笑み
土曜日の午後、妻は息子と二人で夫の実家へ向かった。
夫の母が入院間近で、夫は金曜日から実家に帰っている。
「おばあちゃん、大丈夫かなぁ?」
「ひーくんに会ったら元気が出る!って。」
「本当?」
「ひ―くんの笑顔は元気が出るのよ。」
「そなの?」
「そうよ。」
駅の改札口を入り、ホームのベンチに座って息子と電車を待っている時、一人の女性が声を掛けて来た。
「ひーくん!」
「あっ! お姉ちゃん!」
「どこ行くの?」
「おばあちゃんのお見舞い。」
「そうなの……。」
「…………ひーくん、何方?」
「ママ、お姉ちゃんだよ。
お話したでしょう。ぬいぐるみのお姉ちゃん。」
「あぁ…………あっ……息子がお世話になっております。
可愛いぬいぐるみ、ありとうございました。」
「いいえ、ひーくん、可愛いですね。
でも、ママに似てないのかなぁ~?」
「ええ、この子は父親に似てるんです。」
妻は息子が「お姉ちゃん」と呼ぶ女性ををどこかで見たような気がした。
ゆったりしたお腹が分かりにくいワンピースを着た若い女性。
優しくお腹を撫でている姿を見て、どこかで出逢った女性だと思った。
「あの……以前にお会いしたことありました?」
「ええ! 覚えていたんですね。
うふふっ………この子のことも?」
「ええ……以前、公園でお会いした方ですよね。
赤ちゃんは順調なのですね。」
「ええ、それは勿論! 愛する夫の子だもの。」
「良かったです。」
「ありがとう。」
ほんの一言話しただけだった。
電車がホームに滑るように入って来た。
妻はベンチから立ち上がり、礼をして、息子にも「お姉さんにさようなら……って。」と挨拶を促して電車に乗った。
その後を女性も付いて来た。
「奇遇ですね。
私もこの電車に乗るんです。」
「そうですか……。」
「お姉ちゃんも電車に乗るの?」
「ええ、ひーくんと一緒よ。」
息子は嬉しそうに「うわ~~い!」と言った。
大きな声を出さないように息子を叱った妻は、夫の実家の駅まで、その若い女性と一緒だった。
息子は嬉しそうに話している。
その隣で妻は⦅人懐っこいのね。ひーくんみたいだわ。⦆と微笑ましく思った。
夫の実家の駅に着いた。
二度目の「さようなら」を息子と二人で、若い女性に言った。
駅前のロータリーで夫が待っていた。
実家の車を運転して駅まで迎えに来ていた。
息子は夫の姿を見つけると、「パパぁ―――っ!」と大声で嬉しそうに呼んでいる。
夫も嬉しそうに息子を見つめている。
駆け寄った息子を抱き上げた夫。
息子も夫も満面の笑顔だ。
それを見ている妻も笑みが零れていた。
遠くで3人の姿を見つめている2つの瞳があった。




