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「それにしても、渡瀬さんって……なんだか不思議な男性でしたね」
私は、ボロマンションのエントランスで新庄さんにそう言われた。
もちろん、私が言うことは分かっている。
「そうなんですよ。彼、結構偏屈というか、変人なんですよ。でも、頭はキレますし、多分新庄さんの力になってくれると思いますよ?」
「なるほど……」
私が亮ちゃんと出会ったのは、多分大学の頃だったと思う。私が通ってた大学は京都にある「立志社大学」というキリスト教系の名門大学で、互いに大学のミステリ研究会に所属していたという縁がある。ちなみに、私の専攻学科はマルチメディア学部で、亮ちゃんは理工学部だったと思う。
その頃から亮ちゃんは偏屈な人間で、私は「彼が何を考えてるのか」が分からなかった。でも、常日頃から京極夏彦の分厚い小説(新書判)を持ち歩いてたのを見ていて「彼は信用しても良い人間だ」と勝手に思っていた。まあ、結果として私も京極夏彦の小説が好きだったから彼と話は良く合ってたんだけど。
その後、私は就活で30件にも及ぶお祈りメールを受け取りつつ就活終了間際に神戸のIT企業に滑り込みで就職。亮ちゃんは溝淡社の新人賞に送りつけた原稿がうっかり通ってしまいそのまま商業デビュー。互いに真逆の生活を送り続けて10年以上が経過した。もちろん、私は亮ちゃんの小説を書店で買って読んでるし、亮ちゃんもWebエンジニアとして働いている私のことを気に掛けているらしい。――まあ、結局のところ彼とは「恋愛関係」やさらに深い関係である「肉体関係」まで至ってないのが実情だけど。
そんなことを思い出しながら、私は話す。
「亮ちゃんが一連の事件についてどう思ってるのかはさておき、多分彼のことは信頼しても良いと思いますよ? 私が保証しますから」
「そうですか。――まあ、僕も事件に対する調書をまとめないといけませんし、一旦署の方に戻りますよ」
「ですよね。――なんか、引き留めてごめんなさいね」
「いえ、良いんです。おかげさまで事件に対する手がかりも掴めましたし。――それじゃあ、僕はこれで失礼します」
そう言って、新庄さんはボロマンションのエントランスから踵を返していった。そして、エントランスには私だけが残された。
「はぁ……。とりあえず、亮ちゃんの部屋に戻るか」
ため息を吐きながら、私は階段を上っていった。
改めて「渡瀬」と書かれた表札を確認してドアをノックする。
当然だけど、亮ちゃんはひん曲がった悪い口で言う。
「――お前かよ。どうして戻ってきたんだ」
「いや、もしかしたら刑事さんがいると話が進まないんじゃないかって思って」
「そんなことはない。俺は事件に対して興味が失せたから原稿の執筆作業に取りかかっただけだ」
「まあ、そう言わずに……刑事さんに協力してあげなよ」
「いや、残念だが――俺が興味を示さなければそれまでだ。都紀子、帰ってくれ」
そんなもんで引き下がるかよ。私は意地悪な口調で言った。
「帰らないよーだ。一応、私って遺体の目撃者でもあるんだし」
私がそう言ったところで、亮ちゃんは折れた。
「ったく、仕方ないな。――とにかく、俺の部屋に入ってくれ。話はそれからだ」
そう言って、亮ちゃんは私を自分の部屋の中へと入れてくれた。