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折角だから、と有名な鏃型のモニュメントを探し、その脇から上陸した。北緯四五度三一分二二秒、東経一四一度五六分一二秒。手元で灯りを点けると却って見えなくなるので、真っ暗な中、ティントした視界を二人してひた睨む。うっかり人を撥ねると噛んでしまってディンゴが停まるかも知れない。歩行者用信号に突き当たるまで直進、直交する車道を、敢えて歩道に乗り上げず辿る。北海道外縁をなぞるルートの方が安全だっただろうか。早くも後悔しつつ、ひとまず稚内を目指す。人っ子一人いない。暴風圏期に吹き飛んだか、そもそも過疎なのか。宗谷湾沿岸の二車線道が、ふと、四車線に拡幅する。空港が近い。まだ一台も他の車を見ていない。見えていないだけ、とは流石に思えなかった。
「建物がどれもパンケーキしてるねどうも。代車は絶望的、か」
「どうするっアぁイぃフぅルううぅ」
「こっちは何も。心中するにも飛び込む水場さえないね」
「ふむん。ガソリンだけなら何とかなるかも。水が凍るのは比熱差のある水面からだから、水中深くに沈んでいて、且つ誰からも引き上げられてなければいいんだよね。だったら見た覚えあるよ」
「どうしてそんなものに見覚えがあるのよあんたは」
「ちょっとね。まあだから、気にせず中継の釧路までゴーだよ。あなたは水中の死体に見覚えがありません」
「誓って嘘じゃないね」
「ボクが嘘吐いたことある。裏切ったらそれはボクじゃない」
「くっそ真顔で言いくさって。本気で言ってそうなのがムカつく」
「じゃあ言い換える。タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」
「テクニックについて話し始めた奴がいたなら、そいつのアイディアは枯渇したってことさ」
「ええっ、まだ駄目なの。ねえぇ、信じてよお」
「うっさいなもう。信じてるよ。どうしてそんなこと知ってんのかも訊かないから。でもさあ、子供じゃあるまいし、もっとこう、ね。一般論としてだけど、大人になったらもっとスレるものじゃないの。なんかこうして接してて成長を全然感じないんだけど」
「え、ボクの中身って小学生並みなの」
「般若心経は暗唱出来る」
「うん。出来るよ」
「ピカソのフルネームは」
「あー、どっちが早く言い終わるか競争したねえ。たぶん言える」
「山手線の駅名はまだ並べられる」
「鉄道唱歌のリズムで内回りを順番にだったら、何とか」
「ほら。未だにそんなもの覚えてるのは変だって」
「いや昼休みのリコーダーの練習とかは流石にもうしてないし。それにこれは引っ越し先でも似たようなステータスが求められたから覚えてただけで」
「それでも一〇年以上前の話でしょ。いくら人の本質は変わらないったって限度はあるの」
幼少の環境はその人格を生涯左右する。ストレスがヒトを五本指にしたように、例えそれが四本指や六本指に対して不合理だろうと、種は土を選べない。先天的なものに至っては環境が揃っていても無理なことさえある。日本人の三人に一人は基礎的読解力に欠けている。日本人の三人に一人は小学三年生より数的思考力が低い。日本人の九割以上はパソコンで基本的な仕事をする資質を持たない。だからボケると頭が幼くなる。子供怒るな来た道だ、老人嗤うな行く道だ。人間の性格は小学五年生に決まってそこから一生変わらない。
「人の根幹は変わらないとはボクも思うけど。それを本質って言うのは違うかなあ」
「根幹は本質じゃないの。犯罪者だって人間でしょ。罰は罪を精算するけど、罰で雪がれても罪の重さは減じないからこそ、犯罪者は人として人間にいられるんじゃない」
「いいの。罪と罰の話まで広げると世界史の授業になっちゃって収集がつかなくなりそうだよ。尊属殺人は昔と今で罪の重さが違うけど、人の根幹として数えるなら現代から俯瞰して過去のそうした人々のそれぞれをどうラベリングするべきか、議論してみる」
「げえ、ヤバそう。やめとく」
「よかった。ボクとしては、こういう時こそテセウスの舟がいいと思うな。ベタだけど」
「道徳の授業でやったの思い出した。じゃあ、あんたは同じだと思う派なの」
「本質はヴァーチャルがどれだけ承認されたかだと思うから。貫世界的同一性信念が比較的強くあるから、ジョン・デリンジャーは二重に死んでいる、って言う方の陣営」
「成程。男の世界で刑死したのか、銃殺されたのか、映画化されて死んだのか、どこで死んだのが最も現実性が高いか分からないから死が確定していない、よってテセウスの舟は別物である、っていう陣営じゃないワケね」
「流行は巡るものだと思う」
「それは同意する」
ダサい、という語は単に属するコミュニティとコンテクストを共有しないことを指さない。指さないが、概ね、古いことを揶揄する類義語としてよいとは思う。特に、環境ホルモンだのダイオキシンだのに踊らされて、買ってはいけない、と自縄自縛しておきながら、投資と消費と浪費の違いにさえ文目も分かてぬ典型的日本人においては。尤も、ダサいという概念の今日的用法はかなり若い。そもそもが七〇年代関東近郊での若者言葉であり、タモリのダ埼玉発言があった八〇年に全国ネットを通じて市民権を得るまでは第一義さえ定かならぬ語だった。同期の語にはアノン族や三無主義などが挙げられる。では対するお洒落はどうかと言えば、こちらは起源こそ江戸時代に遡るものの、今日的用法が普及したのは矢張りテレビの影響だ。購買意欲促進のため、古い物は次々買い替えるべきであると、日本テレビが日テレおしゃれシリーズと銘打って一連の番組群を放送したことが、ダサい、の対義語としてお洒落を置く現代の語用を確立した。同シリーズの放送開始は七四年のことである。
人間の価値観は多様だが有限だ。テレビはその転倒を激しくしたが、何物をも創出するものではない。故に流行は巡る。テレビ時代、とは如何にもトートロジー的だ。蜃気楼と結婚はどちらも有史以来人類を欺いてきたパラダイムにしてイデオロギーである。
「あっそう。ボクはそうは思わないけどね。どの時代で切り取ってもその時点ではヴァーチャルな現実性を担保されてるんだから、似たものが上塗りされてフレスコ画みたいになってるだけで同じものが巡回してるとは言えないんじゃないかな」
「急に梯子を外すな」
「大人になってもボクはトイザらスキッズだもんね。ふふん」
「え、ズルい。それこそ舟が別物じゃないとペルソナ貼れないのに」
「いいんですぅー。クリスマス過ぎるまでは女子なんですぅー」
「あんたもう今から覚悟しときなよ。あっという間らしいからね」
女性の平均セックス経験人数は五・一人らしい。但し、六人以下の割合が六割、二〇人以上の割合が二割なので、中央値は案外三人くらいだと思われる。ロストヴァージンの平均年齢は一八歳。しかしこれもあくまで平均で、中学生時点でロストしている割合が一割強あることより、中央値はケーキの期限、二五歳くらいになると思われる。この二値からは、遊び回っていたヤリマンがその間真面目に自分磨きしてきた非モテ童貞を食う、という構図よりは、寧ろ中年になるだけ不貞を重ねるようになる、という構図が見えてくる。老いるとは何とも醜いことだ。
「酷いっ。泣いちゃうっ。よよよ。お母さんそんなこと言う子に育ててませんっ」
「ええー。あー、う、うっせーババア。えーと、ゴムもしねーで作った時は気持ち良かったクセに今更被害者ヅラすんじゃねー。誰も産んでくれなんて頼んでねえだろーが」
「だったら今すぐ死んで頂戴っ。生きててほしいなんて育ててきて一度も思ったことない。作る時も産む時も苦痛ばっかりっ。お母さん男に産まれたかった。大体、産まれたくて大はしゃぎで一番乗りしてきた精子のクセに、お母さんの思う通り育たないなんて、ナマイキっ。こっ、こここ殺してお母さんもし、死ぬっ。死んでやるううううううう」
「それ実体験」
「うん実体験」
考えてみれば、スウィフトの穏健なる提案に本気で首肯しかねない母がいる、なんて対外的に発信するには利も場もない。どこもそんなものか、と知らず浮かせていた肩をシートに預けて背中を沈める。日記なら、或いは。ああ、見せる機会がないか。
かつて、彼女と同窓だった頃の私には日記の習慣があった。Kちゃんに自転車で轢かれた、と未就学のある日に書いたのがその始まりだった。寛容のパラドックスにはしっぺ返し戦略で報いなくてはならない、みたいなことを拙い書きぶりで残した覚えがある。小学校に入学すると、日記はそれから宿題のそれを兼ねるようになった。話を遮られたり、無視されたりすると、その会話は日記に書けなくなる。普通でないことや下品なことも、書くと不合格になる。八歳の折、胸に柿の種のようなしこりを感じたと書いたら、嘘を吐くなと脱がされた。ちろちろと毛が生え出したと書いたら、不潔だから剃れ、恥ずかしいことだから誰にも言うなと職員室で怒鳴られた。だから私はそうしたことを殊更嫌悪するようになった。会話に不寛容な相手には不寛容な接し方しか社会的に許されない。そうして今に至る。私は引っ越して彼女と別れた五年生の冬に日記をやめて、翌年の夏休みにそれまでの日記は全て焼き捨てたけれど、未だに会話のあり方へは潔癖な部分が残っている。三つ子の魂百まで、とは、この場合だと過言だろうか。
彼女とは幼馴染だ。郊外の更に外れ、便宜上他所の土地名を住所にしているような家々が近在で、回覧板でハンコを見るくらいの付き合いもあって、互いが三歳の頃も知っている。私は地を隠すような化粧を覚えた。この子は地を活かす化粧を覚えた。二人を隔てるのはそういう差だ。霞を後景に闇を挟んで右を見る。青過ぎて光量が足らず見えやしないその横顔が、何故かありありと、あり得ない角度を持って見えるような感覚。ブルーオニオンの肌。情欲が性に反してふつふつと煮える。圧し静める。圧し静めて、気付く。曇りガラスの向こう側。深い紺青。波浪。あるべくある筈の気配。地の深み。海の底。星の外。心の内。
「ねえ。これ、ちょっと、道間違えてんじゃない」
「るーるる・るーるる・るーるーるーるーるー・ふー」
混雑状況や中央分離帯の有無が読めないのは手痛いが、そもそもどの車道でも片側一車線は意外とそう珍しくもないのが北海道という土地だ、車道を走るならどうルートを選んでもギャンブルになる。ならば多少迂回してでも確実に到着するよう、海岸沿いの道を通ろうと決めていた。沿海部は地形が内陸より平坦になり易いので、建造コストの観点から、途切れることはまずないと見込んだ。だから海が見えないというのは、どこかで内陸へ向かう道にハンドルを切ったということである。揺れで偶然、は考えないとして、でも彼女はハンドル操作を投げ、あ、見たら握っている。いつの間に。
「いやぁ」
「うん」
「思ったんだけどね。このまま南西に行くと札幌に着くでしょう。世界が停まった時刻と曜日を考えたら帰宅ラッシュど真ん中だよ。ぼちぼち歓楽街も動き出すタイミングだよ。車道はほぼ確実に詰まるし、この視程の低さで渋滞に気付けるのはターンが出来ない距離になってから、って考えるとさぁ、札幌行って、苫小牧まで回って、なんて悠長なこと無理だと思うんだよね」
「へえ。それで」
「だったらだよ、ミルクロードから稚内と旭川を繋ぐJRの軌道に入っちゃって、旭川、厚別、千歳、夕張、帯広って行って、で、釧路、って回った方が楽だし早いし確実じゃない。そりゃ、乗り継ぎとか追い越しとかは大変だけど、スタンド・バイ・ミーで観たもん。車道での頻度と較べたら楽勝だよ。ね、いい考えでしょ。合理的。パーペキ」
「遂にやらかしたなこん畜生」
「うへぇっ。ちょ、ちょちょちょ、顳顬ぐりぐりはやめっ」
「どうしてあんたは昔から火種ばっかり。一蓮托生なんだから実行する前に言え。頭ごなしに駄目とは言わないから。大人にもなって報連相の一つも出来ないのかセルフ・ロボトミー強化合宿生。おォ、おいコラ」




