佐々木
妻は夫からの贈り物のネックレスを身に着けていない。
石井朱里が夫の愛人であるという噂は、真実なのかどうか分からないからだ。
決定的な証拠は無い。
ただ夫の同期で、話を聞いた当時、営業課だった峯。
彼は「加納君から聞いた。」と言った。
それが引っ掛かっている。
また石井朱里ではない女性の可能性もある。
箱に入れたままのネックレスを、夫が誰の身に着けて欲しかったのか妻は分からないままだ。
石井朱里と会って1ヶ月経ったある日、夫の経理課の同期の佐々木から電話が架かって来た。
「お久し振りです。
その後如何ですか?」
「御心配頂き本当にありがとうございます。
息子も私も変わりなく過ごしております。」
「あれから、石井朱里さんにお話を聞かれましたか?」
「ええ、伺いました。」
「どうでした?」
「夫と一緒にお暮しではありませんでした。」
「そうですか……それで、他には何か聞かれましたか?」
「他ですか……他には……夫の居場所は御存知ないようでした。」
「知らないと?」
「はい。」
「……そうですか?……他に何か言ってませんでしたか?」
「いいえ……何も……。」
「そうですか……石井朱里さんとは今後どうなさるのですか?」
「あの……どう?とは……どういうことをお聞きになりたいのですか?」
「ああ……これからも連絡を取られるのかどうか、などです。」
「いいえ、もうお話を伺うことはございません。」
「そうですか……これからも、何か分かったことがありましたら教えて下さい。」
「はい。承知しいました。」
「よろしくお願いします。
こちらでもお役に立てることがあるかもしれませんので……。」
「はい。よろしくお願いします。」
「では、御元気で!」
「佐々木さんも……ご自愛くださいませ。」
「では、失礼します。」
「失礼します。」
電話を終えた妻は違和感を覚えた。
言葉に出来ない違和感だった。
夫のことを本当に案じてくれているのか不安になったのである。




