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石井朱里

義父は経理課の同僚たちから聞いた女性、石井朱里について調査を依頼した。

1ヶ月後、石井朱里の居場所が分かったと義父から連絡を貰った。

両親に電話をして、暫くの間、母に来て貰うよう頼んだ。

急に行くことになるかもしれないからだ。

その時は、息子を母に見て貰い、義両親と3人で石井朱里という女性に会いに行くと決めた。


興信所の担当者に義父は「石井朱里さんへ加納海斗の妻、美月が会って話を伺いたい」ことを伝えて貰った。

会って貰う為の了承はなかなか得られなかった。

加納海斗が行方不明になった事、同じ課で勤めていた人たちに会社での様子を聞いていることを理由に―あくまでも、不倫相手として見ているわけではなく、状況を知りたいとだけと伝えて貰った。

様々な事を考えたであろう石井朱里から「会ってもいい。」との返事が来るまでに3ヶ月も掛かった。

そして、会う場所と日時を石井朱里が指定することが、会う条件だった。


日曜日の午後、石井朱里が指定した場所へ向かった。

そこは、療養型の病院であった。


「石井朱里さんのお母様が入院されています。」

「そうなんですか……。」


通されたのは病室ではなく、病院の庭だった。

大きくて綺麗な庭には木々が茂り、花々が咲き乱れていた。

その中を車いすを押して近づいてくる若い女性の姿が見えた。


「こんにちは。

 石井さん、今日はお時間を頂戴し、誠にありがとうございます。

 こちらが石井さんにお会いしたいとお願いされている加納さんです。」

「そうですか………石井朱里です。」

「初めまして。

 今日はありがとうございます。

 加納海斗の妻の美月です。」

 こちらは加納海斗の両親です。」

「初めまして、加納海斗の父でございます。」

「初めまして、加納海斗の母でございます。」

「初めまして。

 御覧の通り、母が交通事故で体が不自由になりまして……。

 体だけじゃなく、知能も……低下しまして……。

 高次脳障害ってご存知ですか?」

「いいえ、申し訳ございません。

 存じ上げておりません。」

「謝らなくてもいいんです。

 私も母がこうなって初めて知りましたから……。

 それで、お話ですが……何を御知りになりたいんですか?」

「あの……ぶしつけですが……。」

「ほんと! 本当にぶしつけったら、ありゃしない。

 急に興信所から電話を貰ったら、元の職場の人のことを聞きに来るって……

 迷惑だってこと言いたくて来て貰っていい!って言ったんです。

 私はね、母が事故に遭って実家に戻ったんです。

 急だったから、確かに職場の人には迷惑を掛けました。

 でも、加納さんの奥様から私との面会を望まれる謂れがありません。

 勿論、加納さんが失踪された……それは御気の毒に思いますけれども……

 でも、私と何の関係があるのでしょうか?」

「……主人の居場所を……御存知でしょうか?」

「えっ?」

「本当に申し訳ございません。

 ただ、藁をも縋る気持ちでいっぱいでございます。

 どんな些細な事でも結構です。

 主人のこと、覚えておいでの出来事など……お教え下さい。」

「お調べ頂いたので、もうお分かりなんでしょう。

 加納さんはこちらにおられませんよ。 

 あ……あれか………えっと、噂……ですか?」

「噂を御存知ですか?」

「ええ、加納さんがおられた会社に派遣された知人がおります。

 その知人が私に教えてくれました。

 誰か分からないのですけれども、加納さんと私が不倫関係だったと……。

 それで、二人で駆け落ちしたのだと……尾ひれも盛大についていますが……。」

「ご一緒ではないのですね。」

「お調べ済みでしょう。」

「はい、聞いておりますが……その……夫と深い仲の方でしたら連絡など……。」

「奥様は加納さんの何を見て来たんですか?」

「はい?」

「何も見て来なかったんですか?

 一番近くに居たのに……。」

「…………それは…………。」

「見ていたら気付くのではないですか? 夫婦なのだから……。」

「……………………………………。」

「加納さんが奥様を大事に大事になさっていらっしゃったことは知っています。

 大事にされて鈍感になったんですか?」

「石井さん、それは言葉が過ぎておられます。」

「あ……済みません。

 加納さんのお父様……仰る通りです。

 奥様、申し訳ございません。」

「…………いいえ……。」

「御知りになりたいことを私は存じません。

 加納さんが何処へ行かれたのか知りませんし、知る術を持っていません。

 私は……加納さんが好きでした。

 男性として加納さんに惹かれていました。

 でも、それだけです。

 噂のようなことは一切ございません。

 それが私の答えです。

 ……母を病室へ連れて行きますので、ここで失礼します。」

「あの!」

「何ですか?」

「失礼なことを申し上げて本当に済みませんでした。」


深く頭を下げた妻と両親を見て、石井朱里は笑みを返した。


「私こそ、噂に対しての腹立ちを加納さんの奥様に向けてしまいました。

 申し訳ございません。

 ただ、加納さんは素敵な男性です。

 今は……奥様を大切になさっておられる加納さんに私は惹かれていたのだと、

 そう確信出来ました。

 戻って来られたら……良いですね。

 では、御元気で……失礼します。」

「石井さん、ありがとうございました。

 お元気で……お母様のご回復を心よりお祈り申し上げます。」

「ありがとうございます。では……。」


石井朱里の言葉は偽りのないものだと妻は思った。

⦅何故……何故……何も気付かなかったのか!⦆幾度も繰り返し自分を責めた言葉を石井朱里の口からきいた妻。

妻は何時までも待っていると……待ち続けると思った。

何故なのか知りたいから……愛する息子の成長を見て欲しいから……愛しているから……。

あの家で……夫と暮らした幸せな日々がいっぱい詰まったあの家で……息子と二人で待とう!と妻はもう一度心に決めた。

終わりが見えない待つ暮らしが、どれだけ長く続くか誰も分からなかった。

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