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亮ちゃんから「今すぐ市民公園へと来てくれ」というメッセージを受け取ったから、私は仕方なく市民公園がある阪神芦屋駅前へと向かった。
阪神の芦屋駅というのは特殊な地形になっていて、北口は高架になっていないのに、南口は高架になっている。この特殊な地形は人身事故をなくすために高架化を推し進めている阪神電鉄を悩ませたらしく、高架化が完了したのは今から5年ぐらい前の話だった。もちろん、最後の高架化完了駅である。
そんな芦屋駅の高架を抜けた先に市民公園という場所は存在していて、芦屋市民の憩いの場として親しまれている。――まあ、今はそんなこと言ってる状況じゃないのだけれど。
亮ちゃんは、どういうわけか火傷を負った男性と話していた。もしかして、彼が一連の事件の犯人なんだろうか?
「亮ちゃん、その人……事件の犯人よね? 大丈夫、殺されたりしない?」
私がそう言ったところで、亮ちゃんは話す。
「ああ、確かにコイツは一連の事件の犯人だが……特に俺に危害を加えるようなことはしない。それは保証する」
「ホントに?」
「本当だ。俺を信じろ」
亮ちゃんは、やけに自信に満ちあふれている。勝算でもあるのだろうか。
それからしばらくして、新庄刑事も来てくれた。曰く「部下の刑事から『市民公園で被疑者と思しき姿を見かけた』との通報が寄せられたからここへ来た」とのことだった。
役者が揃ったところで、亮ちゃんは話す。
「――さて、今回発生した『彼岸花事件』に関してだが……荷田敏彦という男性が一連の事件の犯人だということは間違っていない。しかし、動機が『上司への報復』というのは嘘だ」
当然だけど、亮ちゃんの意見に対して――新庄刑事は否定の意見を述べた。
「渡瀬さんはそう言いますけど、荷田さんは『上司へ報復するために娘を殺害した』と動機を述べているんですよ? 今更他に動機があるとでも言い切れるんでしょうか?」
「ああ、言い切れる。荷田敏彦という男が無垢な少女たちに手を掛けた本当の理由。それは――自分の欲求を満たすためだ」
「欲求って、もしかして……」
そんなこと、言わなくても分かってるのに。
「荷田敏彦、お前は少女の苦しむ姿を見ることに対して性的な興奮を覚えていたんだ。――違うか?」
亮ちゃんが発した言葉。それは荷田敏彦という一人の男性にとって地雷級の言葉として突き刺さった。
「ど、どうして赤の他人が私の性的嗜好を知っているんですか! そんなこと、他人に知られたくなかったのに!」
「簡単だ。――このSNSアカウントを見たら分かる」
そう言って、亮ちゃんは自分のスマホでとあるショート動画のアカウントを私たちに見せびらかした。
――首絞めフェチです。特に女性の首が絞められているところを見ると興奮します。
荷田敏彦のモノと思われるショート動画のアカウントの紹介文にはそう書かれていていた。なんだ、この変態野郎は。
私が荷田敏彦という男の性癖にドン引きしている間にも、亮ちゃんの話は続く。
「俺、事件について色々と調べていく中であるSNSのアカウントにたどり着いたんだ。そのアカウントに投稿されていたのは紛れもなく一連の事件で被害に遭った少女の姿だった。俺はこの目で直接事件を見たわけじゃないが、そこの刑事から詳しい事情は聞いていたからな。もちろん、都紀子――お前からも事情は聞いている」
確かに、3人目の遺体――葛城鈴音――の件は亮ちゃんに話したけど、それが直接事件解決の手がかかりになるとは思えない。
そんなことを思い出しながら、私は亮ちゃんに質問をぶつけた。
「亮ちゃん、私は葛城さんの遺体が発見された時点であなたに泣きついたことは覚えてるけど、それとショート動画のSNSアカウントにどういう因果関係があるのよ」
「お前には刺激が強いかもしれないが、とりあえず……この動画を見てくれ」
スマホ上に映し出された投稿動画。それは紛れもなく少女が首を絞められて苦しむ動画だった。――あれ? この少女って……。
「ちょっと待って。この動画に映っている少女って、もしかして……葛城鈴音なの?」
私が目の当たりにしたショッキングな絞殺体。その絞殺体の生前の姿が、スマホの画面に映し出されている。
もちろん、亮ちゃんの答えは言うまでもなかった。
「そうだ。この動画に映っている少女は、お前が遺体を目撃した葛城鈴音だ。そして、言い方は悪いが……荷田敏彦、お前はこの動画を撮影しては自分の『おかず』にしていたんだろう?」
荷田敏彦にとって赤の他人にそこまで言われると、彼は何も言い返せなくなる。
「くっ……」
彼は黙り込んで、ずっと地面の方を見つめていた。――それにしても、下品な「おかず」だな。
私は話す。
「あなたがどう考えているかはさておき、荷田さんは少女の首を絞めて殺害して、その様子はスマホのカメラで撮影していた。そして、息絶えた部分はカットした上でショート動画投稿サイトに動画を投稿していたと。それは事実ですね」
「は、はい……。流石に息絶えたところまで投稿すると、運営からアカウントを削除されてしまいますからね」
そして、私は荷田敏彦の焼けただれた頬を――思いっきり叩いた。
「ちょ、ちょっと! いきなり私の頬を叩くなんてどうかしていますよ! 父親に叩かれたこともないのに!」
「へぇ……そうなんですか……。それにしては、古くさいセリフを吐きますね。そういうセリフが許されるのは、連邦軍の白い悪魔を操るパイロットだけですよ?」
自分でも訳の分からないことを吐き出しつつ、話を続けた。――まあ、そんなこと言っておきながら世代的にはファーストじゃなくてSEEDやダブルオーなんだけど。
「とにかく、あなたがしたことは倫理的に許されることじゃないです。それに、首絞め動画を『おかず』にして自分の欲求を満たすなんて、普通の人間のやることではありません。変態のやることです」
「つまり、私は変態であると……」
「はい。そうです」
「そうですか……」
そんなことを話していると、亮ちゃんもようやく話を始めた。
「まあ、都紀子の言う通りだな。お前は少女の首を絞めて殺害し、殺害の様子はショート動画投稿サイトに載せていた。――まあ、残念だが……お前のアカウントは運営によって直に削除されるだろうな。すでに俺の方で通報済みだ」
「…………」
荷田敏彦という男性は、すっかり黙り込んでしまった。
そして、新庄刑事は彼に手錠を掛ける。
「荷田敏彦さん、あなたを殺人の容疑で逮捕します。――まあ、詳しい話は署の方でゆっくりと行いましょう」
「分かりました。刑事さん、よろしくお願いします……」
私は荷田敏彦という男性の犯した罪を考えながら、彼がパトカーに乗るのをずっと見つめていた。
――公園には、無数の彼岸花が咲き誇っていた。