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感覚的にはそれは一瞬間前のことだ。すくな丸を押しながら思う。表現が貧相で申し訳ないが、吃驚した、としかあれは言いようがない。先ずガラス戸が砕け散った。ロビーの観葉植物がカッ飛んできて、私の眼前で通路に引っ掛かった。お蔭でガラス片は殆ど当たらなかった。しかし間を置かず次が吹き込んできた。雨。風。牛。正確には、ホルスタイン。緯度と東西を考えれば北米大陸から飛来してきたのだろうとは見当がつく。牛の鼻周辺は空気力学的に揚力有利で一説には航空機に匹敵する。常態であれば風上へ鼻を向けることを嫌う習性のある彼らも《静止》したからには暴風に背を向けるのが敵わず、また剛体でないために筋肉のしなやかさによって仰け反り、そのまま滑走して離陸したのだろう。フロリダ名物である。いや、あれは上昇気流で浮き上がっているのだから理論的には別か。左も右。異常ではあるがまだサイエンスだ。納得は出来た。けど、でも、何と言うか理不尽だ。ロビーにいた何人かが風圧とホルスタインとで圧壊して四肢を離散させた。そしてもう一頭、続いてもう一頭、更に。当たり前だが、どんな放牧だろうと巨視的には分布を偏らせている。ファフロツキーズはたちまち建物全体を嬲り出した。解体現場のような凄まじい音響と共に天井が下がってきて、私はエントランスに走った。テロとの聖戦とか何とか言ってられる状況ではなかった。すくな丸は、無事だった。が、牽引させるつもりだった軽トラは私の眼前で戦略爆撃を浴びて爆発炎上した。ひいひい言いながら燃える旅館を背に私はすくな丸を押して敷地を脱し、そのまま牛の降り注ぐ車道を祈る思いで突進して、大きな池まで辿り着いて。それで、今に至る。体中から食ってもいない焼肉の匂いがする。牛は降り止んでいた。止んでくれなきゃ困る。
てけり・り。てけり・り。
心底うんざりした。アレが迫っている。車道まで走り出ると運良く近くに軽トラを見つけた。運ちゃんを引き摺り下ろして横付けし、すくな丸をどうにかこうにか積み込んで紐で括る。こんな大きなものを縛ったのは初めてだ。鍵を挿れ直してインジェクション、も、反応がない。アクセルをベタ踏み。がつん、と爪先が着くがうんともすんとも言わない。回す。踏む。回す。踏む。なかなか点火しない。ハンドルを叩くと無意味にワイパーが動き出した。がつん。途端、走り出した。気を取り直す。次の目的地は、ぱきゃ。車体が跳ね、らっきょうを潰したような音がした。たぶん、元の持ち主を轢いた音である。
《静止》後の地球は潮汐ロックの状態にある。明暗境界面での温度勾配に由来する暴風は、かつて吹いていた自転由来の季節風を遥か凌駕していた。大雑把に言えば、ある特定経度の東西で猛烈な上昇気流が生じており、太陽に最も近い面と遠い面で下降するような大循環が形成されているためだ。福岡からずっと西からの風を浴びていたのが、鳥取まで来て急に風向きが反転したのはその証拠である。そして、その風向の折り返し部分の、特定緯度においては、四方周囲での上昇気流による安定雰囲気が存在することを見込める。
特定経度については明暗境界面上であろうと考えた。《静止》時点での日本時間は一二月初旬の一六時五三分、日没間もない時刻だったが、まだ陽光を浴びる経度であるからには過熱を避けられない。故に移動した。第二種イディオット・プロットではないのだから当然だ。日本標準子午線がある兵庫県明石市は東経一三五度線上、一方の博多は一三〇・四度だから、日本時間に対する時差は約一八分である。対して、年月日から天文年鑑で計算したところ、今日の日本の日没時刻はちょうど一六時五三分であった。だから当初は兵庫県を目指した。
問題は三つ。
第一は、単に日没時刻というだけではまだ周囲がそれなりに明るい懸念があること。それでは結局気温が上がり続けてしまうため、生活には適さない。従ってより厳密に、マジック・アワーと呼ばれる雰囲気時刻帯を目指す必要が生じる。それは地平線から六度程度太陽の沈み込んだ経度である。
第二は、アレが追跡してきているということ。予想通り増殖した老廃物であるならば、排泄する限りアレは際限なくこちらを追ってくる。気温の低下に伴い速度も緩んではくるだろうが、いずれは追い付かれるだろう。よって件の特定経緯、ハビタブル・ゾーンへ侵入する際には、より寒冷な東側を予め経由して入ることが求められる。
第三は、これが最も厄介なのだが、僅かに地軸がズレ込むだろうことにある。かつて、地球上の起伏は岩石の冷却による収縮に由来するとされていた。勿論誤りである。もしその通りであるならば、地表の皺、もとい海と山とは、交互且つ均等に現れる筈だ。そこで地震学者達の発見したs波とp波が着目された。スピードとパワー、ではなく、セカンダリーとプライマリー、である。つまり、地震の地表への影響到達時間には震源からの距離に相関があるという知見だ。これが、地球内部にはある異なる媒質が流れている、と発見された経緯、そしてプレートテクトニクス構想の裏付けの端緒である。地球を饅頭に例えるのなら、核となる餡子と表層となる皮は別物だと、皮だけを見て理解した、という合理の偉大な所産だ。この餡子をマントル、皮を地殻、その界面をモホロビチッチ不連続面と言う。知っての通り地球は岩石型惑星なのだからこの饅頭も結合ではなく間力で成立しており、よってマントルと地殻とを分別するのは比重である。放っておけばタイムラインの無限遠点で対流作用は終結し、戸棚で忘れ去られた饅頭のように、中身までカチコチに固まっていただろう。ただ考慮すべきであるのは、地球が恒星とそれなりに近く、自転も公転もする惑星であるということだ。この運動により生じた遠心力は折角放出した応力を再びマントルに与え、内部でぐにぐにと動き回るように差し向ける。これが地震の由来である。そして比重の大きな流体とは概して荷電金属元素であるからには、中学理科で学ぶフレミングの左手の法則より、これは地磁気の由来でもある。そのグーテンベルグ・リヒター周期則惑星運動が、《静止》した。と、言うことは、この饅頭は動かない只の饅頭に戻ることを意味する。マントルは沈降し、地磁気は徐々に消滅し、地球は最早球であることに拘らないだろう。西部の過熱地域で激しく風化し浸食された土壌は速やかに東部の外宇宙雰囲気で凍結し、下降気流に乗って地上へ吹き降り続ける。要するにハビタブル・ゾーンは常に東へ移動し続ける。そしてその速度はマントル沈降の速度と過熱地域の表層の風化速度、及び東西の温度勾配に依存する複雑な関数波曲線を描く。僅かに東方有利、と言う以上の推定はある程度経たないと不可能であった。オートマトン系中に在りながら、人力で、それもたった一人で私自身の構成モデルを構築することからして先ず無理筋で、コンピュータもなしに短時間でシミュレーション同定をかけるのもそう、だいたい生データが足りていないのだからアナロジーの振り分け評定も出来やしないのだ。チョムスキーの言うところの色のない緑が還元主義的解析的アプローチで解決しかねるように、或いは圏論数学者が存在ではなく生成に着目する構造主義者であるように、これは量的課題ではなく質的課題である。複雑系科学的構成的アプローチ、人工生命の父であるクリストファー・ラングトン風に言えばコレクショニズムは、私という合理主義的サイエンスの土壌においてきっぱりと仇花であった。世界はいつも私以外にだけ優易しい。
苛々と舌打ちする。第一の問題より、マジック・アワーにあるハビタブル・ゾーンは明石市のある東経一三五度から約六〇分の一ラジアンだけ東にある。単純に考えるなら、該当地域は銚子市沿岸や札幌周辺だ。でも、といま・ここの空を見上げる。第三の問題。分厚い雲の向こうに光が見える。地質学的には《静止》直後の地殻剥離は急速に進展する。そのためだろう、これだけ東へ移動したのに思ったより陽が沈んでいない。これからも僅かずつ東へズレることを考えると、国内の経度では生存条件を満たさない。地球は真球ではないのだから、風化浸食が進んで決定的に変形するまでは極地域に近い方が経度の調整も容易いだろう。加えてダメ押しに、第二の問題。矢っ張り。唇を噛む。思った通り、日本海を越えて極東ロシアに辿り着かないと生き残れない。のろのろと軽トラは歩道を進む。濡れた枝を踏むような音。鳴らない口笛。てけり・り、てけり・り、と呼ばう声。瞭瞭瞭が先導する。横に広がって、誰かと談笑して。邪魔。退いて。通して。急いでいるので避けて下さい。お願いします。幾らか思いついて、止めた。無駄だ。舌打ちしようが脛を蹴ろうが、この手の奴は死ぬまで変わらない。ホイ・トゥネートイ。ハンドルに肘を突いて顎を乗せる。水煙で視程は殆ど皆無である。運転出来る中での最善を、と小舟を選んだことに今更躊躇う。無論、感性であるからして棄却する。けれど。しかし。はあ、と息を吐く。直に着く。着いた。
有島武郎碑が泡に塗れている。砂のない砂丘に水が凝っている。濃い霧に包まれた沖に波はない。タッキングで東に向かってある程度間切り、天候の快復を見て北上する、か。風向が一定なので方角を間違えることはないが、この気温と湿度で暴風雨の日本海に小舟一艘とは、いやでも、ここに留まっていたらアレが来るし、ひとまずアーサー・ランサムを信じるよりない。撥水加工の服を上下もう一枚ずつ着込み、革ベルトを回して拘束衣のように四肢で留める。リュックには何枚もレジ袋を重ね、こちらもぬいぐるみやボロ布を撚り合わせた綿入りのベルトで胸の下に留める。すくな丸を降ろして水に浮かべ、屑鉄で作った張り子の蒲鉾を小脇に挟み、乗り込んだ。凸面を風上に対して鈍角に向け、受け流す。すると凸面方向へ揚力が働き、風上方向と沖の方向へ力が分配されて舟が進む。岸を離れた。実際に知識が活きると嬉しくなってしまうのは浅ましい悪癖だ。風圧に耐える二の腕を震わせる。古くより描かれ詠まれ吟じられてきた名所難所には、視線に舐められて軟化し、檻の中で飼い馴らされた猛獣のように人くさい表情を帯びたところがある。しかし、そうして風景に加工されていないものには、どんな修辞的言説も受け付けない、点景人物を容易く締め出す荒々しさがある。約三〇億年の昔、太古代の太陽はまだ若く、地球に注ぐ光は弱かった。しかしそれで全球凍結はしなかったし、出土する石灰の量から二酸化炭素による温室効果も働かなかっただろうとされる。当時の地球には既に視線があった。メタンを産生する硫黄細菌類がその有力候補だ。タイタンが土色であるのと同じ理由で、当時の大気は土色で、海面は緑色で、海底は真っ赤であったのだろうと、地質学者は天然野生による合理的均衡の精美さを愛した。風景が生きていて、それでいて孤独ではなかったためだ。風が強い。既に腕の感覚がない。引き換えこの風景は、どうだ。風景の主題が死んでいる。そして、私だけだ。ゲオスミン。黒い粒の蠢く青白い肌。バレーシューズ。踝にかかるティアード・スカート。インドール。いま・ここは私だけ。てけり・り。私の世界は私だけ。てけり・り、てけり・り。否。本当に、そうか。思い出すのは萎えた金精のようなキルロイの鼻。観測者と対象とはカルテジアン・カットの無根拠な疑似的創発によってのみ分別解決される。私が在るとは、《静止》させた犯人のような、超次元の何者かを規定することなしに在り得ないのではないか。読字行為の先験。遍く数は形而上概念の表記に足る代数。種々の生物が備えるPAX6遺伝子は眼の発生を制御するが、そうして予与された視覚観測能において、モリヌークスの臨床的課題は何を示したか。五分前仮説。ダオロス型不斉分子結晶振動。黄表紙の普及した江戸時代の照明が行燈や提灯であったから我が国の幽霊は今日でも足元で曖昧だが、ポンティアナックやフィアサム・クリッターを直ちに幽霊ではなく妖怪であると断じるその文化的了解は何度目の観測を以て自家承認したか。濁った瞳。瞳、それは自意識過剰、被害妄想感性主義違う違わない気のせい間違っています間違っていない同じです正解ですよくデキマシタ。轟。がくん、と舟が揺れる。転覆した。
縁を掴む間もなく私の身体は流されていく。布越しに水と数多の魚が肌を叩く。ごぼごぼ、と左耳が鳴り、みんながくすくすと嗤った。無理をして水面で背を伸ばした。それほど遠くないところに渦潮が見えた。異常に大きいのが霧越しでも分かる。ところどころに氷塊がきらきらと浮いてまるで縁日の紙コップに注がれたコーラのようだ。沿岸部を離れたことで《静止》以前ならば不可能なほど海流が加速したためと思われる。と、呻りを上げてすくな丸が突っ込んできた。慌てて伏せるも、がん、と後頭部に衝撃。一瞬遅れて浮上、掴む。機械を積んでいたら死んでいた。或いは爆発したか。落ち着いて見回せば、私もこの舟も風向きに逆行して流されているところを見ると、どうも既に呑まれているらしい。ポオの言う通りならば円筒物体は沈み難いそうだが、眉唾である。小舟で良かった、と思った。こうなると思ったのだ。風下まで回り込み、覆い被さるようにして風上側の縁を掴むと、背筋で反って風を受けた。舟底は風向へ凸。ざざざざざ。すぐさま押し流され、渦潮の勢力圏を抜けた。その、次の瞬間。
飛んだ。
「嘘ッ」
くすくすくすくす。
海がぐんと遠くなり、霧に抱かれて見えなくなる。音が浮いて消える。リュックが頭まで下がってきて、私は重力に引かれていく。水面のすぐ下を隙間なく泳ぐもの共を見た。リコーダーほどの大きさ。二本の白い、耳。ジミー・カーターのスキャンダルを連想した。衝撃。暗転。
ひきがえるのような怪物は二度接吻してもらわなければならない。




