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「――被害者は『原田美紗』という少女で、年齢は17歳。要するに、女子高生だ」
新庄敦司は、警部からの話を聞きながら「原田美紗だったモノ」をまじまじと見つめていた。彼女の遺体が発見されたのは芦屋川の上流部分であり、周りに目立つようなモノはない。
遺体の横にはこれまでの事件と同じく彼岸花が添えられており、新庄敦司は「またかよ……」というような表情を浮かべていた。
「――新庄君、上の空だが大丈夫なのか?」
警部にそう言われたところで、新庄敦司は我に返った。
「すみません、色々と考え事をしていました」
「そうか。それなら仕方ないが……」
それにしても、同様の事件が4件も続くと正気を失いそうになる。新庄敦司はそう考えながらある人物のスマホに電話を掛けた。
「――もしもし、伴埜さん?」
どうやら、彼は伴埜都紀子のスマホに電話を掛けたらしい。――彼女は話す。
「刑事さん、どうされたんでしょうか?」
「実は……君が住んでいる場所の付近で殺人事件が発生してしまってね。被害者は『原田美紗』という女子高生なんですけど、彼女と面識はあるんでしょうか?」
「いえ、そんな女性は知りませんが……もしかして、刑事さんは私に疑いの目を向けているんでしょうか?」
「そんなことはありませんが、葛城鈴音の遺体の第一発見者はあなたでしたよね」
「それはそうですけど……」
「これは僕の仮定ですが、伴埜さんは葛城さんの首を絞めた上で芦屋川の河川敷に放置した。そして、遺体の横に彼岸花を添えた。僕はそう考えています」
「刑事さんがどう考えるかは勝手ですけど、私はむしろ遺体の目撃者です。殺人を犯すなんてもっての外ですよ」
「そうですか。――とりあえず、伴埜さんは容疑者候補から外します」
「そんなモノ、とっとと外してください。私は何もしていませんから」
そう言って、伴埜都紀子は通話を強制終了させた。――スマホから鳴り響くツーツー音が、滑稽に聞こえる。
それから、新庄敦司は改めて港楠大学の六甲キャンパスへと向かった。大学の中に事件の容疑者がいるとして。その候補を絞り出す為である。
港楠大学の六甲キャンパスは名前の通り六甲山の麓に位置していた。大学のメインキャンパスだけあって中は広く、新庄敦司は迷子になりそうだった。
しかし、そんな都合良く容疑者候補が見つかるはずがない。彼は大学の生徒に対して被害者の写真を見せたが、大抵の生徒は「被害者とは面識がない」と答えていた。
頭を抱える中で、新庄敦司は大学の図書館へと向かった。もしかしたら、図書館の中に手がかりがあるかもしれないと思ったからである。
図書館の中は自習や調べ物をしている生徒で溢れかえっていた。――もしかしたら、ここなら聞き込み調査が行えるかもしれない。
新庄敦司は、手始めに自習スペースでパソコンを開いていた男子生徒に対して声を掛けた。
「あのー、すみません。僕は兵庫県警捜査一課の新庄敦司という者です」
男子生徒は、機嫌の悪そうな声色で答える。
「警察が僕に何の用ですか? 僕も忙しいんで、用件は手短にお願いします」
男子生徒にそう言われたところで、新庄敦司は事件の経緯について簡単に説明した。
「はい。――実は、この近辺で相次いで少女を狙った殺人事件が起きているんです。遺体にはいずれも首に索条痕があって、なおかつ遺体の横に彼岸花が添えられているんです。あなたはこの事件について何か知っていることはありませんか?」
男子生徒は、刑事の話について答えていく。
「確かに、最近そういう事件が相次いでいるというのは聞いていましたが……刑事さん、まさか僕を疑っているんでしょうか?」
「いえ、そんなことはありません。でも、君のおかげで手がかりを得ることが出来ました。――そうだ、念のために君の名前を教えてもらえないでしょうか?」
「僕ですか? 僕は……相生隆史と言います」
相生隆史と名乗った男子生徒は、くせっ毛の頭に眼鏡を掛けていて真面目そうな雰囲気を醸し出していた。――彼はシロだろうか。
「相生隆史さんですか。分かりました。――もしかしたら、警察に協力してもらうという可能性もありますが、その時はよろしくお願いします」
「分かりました。――そうだ、刑事さんに伝えておきたいことがあります」
相生隆史は、新庄敦司に何か言いたそうにしていた。――当然だが、新庄敦司は刑事として相生隆史に詳しいことを聞きだした。
「伝えておきたいことですか。それ、詳しく教えてもらえないでしょうか?」
「良いですよ? ――実は、最近この近辺で怪しい人物を見かけるんです。怪しい人物は白いフードを被っていて顔が見えないんですけど、このキャンパスから芦屋にかけてをうろついているんです」
「なるほど。――もしかしたら、その白いフードの人物が一連の事件の犯人という可能性があるかもしれません。相生さん、ありがとうございました」
「いえいえ。刑事さんの力になれるのなら、僕も本望ですよ」
そう言って、新庄敦司は相生隆史との話を終えた。
それにしても、白いフードの人物か……。証言を聞いた新庄敦司の目には、キャンパスにいる全員が怪しく見えていた。
例えば自習スペースで教科書とノートを広げている女子生徒。彼女は白いパーカーを身にまとっている。相生隆史の証言を照らし合わせると、彼女が犯人という可能性も考えられるが……女性の手で少女の首を絞めることは不可能だろう。
ならば、そこで図書館の本を読んでいる男子生徒だろうか。彼はどうやら近代史について調べているらしい。――何のために?
図書館にいる生徒たちが事件の犯人と考えるのも野暮なので、新庄敦司は図書館を後にした。
外に出ると、女子生徒がドリンクを持ってスマホで自撮りをしていた。今時の女子生徒は「スマホで盛ること」を承認欲求を満たすために利用しているが、正直言ってそんなモノで承認欲求は満たされないだろうと、一人の刑事は考えていた。
「――あれ? アンタって刑事さん?」
女子生徒の一人が、新庄敦司に声を掛けてきた。若干困惑しつつも、彼は生徒の質問に答える。
「た、確かに僕は刑事ですけど……一体、どうしたんでしょうか?」
「ちょうど良かったわ。実は、刑事さんに相談したいことがあってね」
「僕に相談したいこと?」
「そうそう。――最近、アパート付近で誰かに付けられているような気がしてんのよね」
「なるほど。――君をストーカーしている人物について見当は付いているんでしょうか?」
「あまりにもしつこいから、スマホで写真を撮ったわよ」
そう言って、女子生徒は新庄敦司にスマホの画面を見せた。スマホの画面には、白いフードを被った人物が映し出されていたが、やはり顔は見えない状態だった。
新庄敦司は、思わず言葉を止めた。
「ちょっと待ってほしい」
「刑事さん、どうしたの?」
「もしかしたら、その白いフードの人物は――君の命を狙っている可能性があるかもしれません」
「えーっ、マジで? アタシ、殺されるの? それだけは勘弁してほしいな」
「そこまで心配しなくても大丈夫です。僕がこの白いフードの人物を捕まえますから」
「ホントに? ――期待してるわよ?」
女子生徒にそう言われたところで、新庄敦司はキャンパスから踵を返した。
――早いところ、犯人を捕まえなければ……。




