夫婦から遠い夫婦
夫と二人きりになった妻は言葉さえも失っていた。
驚いたのは涙が出ないことだった。
⦅あんなに泣いたのに……涙が出ないのは何故?
二人の女性のこと気になるのに……どうして涙が出ないの?⦆
「美月……今日は泊まらないか?」
「どうして……私が泊まるの?」
「長い話になるから………。」
「……陽向を置いて来たのよ。」
「お義父さんとお義母さんにお願いして……無理かい?」
「……何を話すのよ。」
「話してなかったこと……。」
「妊娠してるんでしょう?
それが事実なのよ。」
「違う! そんな訳ないんだ。」
「元カノさんとも何も無かったって言ってるけど、私は信じてないわ。」
「美月……本当に美月が考えているような関係じゃなかったんだ。」
「証明できないでしょう?」
「それは……そうだけど……。」
「堂々巡りなのよ。同じことの繰り返しの会話。」
「…………そうだな。」
「不思議……。」
「何が?」
「あなたが居なくなって、私、泣いてばっかだった。
あんなに泣いたのに、どうして涙が出ないの?」
「美月……泣かせて済まなかった。」
「涙が出ないのが不思議。
もう……終わったから……かも……。
終わった仲だから……涙が出ない……。」
「俺は終わってない。終わりにしたくないんだ。」
「放っておいて?」
「それは、本当に済まない。」
「謝罪を受けても戻って来ないのよ。
日々は……陽向とあなたの時間も……私とあなたの夫婦としての時間も……。
もう戻って来ないのよ。取り戻せないの。」
「…………俺は取り戻したい。家族を……俺の家族を……。」
「家族だったっけ?」
「美月!」
「北海道で宜しくやられてたんですよね。
もう、私と陽向を思い出すことも無かったでしょう。」
「忘れられなかった!
写真を1枚……持って出たんだ。
それを肌身離さず持ってた。
これ……なんだ。」
それは3人が写っている息子が産まれた頃の写真だった。
大切そうにカードケースに入れられている。
その日、妻は「泊まって欲しい。」と懇願する夫を背に帰宅した。
帰宅して息子の寝顔を愛おしそうに眺めている妻。
その妻の頬を涙が伝った。
闇の中に居るのは佐々木だけではなかった。




