9 責任と、不屈の意志
「いやいやいや!思い切りが良すぎ!」
━そうですよ!そんなことあります?━
「知念総隊長、流石にそれは無理があるかと…」
"あはは!面白いのさ!"
「無理がある?まだやってもいないのに無理と決めつけては何もできないぞ?」
「ですが…!」
「(なんだか可哀想になってきた…。)」
「それに、まだ決定したわけではない。あくまで誰かのためになるダイナマイトに『なりたい』ということを聞いただけだからね。」
知念総隊長は立ち上がり、窓の側に立ち止まってこちらを向いた。
「では入隊試験を始めようか。問覚、後はよろしく〜。」
「だから待」
知念総隊長が笑みを浮かべ手を上に振り上げた瞬間、目の前の風景が凄まじい速度で変化していく。
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「はあ…一体どうしてこんなことに…。」
"元気出すのさケイゴ!知念総隊長ならいつものことなのさ!"
「全く、昔から一人で勝手に走ってしまうのは悪い癖です…!」
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城の壁のように本棚が立ち上がっていく。本棚は放射状に立ち並んでいき、最後に大樹が現れる。美しい図書館の完成だ。
「ようこそ。試験会場もとい、私たちの魂世界へ。」
「魂世界…?」
━忘れたんですか?私たちが出会ったあの世界と同じような空間のことですよ。━
「ん…ああ、あそこのことか。え、でもそれってつまりここは知念総隊長の頭の中ってこと?」
━正確には、我々の一部の魂世界だかな。━
高く低く、若く老け、喜び哀しみ、元気でやつれた様々な声が束となり、図書館に響き渡る。
大樹から一枚の葉がひらりひらりと舞い降りて、知念総隊長の肩にくっついた。不思議なことに、この葉の持つ鮮やかな緑の光に2人は興味深いという感情を抱いた。
━我々は『知識』の魂、ロゴス。ようこそ、我々の魂世界の一部へ。━
━一部…とはどういうことでしょうか?━
━我々は一つであり、無数でもある。知識とはそういうものだ。ここは我々の一部の面。我々の無数に存在する魂世界の一部で、君たちを受け入れているのだ。━
「一つだけ分かったことがあるよ。なーんにも分からないってこと。」
「分かんなくたって大丈夫だよ。身でなんとなく分かれば理論なんて必要ないさ。
さて。改めて、ここで入隊試験を行う。」
「いや、やっぱり急すぎない!?」
━問覚さんの反応にも同意します。━
「君たちが『誰かのためになるダイナマイト』になることを望んだからこの試験を行っているんだ。君たちが嫌というなら、『安静にされているダイナマイト』として、丁重に扱ってあげてもいいけど、どうする?」
2人は目を合わせる。
━それは…嫌ですね。━
「受ける、受けるよ入隊試験!」
「ふふ、では始めよう。」
知念総隊長は手を横に振りかざして本棚を移動させていく。その本棚の中から一冊の本を取り出し、宙に放り投げた。その本が開かれると、図書館は別の景色へと移り変わっていく。
「まずはスタビライザーの説明についてだね。
世界安定化機関『スタビライザー』は、異世界犯罪を取り締まる自警団から派生した組織だ。繋界は東京湾に発生した最初の繋界に引き寄せられるように開く。だから首都圏のいろんな地域にスタビライザーの隊が置かれているんだ。昨日君たちを助けてくれた川崎隊なんかがそうだ。他にもスタビライザーの武器や道具のメンテナンスを兼任している京葉隊、自然の要塞で伝統と魂の力を扱い戦う鎌倉隊…おっと、これ以上話していてはキリがないね。」
知念総隊長は本を放り投げて本棚に戻した。そして景色も同じ図書館へと戻った。
━知念、知識をもう少し丁重に扱え。世が紡いだ結晶なのだぞ。━
「はいはい、悪かったよ。」
叱責するロゴスにも臆せず、知念総隊長は飄々としている。さっきまでは総隊長なのか疑わしい行動ばかりだったが、この肝が座っている態度が総隊長の強さを示していた。
「さて、ではここで質問だ。大丈夫、そう難しい問題じゃないし、たった一問だけだよ。」
知念総隊長は木の下に腰掛けると、目つきが変わった。それは2人を責めるだとか、厳しいだとかそういう嫌な目ではない。ただ、真っ直ぐな緊張感を走らせる、そんな目だった。
「君たちは何故スタビライザーに入隊したい?」
「(…あ。確かに、俺たちはあの3択の中から選んだだけで、理由など考えていなかった。罪のない人を傷つけたくはない。だからと言って、ガイードのことも、自分自身のことすらも分からないままどこかで拘留されるというのも嫌だ。そう、消極的に選んだ選択だ。ただ、ここで何も答えないというのは失望に繋がるのは目に見えている。強いて言うとすれば…)」
━「強大な力を持っているとしたら、人助けに使わないと"いけない"から」━
「かな。」━ですかね。━
知念総隊長は右手で髪を耳の後ろに回して、耳の裏を少しかいた。
「…ふむ。それは、力に伴う"責任"ということかな?」
「そうなるな。」━そうなりますね。━
「んーじゃあ不合格だね。」
「そそ、そんなあっさり!?」
━残念です…。━
「安心して。今回は特別サービスだ。追試を補習付きでやってやろう。」
知念総隊長は相変わらずの表情で2人を見た後、目を閉じて一息ついてから立ち上がった。
「君たちには"責任"しかなく、"意志"がないんだ。」
「責任と…」
━意志?━
「そうだ。子を育て守る親として、親の後を生き未来を作る子として、飢えた者の腹と心を満たす料理人、人々の物流を支える運転手、日々の安全を守る警察官として…様々な責任がある。
責任は人生を歩む上で全ての人が持たされる重荷だ。それを支え続けるのは大変なことだし、押しつぶされてしまうリスクもある。だからこそ、意志が必要なんだ。
意志があれば、前を向いて歩ける。どんな重荷を背負っていようと、成し遂げたいことを道の先に見続けることができれば、人は潰れない。」
知念総隊長は本棚から本を手に取ろうとしたが、首を小さく振って取り出すのをやめた。
「2つの世界を跨ぎ、人知を超えた力と戦い続ける日々。その中で、親しい人を亡くすこともあるだろう。
それに君たちは、強大な力を秘めているかもしれない。その力は誰かを救うかもしれないし、誰かを危険に晒すかもしれない。その誰かには君たち自身を含まれている。
そんな過酷な世界を、責任だけ背負っていては、たとえ私でも潰れてしまうだろうね。」
知念総隊長は俺たちの目を真っ直ぐ見て問いただす。
「さあ、補習は終了。追試の時間だ。
君たちの意志はなんだ?」
その質問を受けたとき、視界がぼんやりしてきた。ふわりとした感覚が全身を包み込んでいく…
━魂世界。頭を整理するには、ちょうどいい場所ですね。━
「体力の消耗はあるけど。」
八代がガイードと初めて出会ったときと変わらない、青い空と草原が広がる世界に2人はやってきた。
━私たちの意志とは、一体なんなんでしょうか?━
「うーん…ぶっちゃけあんまりよく分かってない。そりゃ、責任と意志が大切なのは分かったけど…。」
━じゃあ、解答は諦めますか?━
ガイードは八代の本心を見抜いているようだ。その試すような発言で八代はそう理解した。
「いいや、諦めない。」
━それはどうしてですか?━
「俺たちは何も持っていない。守りたい人とか、やってみたいこととか、自分たちのこととか何にも持ってないし分からない。なのに諦めてたら…何にも得られないまま空っぽの毎日を過ごすことになると思うんだ。
だったら片っ端からなんでもやってみたい!そういうことを積み重ねていけばきっと、空っぽを埋めてくれる何かが見つかると思うんだ。」
━もしその挑戦の日々の中で、負けたり泣いたり失敗したりすることがあったら、どうするんですか?━
「そしたらガイードが助けてよ。俺もガイードが大変なときに助けるからさ。それが相棒ってやつなんだと思う。ま、今んとこ全部ガイードに助けてもらってばっかだけど。」
━ふふん、私の有能さに感謝してくださいね。…じゃあ、そろそろ戻りましょうか。━
八代はガイードと見合って少し笑うと、青い空と草原は図書館へと変わった。
2人は真っ直ぐ知念総隊長の目を見る。
━私たちには記憶も守るものもやり遂げたいことも全部ありません。だというのに目の前に現れたチャンスを諦めていたら、私たちは空っぽの毎日を過ごすことになります。━
「だったら片っ端からなんでも諦めずにやってみたい。それがどんな結果を生もうとも糧にしてまた他のこともやってみる。そうして俺たちは"俺たち"になる!」
2人の目が青緑に輝く。
━「"私/俺たちは失っても、負けても絶対に諦めない"
それが私/俺たちの意志です/だ!」━
知念総隊長は小さく息を吐いてから、ロゴスの下に座った。
「簡素で、しかし実に難しい意志…気に入ったよ。」
知念総隊長はサインの入った一枚の書類を取り出した。
「君たちの世界安定化機関『スタビライザー』への入隊を認めよう。ようこそ、スタビライザーへ!」
━「や…」━
━やりました!━「やったー!」
2人は手を取り合い、試験合格の喜びを噛み締める。今日から2人は、世界安定化機関スタビライザーの隊員だ。




