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――私は、昔から彼岸花という花が嫌いだ。
彼岸花は恐ろしいほどに赤い色をしていて、祖母から「彼岸花の花びらは死者の血を吸って赤くなった」と教えられた。だから、誰かが死ぬ間際に咲き誇る花なんだろうと思っていた。
そして、今――私の目の前に、彼岸花が添えられた女性の遺体が転がっている。誰かが彼女を殺害して、その遺体の横に彼岸花を添えたのだろうか。
私の通報もあって、警察の人はすぐに来てくれた。曰く「同様の手口による事件はこれで3件目」とのことであり、首の下にロープで縛った痕があったらしく、死因は絞殺と断定された。
それにしても、どうして犯人は遺体の横に彼岸花を添えているのか。仮に「死者への弔い」ならまだしも、同じ手口による事件がこうも続くと「警察への挑発」とも受け取れてしまう。犯人は、一体何を考えているんだ?
私がそんなことを考えていると、警察の人――多分、刑事さん――が話しかけてきた。
「えっと……伴埜都紀子さんでしたっけ? あなたが、この遺体の第一発見者で間違いないでしょうか?」
それはそうだ。――私は話す。
「はい、その通りですけど……それがどうしましたか?」
「いえ、何でもないんですけど……念のために第一発見者かどうかを伺っただけです」
なんだ、それだけか。――ならば、こっちからも聞き返してやる。
私は、刑事さんに名前を聞いた。
「それこそ、あなたのお名前を教えてもらえないでしょうか?」
やはり、答える義務があるのか――刑事さんはあっさりと自分の名前を名乗った。
「僕ですか? 僕は『新庄敦司』という者です。兵庫県警捜査一課の刑事で、お察しの通り主に殺人事件を担当しております」
「なるほど。――分かりました」
私がそう言ったところで、新庄さんとかいう刑事さんはなぜか私に疑いの目を向けた。
「伴埜さん、もしかして僕が事件の犯人だと疑っていたんでしょうか? いくら何でも、それは考えすぎですよ」
「刑事さん、私、そんなことは考えていませんが」
「ああ、そうでしたか。これは失礼しました」
それから、新庄さんは改めて遺体の身元を確認した。そして、身元を確認した結果――被害者は「葛城鈴音」という中学生とのことだった。可哀想だ。
そして、私たちが葛城鈴音だったモノに手を合わせたところで、遺体は即座に司法解剖へと回されることになった。
新庄さん曰く「一人目の被害者は『落合翔子』という女子高生で、二人目の被害者が『中村咲那』という女子中学生」とのことである。こうなると、二人が殺害された理由が気になって仕方ない。
私は、敢えて新庄さんに事件発生時の様子を聞くことにした。
「――それで、落合翔子さんと中村咲那さんはどうして殺害されてしまったんでしょうか?」
もちろん、新庄さんは私の質問に対して答えを述べた。
「残念ながらそれはまだ分かっていないけど、二人の遺体の横には彼岸花が添えられていた。それは紛れもない事実です。多分、僕たち警察の人間をおちょくっているんだと思いますが……」
ならば、私が目の当たりにした遺体も――そういうことなのか。そう思った私は、なんとなく新庄さんに対して知り合いの名前を出すことにした。
「新庄さん、実は……あなたに紹介したい人物がいるんです」
「紹介したい人物? それって、誰なんでしょうか?」
「――亮ちゃんです」
「りょ、亮ちゃん?」
「ああ、すみません。『亮ちゃん』っていうのは、『渡瀬亮介』っていう男性なんです。彼、結構頭がキレるっていうか、多分そこにある『彼岸花事件』も解決してくれるんじゃないかって思って」
「な、なるほど? ――とにかく、僕に『渡瀬亮介』という人物をしたところで、事件は解決するんでしょうか?」
「それは分かりません。でも、彼なら多分……事件を解決してくれると思います」
「そうですか。じゃあ、早速渡瀬さんの元に向かいましょうか。――渡瀬さんの家って、どこにあるんでしょうか?」
「事件現場の近くです。ここって芦屋川の河川敷ですよね? 河川敷から阪急側に出て、芦屋川駅の北口から古びた病院の角を曲がったところに彼の家があります。まあ、詳しいことは案内しますので」
そう言って、私は自転車にまたがり新庄さんを先導することにした。
芦屋というのは別に兵庫県の中でも大金持ちの人間だけが住んでいる訳じゃない。私のような普通の人間――要するに、安月給のWebエンジニア――も芦屋に住んでいる。私が住んでいるのは阪急芦屋川駅の近くにある「メゾンド芦屋」というごくありふれたアパートだけど、亮ちゃんが住んでいるのはそこからさらに入り組んだ場所にあるボロマンションである。
「本当に、ここに渡瀬さんは住んでいるんでしょうか?」
私が案内した先は、阪神淡路大震災は余裕で生き抜いていそうなボロマンションだった。多分、築60年はくだらないと思う。
困惑する新庄さんを横目に、私は話す。
「はい。確かに渡瀬さんはこのマンションの3階に住んでいます。別に、あなたを騙している訳じゃありませんから」
「そ、そうですか……」
当然、こんな古びたマンションにエレベーターというモノは存在しないので、私はひたすら階段を上っていく。
そして、3階に着いたところで「渡瀬」という表札を確認した私は、ドアをノックした。
ドアをノックしたところで、玄関にはみすぼらしい見た目の男性が現れた。
「おい、都紀子……なんだよ?」
私は、みすぼらしい見た目の男性に対して事情を説明する。
「――実は、亮ちゃんに頼みたいことがあってね。亮ちゃんなら『彼岸花事件』を解決してくれるんじゃないかって思って」
私がそう言ったところで、みすぼらしい見た目の男性――亮ちゃんはあっさりと私の頼みを拒否した。
「言っておくが、俺は探偵じゃない。俺はあくまでも『渡瀬亮介』という一般人だ。それだけは弁えておけ」
それでも、私は引き下がらない。
「亮ちゃん、それは分かってるわよ……でも、あなたの力が必要なのよ。刑事さんも来てるし」
「そうか。――じゃあ、仕方ないな。ここは、俺に任せろ」
そういう訳で、私は亮ちゃん――いや、渡瀬亮介という友人の力を借りて「彼岸花事件」に首を突っ込んでしまった。




