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【02】『旗槍の少女』


「お二人とも、牢を出てください――」


 ニイトがアイリスの『実年齢問題』という最大級の地雷を踏み、窮地に陥りかけた時――、またもや救いの神は突然、現れた。


「――――?」


 釈放される理由が分からないが、とりあえずニイトは牢番に促されるまま、アイリスと連れ立って屋外へと出る。

 するとそこに待っていたのは、


「おじちゃーん!」


 ニッと歯を出しながら、満面の笑顔を向けてくるニイトが助けた少女――。リーザだった。


 瞬間、女の勘を働かせたアイリスが一歩前に出ようとするが、そこはニイトが何食わぬ顔で苦笑しながら、身を挺したブロックを敢行する。

 背後からものすごい圧を感じるが、こうでもしなければ惨劇が始まる可能性があるので、ここは腹を括るしかなかった。


「ニイト様、この度は夫のせいで申し訳ありませんでした」


 続けてリーザの後ろから、巻き髪にドレス姿のリーザの母親が進み出て、謝罪してくる。

 相変わらず気品にあふれた物腰ながら、その対応は初対面の時と変わらず、どこの馬の骨とも分からぬニイトにも、分けへだてなく誠実そのものであった。


「い、いえいえ、そんな」


 思わずニイトも頭を下げてしまう。母親の人柄に感じた部分もあったが、何より彼女の美しさに動じてしまっていた。


(リーザも可愛いけど、お母さんも美人だな――)


 無意識にそんな事を考えていると、


(ハッ――⁉︎)


 背後から押し寄せる、新たな圧に戦慄する。


「ニイト様――。ニイト様は、幼女でも人妻でも見境なしですか?」


 ニイトにだけ聞こえる絶妙な音量で、アイリスが耳打ちしてくる。

 振り向きたいけど、振り向けない。何か言いたいけど、口がいう事をきいてくれない。


(これは対応を間違えると、暴走超特急が全開走行を開始してしまう!)


 どうしたものかと、ニイトが挙動不審にカタカタ震えていると、


「わ、私はこの土地の領主――。伯爵のウォーキンスでこざいます。司教様の御息女、そして聖女であるアイリス様へのご無礼。心よりお詫び申し上げます」


 リーザと母親の後ろから、モジモジした仕草で父親が進み出てきた。


「まさかあの様な場所に、聖女様がいらっしゃるとは思わず……。誠に、誠に申し訳ありません」


 ウォーキンスは恰幅のよい体を折り曲げながら、ペコペコとアイリスに頭を下げ続ける。


(アイリスって、やはりこの世界では聖女様なのか……)


 女神が見せてくれた基礎情報で分かってはいたが、それでもこうしてアイリスが崇められる光景はニイトに衝撃を与えた。


「ウォーキンス伯爵――。私の事は別に構いません。ですが勘違いとはいえニイト様に――、いえ『勇者様』に狼藉を働いた事は許せません」


 アイリスが、ニイトを『勇者』と言った。


「えっ……⁉︎」


 瞬間、ニイトは全身の血の気が引いていく感覚に襲われる。


「その男が……勇者?」


「はい!」


 ウォーキンスからの確認に、アイリスはフンスと胸を張る。

 ニイトがまわりを見回すと、ウォーキンスたちだけでなく、見守る街の人々も一様にポカーンとしてしまっていた。


「いや、いやいやいやいやいや⁉︎」


 慌ててニイトが、アイリスの手を引いて後方に後ずさる。


「――――? どうしたんですか、ニイト様?」


「いや、『どうしたんですか?』じゃないでしょ。みんなドン引きしちゃってるでしょ」


 超絶空気を読めないアイリスに、ニイトが状況を説明する。


「でもニイト様は魔王を倒した勇者――」


「そんなの誰も見てないでしょ。しかも俺、アイリスにお姫様抱っこされてたんだよ? そんな俺が、勇者だなんて誰も信じてくれないよ。もう、せっかくアイリスが聖女様って事で、話が丸く収まりそうだったのに、話をややこしくしないでよ」


 ニイトとしては、ここで自分が勇者を騙る偽物と思われたら、アイリスの名誉にも関わると危惧したのだが、


「私が……、私が悪いんですかぁ?」


「えええええーっ⁉︎」


 予想に反して涙目になってしまうアイリスに、ニイトは新たな窮地に陥ってしまう。

 だがアイリスの思考回路なら、この展開は十分に考えられる流れでもあった。


(し、しまった。これは選択を誤った……)


 ここからどう挽回するべきか、ニイトが顔面蒼白で思案を巡らせていると、


「聖女様を泣かせて――。メッ!」


 いつの間にか近付いてきていたリーザが、ニイトの尻をポンと叩いてきた。


「リーザ?」


「いい? 勇者様と聖女様は、仲良しじゃなきゃダメなんだよ。だから、おじちゃんはアイリス様と仲直りして!」


 そう言ってリーザが、ニイトとアイリスの手を取って、ギュッと繋いでくれる。


「…………。あの……、ごめんな、アイリス」


「い、いえ……。私こそ取り乱してすみません、ニイト様」


 自然な流れで穏やかに言葉を交わす二人――。その光景にリーザが親指を立てて、ニヤリと笑っている。

 そんなおしゃまな『やり手』のおかげで、街の人々だけでなく、ニイトを敵視していたウォーキンスまで朗らかな笑顔になっていた。


(り、リーザに救われた……)


 これで一件落着かと安堵するニイトだったが、


「へー、勇者様ね――。まったく聖女様と揃って、いいご身分だね」


 遠くから聞こえてくる突き刺す様な声が、明るくなりかけた雰囲気を一瞬でぶち壊してくる。


「――――⁉︎」


 そちらに目を向けると、少し離れた家屋の屋根の上に、大きな旗のついた槍――いわゆる旗槍を肩に担いだ少女がいた。


「じゃ、ジャンヌ! 無礼だぞ!」


 ウォーキンスが怒鳴りつけるが、ジャンヌと呼ばれた少女はまったく動じる気配がない。

 それどころか、


「アンタが本当に勇者っていうなら――、アンタを倒せば僕が勇者って事だよね!」


 ジャンヌはそう言って、屋根から飛び降りてくると旗槍を構えながら、なんとニイトに向かって一目散に突進してきた。


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