表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 浮沢ゆらぎ
27/39

27

 歩み寄れない連中のために、当事者の側から距離を詰めていこう、という趣旨でそれは開催された。上空の風切り音から飛行機の機種を当てられると豪語した奴。踵と踝で誰が誰なのか見分けがつくと嘯いた奴。深夜に無人の校庭で足音を聞いたとほざいた奴。被告兼弁護人は学級会の主要メンバー全員の前で、自身の主張の正当性を証明するか、撤回して謝罪しなくてはならない。万博以来の科学への万能感をまだ引き摺っていた当時の世相を反映していたように思う。幾ら悪魔を飼い馴らそうにもあれは無茶だ、と彼女は言った。やっと意見が一致した。

 科学は再現性、再現性は民主主義、民主主義は温暖な気候、非地中海性の温暖な土地と言えば独裁制イデオロギーとの対立、即ち北アメリカ大陸の北半分、それも東海岸。科学への今日的憧憬は一八四八年のニューヨークでスピリチュアリズムと共に始まった。フォックス姉妹の交霊術が欧州各国で評判となり、失伝されて黒魔術に転じたオカルトが再び禁制のウィッチクラフトとして再発見され、やがてノルマンディ上陸作戦の霊媒行為による漏洩危機事案を経て、一九五一年のイギリスでの魔女術令の廃止に結実。あべこべに政府のお墨付きが出たということになり、それがビート・ジェネレーションへと逆輸入されて一九六〇年代のニューエイジ文化となる。アルバジーニーはアメリカの宗教性を三つに大別した。キリスト教福音派と主流派、そしてmetaphysicsだ。ニューエイジとはアメリカ建国以来WASP主流派の外部に現れた種々雑多な思想、ベティ・クロッカーやサイケデリックやヒッピーやそれらに由来したウーマンリブなどさえ包含する、言うなればオカルトと見做されてきたもの全般であるから、metaphysicsはニューエイジであると乱暴に言い切ってもそう外れてはいまい。

 そんなmetaphysicsには四つの要素がある。心とその力を偏愛すること、星辰の運行と卑俗とを照応すること、運動とエネルギーに魔術的興味関心を持つこと、宗教的救済に具体的物質的な癒しを求めることだ。感情的に費やしたコストが己に報いてくれると思い込む。ヴェールに感情やその対価を投射することで神は現実性を承認される。ロックスターの公演でめろめろになって神様と叫んで失神するファンも、ふひふひ言いながらロリコンアニメに齧りつくおたくも、信仰を実践する福音派も、そこは変わらない。信仰と自覚しているか、無自覚な現実逃避か、社会不適合なのか、それだけの違いだ。当初、例えば皇族と茶席を共にするほどのベストセラーとなったタオ自然学のフリッチョフ・カプラは現代物理学と東洋思想の一致を目指したのだが、人々は知力体力を求めるカプラの精神世界体系よりも、今日一日を何となく気分よく過ごすための新たなニューエイジを求めるようになった。それが商業化されたニューエイジ、つまりスピリチュアル文化である。ガンダムのニュータイプがいい例だ。思想的専念とモルフォジェネティック・フィールド効果による信仰の実践ではなく、生得の消費行動を崇め、ヒップホップ的な相互理解の達成を純朴に信仰した。それはSでもFでもなく且つ廃れ易い。

「科学的に辻褄の合うような説明をしてくださいって言われたって、あんな腰までスピってる相手にどこまで合理主義が通じるかって話だよね。ねえ、あの六人って今何やってるの。いつも一緒だったでしょ、確か、幼稚園が同じだったとかで。思考ライブラリが根っこで繋がってるみたいな子達だったし、ひょっとしてまだ一緒にいたりして。同窓会で会わなかった」

「知らない。知らされても行かないけどね、あんた来ないだろうし」

 彼女がドアウィンドウの結露に何かこちょこちょと落書きしている。指が貼り付いたらどうしよう。勝手にはらはらと凝視めてしまう。軌道上に現れた列車を何の気なく追い越して、また落書きに戻る。その手でハンドルを握っていてくれ、不安になる。

「えっ、知らないって、じゃあ連絡も。ひっどーい。忘れられたってこと」

「だーから、例の引っ越しがあってからは疎遠なの。あの六人の話はやめて頂戴。と、ところで、えー、あんた四次元がどうたら言う割にどうしてトワイライトゾーンやらは嫌ってたの。スピの教養はあったんだからあの連中と話合わせることだって出来たんじゃない」

「ああ、それなら簡単だよワトソン君。ボクは都市伝説が好きなの。仮にもサイエンスなんて正統を掲げてるところは守備範囲外」

「根っからのアウトサイダーだったワケだ。確かにあの頃は妖怪ブーム、待って、今も陰陽師で妖怪ブームでしょ、あれ、妖怪ブームっていつ始まっていつ終わってるの」

「ぬ。さあ。学級新聞に載せるため七不思議を聞き回ったけど、戦役帰りのおじぃおばぁも知ってたし。まさか戦前からずっと、とか。ないか」

「ないね。偶々だよ、偶々。花子さんも人面犬もいたでしょ」

「そういうの除いても七つ集まったけどね。あー、伝統的な話は五つだけだったから、二つ、ボクらの代の話で水増ししたけど。元からあったのが懲罰室の幻、窓を割る腕、祟られた電話帳、無意味な北階段、福の神。で、足したのが消えた足音、遅過ぎる隕石」

「隕石は何かの自然現象だろうって話になって、足音は、ああ、校庭の砂変えたら聞けなくなったから座敷童だったんじゃないかって結論捻り出したあれか。で、腕って何。どんな話だっけ」

「いわゆる飛び降りる霊の類話だね」

 但し、自殺者の霊ではない。

 母校の校舎は、校庭へ腹を見せるように山沿いへ建つ二階建ての横長な教室棟があり、教室棟の屋上と一階から伸びる渡り廊下で隣の実習棟と繋がる構造をしている。渡り廊下はどちらも体育館と連絡しており、図工室や音楽室はその体育館と山の間に並んだ奥、旧校舎のある山の麓すぐのところに配されていた。だから上空から見ると山の斜面と合わせてコの字を左右反転させたような構造となる。家庭科室や各階の蛇口に水を引く都合上、トイレは教室棟と体育館の結節点となる校庭側手前の隅一ヶ所に集中していた。

 却説、私達の母校は伝統的に学級崩壊し易いらしく、週一以上の頻度で学年集会が開かれてはその日の午前の授業が遅れるのが常であった。特にその議題に挙がったのが、二階の男子トイレの窓が割られる、というものである。ところがこれが不可解であった。第一に、決まって授業中に割られる点。位置関係からどうしても人目を避けられないため、決行するならその日は授業前から予め籠っていなくてはならない。ヤニ目的のチンピラがそんな酔狂なことをするだろうか。第二に、奇妙な割れ方をする点。熱膨張で割れたのなら、ヒビから崩れるようにして割れる筈だ。女子トイレが防犯の観点から北に配置されているため、男子トイレの窓は南向き、つまり校庭側にあるが、だからと言って投石か何かで割れたのなら見てすぐそれと知れる。ところが実際には窓枠が内側へと撓んで、ガラスだけが脱落して毎度割れていた。不良品ばかり掴まされたのだとしても外れ方が奇妙である。第三に、どの場合もガラスは内側へ割れていたという点。やり方さえ確立すれば何らかの器具でガラスの辺を引っかけて外すことも不可能ではないだろう。ガラスを割ることに青春の情熱を燃やした奴がいないとも限らない。だがこの点はどうしても無理だ。もし全てを両立するなら、それはトイレ内の天井に貼り付いた何者かが特殊な機材でガラスを外し、落下飛散するまでの一瞬で逃げ去ったか。或いは、巨きな、または長大な軟らかい腕で、外から押したか。

 後はお定まりの流れである。てらてらと不気味に光る肌をした疣のある赤黒くて太い腕が屋上から伸びてきてガラスを割るのを見た。その子はあまりの恐怖に神経衰弱となり不登校となった。それはこの代の一つ上の先輩である。云々。その先輩って蛸が嫌いだったんじゃないの、と茶化すところまでが一セットなのだと彼女は言う。二人してくすくすと笑った。微笑ましい怪談だ。年月を隔ててしまうと恐怖よりそれを聞く子供達の可愛らしさを浮かべてしまう。

 うつらうつらとして、けれどこの子に任せてはおけないと《静止》以前のように眠気を噛み殺しながら、帯広から続く根室本線の山中行軍を切り抜ける。ガソリンの残りを尋ねると、まだ半分ある、と返った。内陸を通ったため燃料消費が抑えられたとしか思えない。怪我の功名だね、と彼女が笑う。自分で言うなと引っ叩いた。ベレー帽がぱすん、と鳴いた。双体道祖神を横目に、釧路駅のホームを右に見る。代車探しの最後のチャンスだ。軌道から降りようとハンドルに手を伸ばすと、彼女に手首を掴まれた。塩化ビニルのガスはポリマー化すると柔らかな質感を得る。レイノー現象にじくじくと痺れた。首を振る気配。心当たりがあるのはここじゃない、か。手を引っ込めると、ふっと幽かな吐息がして、彼女がハンドルを取った。その先の別保駅で降りて、国道と道道で南下した。真っ暗だが、やっと釧路に着いた、と思えた。疲れてない。エアコンだって轟々と頑張っている。町はいま・すぐ劇場になりたがっている。

 宇宙的無限を深く、濃く、超感覚的に凝結させたペイル・ブルー・ドットの《静止》風景は人間疎外に陰秘なる荒涼として鮮やかなあまり却って暗く、青白い肌で眼差しを皿に、浅く蒸気を吐いても悪魔を子飼いにしたディープ・ブルーの科学的合理主義に神の姿は見えやしない。英雄や悪党、平将門だったりシッダルタだったりの出生が脚色されるように、神もまた非凡な出生話を有する。北欧神話の原初の巨人であるところのユミルは、オーディンらに殺されて解体され、今日の自然界の諸事物になったとされる。日本神話でも、加具土命を産んで苦しんだ伊邪那美命の漏らした尿が化生したのが弥都波能売神である。目には見えずともそれは予告されて到来する。非凡な生を得る。気が付いたのは私の方が早かった。エアコンの音とは違う何かを察知した。土笛のような。

「まさか」

 まさかだった。どこの国でも神々とは先立つ何ものかから創造され、父なる神を破って立つ。アレを産んだのは私だ。だから殺されるのだ。嫌だ。泡を食ってディンゴを降りようとする私を彼女が引き留める。あちらは自由に動ける以上、森に逃げ込んでも他殺が自殺になるだけで結果は変わらない。きりきりと二の腕に爪が立てられていて防寒着越しでも結構痛い。

「だったら何っ。アレは熱と音に反応するんだよ、車なんか乗ってて途中でエンストしたら逃げ切れないっ」

「う、んー。深海生物みたいだね。ボク実際に見たの始めてなんだけど、あ、大きさ分かんないからちょっと運転代わってくれない」

「あんまり直視しちゃ駄目だって言っといた筈だけど」

「あ、そうか。えー、じゃあパチンコ屋さんか何かに逃げ込めばやり過ごせないかな」

「こんな辺鄙な所にあるの、パチ屋。王港は漁村だよ」

「ならこのまま市街地まで下りよう。適当に迂回して釧路市内まで逃げ切れれば予定もそのまま通せるし、駄目でも海には出られるからもしかするとアレも追って来ないかも知れない。あとは即製の爆弾か何かで仕留められると最高だよね」

「あんたいやに冷静だね。トクシュなだけあるわ。爆弾、爆弾ねえ」

 曇りガラス越しに目を細めてミラーをちらと見る。伸縮性に光り輝いては身悶えして泣き叫ぶ肉の地下鉄。心なしか以前見た時より巨きく、長いのがベルクマンの法則に適っている。青っぽく沸き立つ玉虫色の体表が白と緑の二色で大雑把に色分けられたのはバイオフィルムを分泌して寒冷地対応したためだろう。あの被覆を剥がせれば休眠する筈だ。だがコードが分からない。黄色ブドウ球菌などの卑近なバイオフィルムは概ね一酸化窒素を脱出コードと誤認する、つまり被覆を剥がせるのだが、僅かながらディンゴが排気しているだろうNOxに然して苦しむ様子はないのでこのアプローチは望みが薄い。矢張り火力か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ