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彼岸花が咲く丘の下で  作者: 卯月 絢華
Phase 01 渡瀬亮介という男
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1

 改めて渡瀬亮介という人物を私から説明すると、彼は小説家である。専門に書いているのはミステリであり、売れ行きはそれなりに好調らしい。――安月給である私と比較するとかなり裕福な生活を送っている。


 しかし、どういう訳か彼は芦屋でも六麓荘(ろくろくそう)とかいう一等地じゃなくて、阪急芦屋川駅から徒歩1分のところにあるボロマンションに住んでいる。マンションは「阪神間を黒い煙に包んだ震災」を生き抜いているから築年数は相当古く、部屋の中は「仕事部屋」と「居住エリア」に分かれている。私が今いるのはいわゆる「仕事部屋」であり、彼はゲーミングチェアに座りながら新作小説の原稿を執筆していた。


 私はなんとなく彼に断りを入れた。


「亮ちゃん、仕事中にごめんね」


 断りを入れた私に対して、亮ちゃんはイチゴ味のチュッパチャプスを舐めながら話す。ちなみに、チュッパチャプスはいわゆる「お店で売ってる状態」でデスクの上にドンと置いてある。――正直言って、羨ましい。


「ああ、良いんだ。俺も小説の原稿に行き詰まっていたからな。――それで、『彼岸花が添えられた遺体』についての詳細を教えてくれないか」


 私は、コーラ味のチュッパチャプスをタワーから抜いた上で話す。


「分かったわ。一人目の被害者は『落合翔子』という女子高生で、彼女は首を絞められた状態で殺害されていたのよ。そして、遺体には彼岸花が添えられてたって訳。多分、犯人は弔いの意味もあってこんなふざけたことをしたんだと思うけど……彼岸花ってのが引っかかるのよね」

「ああ、確かにそうだな。犯人が遺体の横に彼岸花を添えた理由さえ分かれば良いんだが……そんな都合の良い話なんてある訳がないだろう。――それで、二人目の遺体についても教えてくれないか」

「良いわよ? 二人目の被害者は『中村咲那』っていう女子中学生で、彼女もまた首を絞められた状態で殺害されてたって訳。もちろん、遺体の横には彼岸花が添えられてたわ」

「なるほどなぁ。――それで、三人目の被害者はお前が目撃した遺体になるのか」

「その通りよ。三人目の被害者は『葛城鈴音』っていう女子中学生で、彼女も他の二人と同様の手口で殺害されて、彼岸花が添えられてたのよ」

「そうか。これだけじゃ何も分からないな。――刑事、少し良いか?」


 突然の名指しに、新庄さんは困惑しながら話す。


「あっ、僕ですか? 渡瀬さん、僕に何か聞きたいことでもあるんでしょうか?」

「そうだな……衣服の乱れはどうだったんだ? 例えば、犯人が少女たちを犯そうとして、犯されることに対して抵抗しようとした少女たちの衣服が乱れていたとか、そういう簡単な考えでも良いんだ」

「衣服の乱れですか。――乱れかどうかは分からないですが、翔子さんの遺体……というか制服には泥が付着していました。事件現場は芦屋と神戸の境目にある森林地帯でしたからね」


 その手がかりに対してピンときたのか、亮ちゃんは話す。


「なるほど。岡本と芦屋の間にある森林地帯か。あの場所といえば、港楠大学(こうなんだいがく)の六甲キャンパスがある場所だな。まあ、流石に港楠大学の学生が犯人だとは考えにくいが……念のためにそういう可能性も視野に入れておく必要があるな」

「つまり、犯人は港楠大学の六甲キャンパスの中に潜んでいると?」

「いや、俺は『そういう可能性』を(しめ)しただけだ」

「そうですか……。でも、事件現場から容疑者の居場所を導き出せたましたね。そういうことを考えると、僕は渡瀬さんを信頼したいと思いますが」

「そうか。――勝手にしろ」


 そう言って、亮ちゃんは再び原稿の執筆に移ってしまった。――こうなると、彼は話を聞いてくれない。


「あの、渡瀬さんっていつもこんな感じなんでしょうか?」


 新庄さんがそう言うので、私は仕方なく答えた。


「はい、こんな感じです。――彼がこうなってしまった以上、私たちは亮ちゃんの部屋から引き返すしかなさそうです」

「な、なるほど……」


 そう言って、私と新庄さんはそっと亮ちゃんの部屋を後にした。


 ――部屋を後にする前、亮ちゃんはパソコンに向かって独り言をブツブツ言っていた。

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