろう?」
「病院に行ってないんですか?」
「産むときだけでいいよね。」
「駄目ですよ。
妊娠中も見て貰わないと!」
「じゃあ、先生に連れて行って貰おう。
先生も楽しみって言って喜んでくれるわ。
ねぇ、貴女もそう思うでしょう?」
⦅この子…………。⦆
その時、妻の父からメッセージが届いた。
「美月、母さんから聞いた。
今から帰る。」
妻は父からメッセージが届いたことを、麻都香に話して返信した。
「家に帰って来なくていいわ。
お父さんはお母さんと合流して。
陽向のことお願いします。」
「了解!」
父からの返信メッセージを目にした時、麻都香が「先生、まだなのかな~?」と言った。
恋人を「先生」と呼ぶことは無いように妻は思った。




