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安西直子の自宅は、神戸の一番端――要するに、甲南山手付近にあった。建物はいわゆる「学生アパート」と呼ばれるモノであり、彼女はそこの203号室に住んでいた。
「すみません。僕は兵庫県警捜査一課の新庄敦司という者です。こちらは安西直子さんの自宅で間違いないでしょうか?」
新庄敦司がそう言うと、安西直子は「はい」と答えた。
「あの、もしかして……私のことを気に掛けてアパートまで来てくれたんでしょうか? 別に、心配しなくても大丈夫ですが……念のために刑事さんの話も聞いておきましょうか」
彼女にそう言われたところで、新庄敦司は部屋の中へと入った。
部屋は至ってシンプルな構造だった。学生アパートならこんなものだろうか。
テーブルこたつに腰をかけた上で、新庄敦司は話す。
「それで、安西さんに付きまとっていたストーカーはどんな感じの人物だったんでしょうか?」
新庄敦司の質問に、安西直子は答えていく。
「刑事さんが言うとおり、私の後を付けていたストーカーは白いフードを被っていましたね。――あっ、そういえば……そのストーカー、お祭りで見るようなキツネのお面を被っていましたね。どういう事情があってキツネのお面を被っていたのかまでは分かりませんが、恐らく自分の顔を特定されないためなんだと思います」
「なるほど。キツネのお面ですか……」
新庄敦司が頭に思い浮かべた「キツネのお面」は、言うまでもなくお祭りでよく見るキツネの顔を模したお面だった。しかし、犯人は何のためにわざわざ顔を隠して安西直子に付きまとっていたのだろうか? 彼はそのことに対して疑問を抱いていた。
「とにかく、用心してください。――要望さえあれば、生活安全課の女性警官を配属させることも出来ますが……」
「いえ、そこまでしなくても私は大丈夫です。――とにかく、刑事さん……ありがとうございました。自分の身は自分で守りますんで」
「そうですか……分かりました。こればかりは自己責任でお願いしますよ?」
そう言って、新庄敦司は安西直子の部屋を後にした。
新庄敦司が手に入れた「キツネのお面」という新たな証言。これは、犯人に対する手がかりだろうか。
そう思いながら、新庄敦司は兵庫県警本部へと戻った。
県警本部に戻ると、ちょうど捜査会議が行われているところだった。
「――ああ、新庄君。良いところに戻ってきた」
「警部、どうしたんでしょうか?」
「実は、『白いフードの人物』に対して特定できそうな人物が数人見つかった。――まず、一人目は『稲村蒼汰』という男性だ。監視カメラから割り出した情報によると、彼は港楠大学の四回生で、芦屋のアパートに住んでいるとのことだ。二人目は『荷田敏彦』という男性だ。監視カメラの情報では『芦屋在住』と記載されていたが、詳しいことは分かっていない。そして、三人目が『穂樟二郎』という男性だ。監視カメラの情報によると、彼は芦屋ではなく神戸在住だが、芦屋川沿いに設置された監視カメラに彼の姿が映っている」
警部は、そう言って3人のプロファイル情報をスクリーン上に表示させた。――『稲村』に『荷田』に『穂樟』……。容疑者の名前を並べると全員が怪しく見えてしまうと、新庄敦司は思った。
稲村蒼汰は警部が言っていた通り港楠大学の四回生であり、自宅があるのは芦屋とのことだった。
荷田敏彦は芦屋在住で、職業は不詳。それ以上の情報は分かっていないようだ。
穂樟二郎は神戸在住だが、事件発生時に決まって芦屋での目撃情報が寄せられているらしい。これはどういうことなんだろうか?
とはいえ、犯人に対する手がかりを掴んだことに変わりはない。そう思いながら、新庄敦司は3人の容疑者に関する情報をタブレット端末上でまとめていた。
捜査会議が終わったところで、新庄敦司は改めて警部と話をしていた。
「警部、3人の容疑者についてですが……全員が怪しく見えます。警部は容疑者について見当が付いているんでしょうか?」
「残念だが、今のところ見当は付いていない。いちおう容疑者としてこの3人をリストアップしたが、もしかしたら間違っている可能性も考えられる」
「そうですか……。でも、事件解決に一歩近づいたのは事実ですよね」
「ああ、そうだ。――ところで、新庄君はどこへ行っていたんだ?」
「実は、『ストーカーに付きまとわれている』という相談を受けていた女性の家へと行っていました。女性の名前は安西直子っていうんですけど……」
「なるほど。――そのストーカーが一連の事件の犯人という可能性も考えられるな」
「となると、次に狙われるのは安西さんだと言いたいんですか。――警部、ちょっといいでしょうか?」
「新庄君、節操がないなぁ。一体どうしたんだ?」
「僕、安西さんの家へと戻ります」
「どうしてなんだ」
「なんか、こう……嫌な予感がするんですよ」
「そうか。――そこまで言うなら、彼女の家に向かった方が良いな。ただし、どういう事態になっていても責任は負わないが」
「承知いたしました。――それでは、僕はこれで」
そう言って、新庄敦司は安西直子の家へと引き返した。
事前にメモを取っていたから、安西直子の家へはすぐに引き返せた。
「確か……203号室だったな」
そう独り言を言いながら、新庄敦司は安西直子の部屋のチャイムを鳴らした。――しかし、反応はない。
「おかしいな……」
そう思いながらドアノブに手を掛けると、ガチャリという音がした。どうやら、鍵はかかっていないらしい。――まさか。
失礼だと思いつつ、新庄敦司は安西直子の部屋の中へと入っていった。
「お、遅かった……」
安西直子は、その場に白目を剥いた状態で倒れ込んでいた。――死んでいる。
もちろん、安西直子だったモノの横には赤い彼岸花が一輪添えられていた。