妻と母
あれから3ヶ月が経った。
妻は夫と暮らしていた家で夫を待ち続けている。
息子は生後六ヶ月になっていた。
夫の会社を訪問した妻は、働かねば息子を育てることが出来ない現実を思い知らされた。
夫は帰って来ないかもしれないと思ったからだった。
女性の影が絶望の淵に妻を突き落とした。
そんな妻に産まれて3ヶ月しか経っていない息子の体温を感じた時、⦅泣いてちゃ駄目だ。ひーくんを守るのは私だけ……私だけなんだ。ひーくん、頑張るからね。⦆と誓った。
その時から妻は前を向くようにした。努めた。
それから妻はハローワークに行き就職の相談をした。
23歳の妻は大学卒業と同時に結婚し、妊娠してから会社を辞めた。
今の妻は辞めたことを後悔している。
あの時は辞めることが最善だと思っていた。
それは、妻が子どもの頃から入退院を繰り返していたからだった。
周囲は心配した。特に両親が……。
「美月、辞めてもいいんだよ。」
「でも、折角就職出来たのに……勿体ないなぁって思うの。」
「うん、そうだよね。
でもさ、この前も駅で倒れたよね。」
「あれは、多分貧血だと思うの。」
「あの時、俺と一緒だったから良かったけど……。
俺が一緒でない時にあんなことになったら……俺、めっちゃ後悔する。」
「あなた……。」
「帰りは美月一人だし……また、倒れたらって思うと心配で仕方ないんだ。
だから、家に居て貰えたらと思ったんだ。」
「……うん。」
「でも、決めるのは美月だよ。
続けたかったら協力するからな。
家事は俺が今までよりもやるよ。
美月は何もしないでいいから……。
あ……辞めても具合が悪かったら言ってくれよね。
その時、家事は俺が全部するからな。」
妻は何度も倒れそうになったことで、入って間もない会社を辞めた。
会社には申し訳ないことをしたと今も思っている。
妊娠中、悪阻が辛くて横になっていると、帰宅した夫が家事を全てやってくれた。
美月は幸せだった。
そして、二人の元へ愛らしい息子が産まれてきてくれたのだ。
美月23歳、海斗25歳だった。
陽向と名付けられた息子。
陽向を可愛がる夫の姿を妻は今も忘れられない。
積極的に育児を担ってくれた夫。
帰ってきたら真っ直ぐに手を洗い、うがいをして、そして息子を抱いていた。
オムツを替えるのも、入浴も夫は積極的にしていた。
「あ~ぁ……美月はいいなぁ~。」
「何がぁ?」
「ひーくんに、おっぱい……飲ませられるんだよなぁ。
いいなぁ~、俺も飲ませたいなぁ~。」
「じゃあ、ミルクにする?」
「あっ! それ、いいね。いつからミルクにする?」
「もう少し、このまま、おっぱいあげたいなぁ~。
母親の特権だもんね。」
「そこを……ちょっとだけ早く……お願い出来れば……。」
「うふっ……優越感~。」
「パパでいいでちゅよね。」
「ママがいいよね。」
そんな他愛ない会話を思い出しては悲しくなる。
⦅ひーくんの成長を見られてないのよ。
それで、いいの?
こんなに可愛い……ひーくん。
あなた……あんなに可愛がってたのに……。
そんなに、その女性がいいの?
ひーくんより?
私より?
……あなた……私、働くためにハローワークの求職者支援を受けてるのよ。
働くことが出来たら直ぐにでも保育園に、ひーくんを入れるの。
あなたを待ちながら……ひーくんを育てるわ。
この家で………!
待ってるわ。待ってるから……お願い……帰って来て……あなた。⦆




