哀しい涙
北海道で酪農家のお宅に1泊だけお世話になり帰ることにした。
息子が「パパは? どうして一緒に帰らないの?」と聞いたが、夫の「パパはここでお仕事してるからね。牛さんのお世話をしているから帰れないんだ。また、おいで。」と言うと大粒の涙を流した。
それでも息子は「バイバイ!」と別れることが出来た。
車の中で息子が泣きながら「パパ、僕のこと忘れちゃう……。」と言った。
「大丈夫よ。パパはひーくんのこと絶対に忘れないからね。」と妻は言い息子を抱き締めた。
抱き締めながら妻は思った。
⦅ひーくん、ごめんね。
もしかしたら、会えないかも……。
本当に待っても帰って来てくれない……そんな気がする。
しかるべき時って何時よ!
何時なのよ……。⦆
車の中で息子の涙を拭きながら、妻が言い知れぬ悲しみに覆われている。
「何時なんでしょうね。
何時になったら……。」
「義叔母さん! ひーくん……。」
「あっ!」
「ひーくん、また俺が連れて行ってあげるからな。」
「うん! 連れてって!」
「パパに会いたいよな。」
「うん、保育園で皆にはパパが居るんだ。
僕、パパが居なかったから……パパに会いたい……。」
「分かってるよ。また連れてってあげるから!
安心しな。」
「うん!」
実家に送って貰い、両親を交えて、義両親、夫の従兄と息子が寝てから話をした。
この1泊で夫の口から話された内容を両親に伝えて、今の想いを妻は伝えた。
「何時まで待てば良いのか分からないんです。
しかるべき時に、しかるべき人に……何を言うのか……。
何時になったら全てを話してくれるのか……。
こんな夫婦って……夫婦って呼べない………。
ひーくんが可哀想……連れて行かなければ良かった……。
パパと呼べないくらい……そうなのに……パパ……。
ひーくんに……会わせるんじゃなかった。
…………離婚も視野に入れています。」
「離婚っ!」
「………致し方ない。あんな息子で本当に申し訳ない。」
「ごめんなさい、美月ちゃん。」
「本間さん、申し訳ございません。」
「加納さん、顔を上げて下さい。
まだ今直ぐに離婚と言う訳ではないと思いますし……。
親御さんが謝る必要などありませんよ。」
「ありがとうございます。
………美月さん、海斗の会社の人達から今も電話が架かって来るのかい?」
「少なくなりましたが、なくなった訳ではありません。
忘れた頃にスマホに架かって来ます。」
「連絡先を交換したのか……美月ちゃん。」
「ええ……駄目だった?」
「う~ん、今は連絡先を知られなかった方が良かったと言えるけど……。
交換したのがカイちゃんが居なくなった直後だったら、アリだもんな。」
「ええ、直ぐ後のことで……。」
「美月さん。」
「はい。」
「これから海斗が居た会社の方から海斗の行方を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通し
て欲しい。
頼みます。」
「はい。」
「美月、その方がいい。」
「うん、お父さん。」
「海斗が案じたようなことは無いと思うけれども、何かあったら大変だ。
だから……頼みます。」
「はい。」
その夜、妻は寝付けなかった。
隣で寝ている息子の寝顔を見ながら、妻の頬を伝うのは哀しい涙だった。




