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もみの木

店の前に立っただけで妻は懐かしさで胸がいっぱいになった。

店の佇まいは昔のままだった。

店に入ると夫が予約してくれた小さな部屋に通された。

通された部屋から見える坪庭の景色さえも懐かしく思った。


「覚えてるかな?」

「えっ?」

「この部屋。」

「………ええ、覚えてるわ。」

「この部屋でプロポーズしたこと、覚えてくれてたんだ。」

「忘れないわ……あれから私達、変わってしまったわね。」

「そうだな。

 ………料理も注文済みなんだ。」

「ありがとう。」

「美月……何から話せばいい?」

「北海道でのこと……と、それから後の事……。

 どこへ行ったのかも分からなかった。」

「そうだな……北海道でのことから話すよ。」

「………聞くわ。」

「北海道に行けたのは、大学の頃に付き合ってた人から村上を通して話があったん

 だ。

 村上を大学の友人達が探し出してくれて……。

 父さんが興信所に依頼して俺を探してたことは知ってるよね。」

「ええ、知ってるわ。」

「その興信所が俺の会社での交友関係を調査して、その結果を大学の頃の友人達に

 父さんが教えたそうなんだ。

 その交友関係で出てきた名前の中に村上が居たんだ。

 それで、友人達は村上に会ったそうなんだ。

 恵茉も村上に会ったんだ。」

「えま?」

「あっ………北海道の俺の……彼女だった女性の名前で………彼女のフルネーム

 は……。」

「言わないで! 聞きたくない! 知りたくない!」

「ごめん……美月、俺は……。」

「呼び捨てなんだ。」

「…………ごめん。もう二度と名前を呼ばないから………。」

「続けて……。」

「うん……………それから、彼女から誘われたんだ。

 遠くなら、いいんじゃないかって………北海道へ行くことを………。

 彼女の実家で男手が足りないから手伝って欲しいって言われたんだ。」

「それで、彼女から誘われるままに北海道へ行ったのね。」

「村上に相談したんだ。相談してから決めたんだ。」

「それで、あちらでは仲良くされてたんでしょう。」

「子どもさんが居て、一緒に出掛けたりした。」

「まるで家族ね。」

「違うよ!」

「違わない! 元カノさんのお子さんを連れて、家族ごっこしてたの?

 それとも本当の家族だったの?」

「家族ごっこをしたつもりはない!

 本当の家族になった事も無い!」

「信じられないわ。」

「信じられないと思うけど、それが事実なんだ。」

「元カノさんと一緒に住んでいたの?」

「別だよ。俺は酪農の仕事があるから、彼女のご両親の家に住んでいた。

 居候だったんだ。

 彼女はご主人と住んでいた家に今も住んでいるんだ。」

「そう………元カノさんと抱き合った?」

「………泣いている彼女を抱き締めたことはある。」

「慰めるために? それとも……欲望?………それとも……愛?」

「慰める為だけだ。誓ってもいい。」

「誰に誓うのかしら?」

「美月、俺が愛してるのは、お前だけだ!」

「放っておいて!」

「済まなかった。お前に何かあったらと思うと怖かったんだ。」

「どうとでも言えるわ。」

「もう無理なのか?」

「次の女性の話を聞かせて。」

「次?」

「佐々木さんの奥さん。」

「麻都香ちゃんのこと?」

「ええ、会ったの? 北海道で?」

「あの子が彼女に近づいて恐怖を与えたんだ。」

「何かしたの?」

「何かした訳じゃないんだ。

 ただ、近づいて話し掛けるんだ。お子さんにも話し掛けたそうなんだ。

 それが毎日だったらしい。

 それで会った。

 『もう彼女に近づかないように!』って言う為に……。」

「それが怖いと元カノさんは言ったの?」

「そうだ。

 ………実は大学の頃にも、あの子は彼女に近づいたんだ。

 近づいて色々話したそうだけど、彼女のことを知っていて怖かったんだと言っていた。

 知り合って間もないのに、何も話していないのに……それが怖かったのだと言っていた。」

「何を知ってたの?」

「彼女が……養女だと知ってたんだ。」

「養女なの?」

「そうだ。特別養子縁組で結ばれた親子だそうだ。」

「そうなの……。」

「俺は、あの子が北海道へ来たと知って驚いた。

 その頃の俺は、佐々木が北海道の支社に転勤して一緒に来たと思ったんだ。

 夫婦だから単身赴任しなかったのだと思った。

 俺は会社の同僚との縁も切って辞めたから……。

 スマホも家に置いて来たし……佐々木に連絡を取れず確認出来なかった。

 転勤じゃなかったんだと知ったのは佐々木に会ってからだった。」

「それは、この前に会った時?」

「そうだよ。

 俺はあの子が好意を寄せていると思っても居なかった。

 ただ、家庭教師だっただけだから……。

 先生として好かれているだけだったと思っていたんだ。」

「違うようね。」

「そうだな。 

 …………食べないか? 冷めてしまう。」

「そうね、頂きます。」


夫も妻も出された料理を口にしても味を感じられなかった。

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