妻と夫
⦅夫と息子の三人家族に戻れば、息子は幸せなのだ。⦆と妻は思った。
夫は説明をしたいと何度も言ったが、妻は聞きたくなかった。
聞くのが怖かったのだ。
夫の言葉を信用できないまま話を聞くのが嫌だった。
⦅聞きたくない。怖い……のは、何故? 自分の気持ちが分からない……。⦆と妻は思っている。
テレビでは夫が出版社に見せたUSBメモリの内容が、国会での審議でも取り上げられている様子を映し出している。
夫は⦅ある意味、英雄なのだ。⦆と妻は思った。
妻にとっては―どこにでもいる普通の夫、普通の父親―であって欲しかったのだ。
テレビを見たくない!―そう妻は思った。
数日が過ぎ、何も無い日々を妻も夫も過ごしていた。
土日には夫が妻の家に訪れて息子と共に家族として過ごしている。
3人で出掛けている様子を見れば、幸せな三人家族に見えるだろう。
だが、そこには夫婦の愛は薄れてしまっているのかもしれない。
そう感じているのは妻だ。
夫は元の三人家族に戻ることを願っている。
日曜日に水族館へ行き息子と楽しい時間を持った夫は、妻と息子を送った。
妻の実家から夫が帰る時、妻に「平日の夜、どうしても話し合いたい。これからのこと、今までのこと……ひーくんのことも考えて話し合いたい。会って欲しい。頼む。」と言った。
妻は⦅もう逃げるのは止めないと……ひ―くんの為に……。⦆と考えて、「分かった。日時と場所をメッセージして。」と答えた。
夫は笑顔を輝かせた。
「ありがとう! 嬉しいよ。」と少し涙ぐんだ。
妻は夫と二人きりで会うのは長らくなかった。
6年間も夫は不在だった。
そのほとんどの時間、夫の居場所すら分からなかった。
妻は耐えた。
涙で枕を濡らす夜を幾度も過ごした。
⦅今日、話し合っても変わらないかもしれない。
お父さん、お母さんが言うように何度も納得できるまで話し合わないといけない
の……よね。⦆
待ち合わせの場所を知って、妻は言葉を一瞬失った。
それは二人が出逢った場所だった。
⦅海斗さん、覚えてるの?
違うよね。たまたま……偶然……よね。
…………あぁ、私は覚えてる。覚えてる。忘れられないんだわ。⦆
妻が待ち合わせの場所で待っていると、人混みの中から夫の姿が見えた。
妻は、ときめいた。
⦅まだ、海斗さんに恋している……。⦆
妻は確認したくなかった自分の心を知った。
「ごめん。待たせて……。」
「ううん、今来た所……。」
「そっか…………店、予約してるんだ。」
「そうなの?」
「ゆっくり話せる所がいいと思って……居酒屋もみの木にしたんだけど……。」
「もみの木!」
「うん、覚えてる?」
「……うん。」
「二人でもOKの個室があるだろ?」
「……うん。」
「ゆっくり話せるよ。」
「……そうね。」
妻は夫とゆっくり歩きながら店に向かった。
並んで歩いている二人の手が触れた。
妻は慌てて手を胸に当てた。
その様子を見て、夫は少し落胆の色を見せた。




