名刺
石井朱里と会ってから、夫の会社の同僚たちから連絡が来る。
そして、家にやって来る。
案じてくれているのだと思っている。
だが、ポストに投函された名刺の主が来てから、何か分からぬ不安に妻は覆われていくようだ。
言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
「ママ、まんま。」
「あ……ごめんね、お昼ご飯の時間ね。
用意するから、待っててね。
テレビ、見て待ってて。」
「てりぇび、みりゅ。」
息子が好きな働く車のBDを再生した。
息子はテレビに釘付けで喜んでみている。
息子の昼食を用意している時、実家の両親が来た。
「陽向ぁ~~。」
「ひーくん~。」
「じぃじ! ばぁば!」
「働く車、見てたんだな。」
「好きね、車……海斗さんに似たのね……。」
「ちょうぼうちゃ!」
「消防車だな。」
妻は両親の顔を見ただけで凄く安心した。
「お父さん、お母さん、ありがとう。」
「礼など要らんよ。」
「そうよ。」
「あっ……お母さん、ごめんなさい。
下のポストの中に名刺が入ってると思うの。
取って来てくれない?」
「名刺?」
「電話で話した人が入れていったの。」
「名刺を!
分かったわ、取って来るわね。」
「お願い。」
母に取って来て貰ったポストの中に入っている名刺。
妻は名刺を見た。
夫の会社のことは何も知らなかった。
どんな同僚と仲が良いのかなど知らなかった。
名刺を見ても、見知らぬ誰かの名刺でしかなかった。
ちょうど、その時、義両親が来た。
「美月ちゃん、大丈夫?」
「はい。」
「美月さん、申し訳ない。
本当に……あれが居なくなったばかりに……。
美月さんには苦労掛け、その上……こんなに怖い目に遭わせてしまい……
申し訳ない。」
「本当にごめんなさい。」
「お義父さん、お義母さん……お願いですから頭を上げて下さい。」
「じぃ! ばぁ!」
「ひーくん!」
「陽向! いい子にしてたか?」
「いい子ですよ、
今も大人しくテレビを見て、ご飯の用意が終わるのを待ってました。
ねぇ、ひーくん。
「もう、お母さんったら、孫に甘々なんだから……。」
「孫に甘々なのは、私達二人も同じですわ。」
「さぁ、お昼ご飯にしましょうよ。
持って来ましたよ。」
「途中でお寿司を買ってきました。
これをお昼ご飯にして下さい。」
「お義父さん、お義母さん、ありがとうございます。」
幼い息子を4人の祖父母たちが囲み、和やかな昼食の時間を過ごせた。
妻は母が取って来てくれた名刺を義父に渡した。
「お義父さん、この方を御存知ですか?」
「いいや、知らないな……。」
「私も知らない方だわ。」
「そうですか……。」
「この方には私から連絡を取るからね。」
「美月、そうして貰いなさい。」
「加納さん、娘に成り代わり……どうかよろしくお願いします。」
「うん、そうさせて頂くね。
……お義父さん、お言葉に甘えさせて頂きます。
よろしくお願いします。」
「ありがとう、頼って貰えて嬉しい限りです。
知らない方の訪問を受けて不安だったでしょう。
その方と連絡を取ったら、その内容は包み隠さず話すからね。
安心して貰えれば嬉しいよ。」
「はい。」
見知らぬ来訪者があってから、「美月と幼い陽向の二人だけの暮らしは不安だ。」と案じる両親が一緒に暮らすことを提案し、その通りに両親と息子との暮らしを始めた。




