夫との話し合い
妻は帰宅後直ぐに息子を抱き締めた。
抱き締めて優しく伝えた。
「ママは何処にも行かないわ。」
「ほんと?」
「ほんとよ。ママが家を出て行くなんてしないわよ。
だって、ここはママのお父さん、お母さんの家なのよ。」
「じぃちゃん……と、ばぁちゃん……のおうち?」
「そうよ。だからママは家を出ません。
ママはず―――っと、ひーくんと一緒よ。」
「どこにも行かないの?」
「行かないわ。
ママだけが、ひ―くんのママよ。」
「……ママ………ヒクっ……ヒクっ……。」
夫が顔色を変えて帰って来た。
「陽向っ!」
「パパ! お帰りなさい。」
「陽向………。」
無言で息子を抱き締める夫の背中を妻は見つめていた。
「ひーくん、ママはひーくんのママだからね。
どこへも行かないよ。」
「うん!
………パパも、ずっと一緒? どこにも行かない?」
「勿論だ。ひーくんのパパだからな。」
「うん!」
その日は妻と夫とで息子を挟んで川の字になって息子が寝るまで傍に居た。
息子が寝たのを確認してから、妻は夫に息子を起こさないように囁いた。
「お話があります。」
夫は無言で頷いた。
二人でリビングのソファーに座って向かい合った。
傍に居た妻の両親が「私達が居ない方がいいでしょう。」と言って出て行こうとした時に、妻は引き止めた。
「一緒に聞いて欲しいの。」
「分かった。」
「今日、ひ―くんが、まーちゃんと呼ぶ女性に母親が居なくなると言われた。
そうよね。お母さん。」
「ええ、まーちゃんという女性が陽向の母親になるって言ったって聞いたわ。」
「あなた、まーちゃん……あなたの知り合いでしょう?」
「その可能性が高い……と思う。」
「海斗君の?」
「はい。」
「どういう知り合いなんだ!」
「……もしかしたら、俺が大学の頃に教えた子だと思います。」
「教えた子?」
「家庭教師をしていました。
その時の子ではないかと思います。」
「付き合ったことがあるのか?」
「いいえ! 家庭教師をしていた頃のあの子は中学生でした。
その頃、俺は付き合っている女性が居ました。
恋愛の感情など持ったことはありません。」
「本当か?」
「本当です。」
「お父さん、美月が聞けないじゃないの!」
「あっ……そうだな。
美月、済まない。」
「ううん……心配ばかり掛けてゴメンね。お父さん。」
「親が子のこと案じるのは当たり前だ。」
「ありがと……お父さん。」
「さぁ、海斗君。美月に話してやってくれ。」
「はい。」
「麻都香さんか、別の人なのかは、顔を見たら分かるわよね。」
「分かる。」
「これから、お母さんにお願いなんだけど……。」
「言って! 出来る限りするわ。」
「お迎えに行って欲しいの。」
「分かったわ。」
「お願い出来る?」
「勿論よ。」
「それでね、その人が近づいたらスマホで写真を撮って欲しいの。」
「勝手に撮れるかしら?
声を掛けた方が撮りやすいわ。」
「その辺は……お母さんに任せる。」
「分かったわ。」
「あなた、もし写真が撮れたら見て。」
「分かった。」
「それから……何度も無関係って言うけれども信じてないわ。」
「美月………。」
「家を出てから5年間、再会してから1年間。
あなたと連絡も取れなかった。」
「それは俺が」
「聞いて!」
「あぁ……聞く。」
「私はその間に何があったか分からないのよ。
幾ら説明されても、それが事実だという証拠もない。
今も夫婦じゃないでしょう。
ただの同居。
陽向の為に一緒に暮らしているだけなの。
それなのに陽向に何かあったら……それが麻都香さんだったら……
私、許さないわ。あなたを……。
もう最後に聞くわ。
麻都香さんのお腹の子の父親は、あなたじゃないの?」
「断じて違う!
あの子とは男女の仲になった事は一度もして無い!
……北海道で会ったのも、北海道の彼女から『怖い。』と言われたからなんだ。
大学の頃に彼女と付き合ってた時も、あの子は彼女に近づいた。
そして、色々言ったそうなんだ。
どんなことを言われたのか教えて貰えなかったけれども……。
彼女はその時の恐怖を再び感じたそうなんだ。
それで、彼女に近づかないでくれと俺が会って頼んだ。
会ったのは、その一度きりだった。
だから、俺の子を妊娠すること自体があり得ないんだ。」
「本当なの?」
「真実だ!」
「北海道の元カノさんに聞いてもいいの?」
「勿論!」
「じゃあ、今、この場で電話して。元カノさんに……。
スピーカーにして電話して。」
「彼女の実家の電話番号だけ残してる。
彼女の連絡先は全て削除した。」
夫は妻にスマホのロックを解除して差し出した。
妻が夫のスマホを確認すると、夫の言う通りに恵茉の連絡先は無かった。
麻都香の連絡先も無かった。




