表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

待つ者

妻は義父から「名刺の人」と会ったことを聞いた。

「名刺の人」村上紘毅(こうき)は、夫の1歳下で経理課で働いていたそうだ。

夫が退職した1年前に村上紘毅も退職したそうだ。

退職した村上紘毅は父親が経営する会社に戻り、父親の跡を継げるように日々精進していると言っていたそうだ。

村上紘毅の会社は中小企業で、従業員は20名以下だと聞いたそうだ。

同期が村上紘毅の結婚を祝ってくれた時に、夫の退職と失踪を知ったということだった。


「何も進展は無かったよ。」

「そうですか………。」

「彼も何も知らなかった。

 ただただ驚いて何があったのか知りたくて来たそうだ……。」

「そうですか……。」

「済まない、美月さん……。

 興信所で探して貰って1年……ただ、何も分からないんだ。

 住民票も移していない……今、生きているかどうかさえ分からないんだ。」

「お義父さん! もう、もう充分して貰いました。

 興信所にお幾ら使われたんですか?」

「美月さん、それはね、親の務めだから……。」

「いいえ、お義父さん、お義母さんの生活のお金です。

 もう、これ以上は……。」

「ありがとう……ただね、美月さん。」

「はい。」

「親が子を思う気持ちがあってね、私達がやりたいだけ……やらせて貰えないか?

 もう無理だと言う時が来たら、そのままを伝えるからね。」

「お義父さん……。」

「案外、早かったりしてね…………あ…ははは……。」

「分かりました。お義父さん、お義母さんが思われるだけ、なさって下さい。」

「美月ちゃん……ありがとう。」

「ありがとうね……美月さん。

 ……美月さん、君の身体のこともある。

 ご実家に帰っては……どうかな?」

「それは、この家を出るということですか?」

「この家は賃貸だから……契約更改時に出ることも可能だろう?」

「それは、そうですが……。

 この家を出たら海斗さんが帰って来た時に家が無いかったら……海斗さん、帰ら

 れないじゃないですかっ!」

「……今日明日の話じゃないよ。

 契約更改時に、その前に考えてみてはどうかな?

 君が倒れたら、困るのは陽向だからね。」

「そうよ、ひーくんの為に、ご実家に二人で……考えてみて頂戴ね。」

「ひ―くんの為……。」

「そうだよ。子どもの為だ。」

「考慮します。」

「うんうん、ゆっくりでいいのよ。」

「はい。」



ある日、息子と帰宅して空き巣が入ったことに気付いた。

家の中に大きな変化は無かったが、あるはずの封筒が無かった。

自治会費を入れていた封筒だった。

今、自治会で班長をしている妻が会員から集めた自治会費だった。


「あれっ? 無い……ここに入れていたのに……あれっ?」


家の中を探しても探しても見つからなかった。


「空き巣?……空き巣が入ったの……?」

「ママ……ママ……まんま。」

「ひーくん、待ってね。

 電話したら、ご飯だよ。」

「でんわぁ?」

「そう、電話架けるからね。」

「じぃじ?」

「ううん、違うよ。

 ちょっと待ってね。」


慌てて警察に電話を架けた。

そして、両親に電話を架けると、急いで両親が来た。

到着した警察が指紋などの採取と妻への事情聴取を行った。


「最近、この辺りで空き巣が多発しています。」

「自治会の回覧で知っていましたけれども……まさか……。」

「そうですね、まさかって思いますよね。

 でも、絶対に入られない家はありません。

 ……所で防犯カメラはありますか?」

「ありません。」

「そうですか……指紋は残していないでしょう。

 逮捕してもお金は戻って来ないと思って下さい。」

「はい。」

「まだ、金額も少なくて良かったと思って下さいね。

 何も盗るものが無かったら、冷蔵庫に入ってるケチャップなどを壁に塗り捲る奴もいますから!」

「そうなんですか……。」

「ガラスも割られてない。

 ただ、玄関の鍵……ここから入られてますね。」

「玄関の鍵、変えます。」

「理想は2つとも同じ鍵ではなく、別の鍵です。」

「はい。相談します。」

「そうですね。」


それからも妻は夫と暮らした家に住んでいた。

空き巣が入って怖いと思ったが、家には夫との想い出があり、夫が帰って来る家だ。

だから、なかなか家を出る気持ちになれなかった。



そして、夫が帰って来なくなって3年が経った。

待っても夫は帰って来なかった。

妻は息子と二人で実家で暮らすことにした。

両親の家に住むことにしたのだ。

息子は夫が居なくなった時、生後三ヶ月だった。

今は3歳と三ヶ月。

首が座って間もなかった息子が、走り回っている。

その成長を夫は知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ