【04】『百年後の再会』
「ジャンジャジャーン! 転生タイムでっす!」
白一色の光の空間に、ニイトを転生させた女神がいる。それはまさにニイトの転生の時と、まったく同じシチュエーションだった。
「うーん、もー。あなた、とても勇敢でしたねー」
やはり女神は、ニイトの時と同じ言葉を、横たわる老婆にかけている。
「いえ、私は――」
「そんな、そんな! 世界が全面戦争に突入しようとした時、あなたが世界に発した『誰かを守る勇気を失わないでください!』という言葉が、戦争を止めたんですよ! もー私、感動しちゃいましたー!」
老婆の言葉を遮り、女神が背中の翼をバタつかせながら、一方的にまくしたてる。
「もしかして……、あなたは神様ですか?」
「はーい、女神様でっす!」
ここでも女神はニイトの時と同じく、軽いノリで自己紹介をした。
「なら一つ――、お願いをしてもいいですか?」
光の中に横たわっていた老婆が体を起こす。
その目は糸の様に細い。だが端正な顔立ちで、穏やかな表情からは、嘘偽りのない深い慈愛がにじみ出していた。
「いいですよー。ちょうど私も、あなたには『転生ギフト』をあげようと思っていたところでっす。なんですかー? 世界を爆散できるぐらいの魔法力ですかー?」
世界を救った相手に、女神は穏やかではない事を言う。どうやらこの女神の思考は、ニイトの時もそうだが、気に入った相手に極端なスキルをあげたがるらしい。
「そんなものはいりません――」
老婆はそう前置きすると、
「私が十歳の時に――、私を救ったために、命を落としてしまった人に会わせてください」
と、真剣な表情で女神にかけ合った。
「うーん……」
女神が困った顔になる。
「無理なんですか?」
「すでに彼の肉体が消滅して八十年。現世で再会を果たすなら、この世界の『世界線』を変えなけれなりません」
女神が言っている事はスケールが大きすぎて、老婆にはよく分からなかったが、それでも自分の願いがかなりの困難を伴う事である事は理解できた。
「あの人に……、あの人に、ちゃんと『ありがとう』って言いたかった……」
老婆の細い目から涙がこぼれ落ちる。その真心に打たれた女神は、しばし考え込むと――、
「うーん……、分かりました! この世界では無理ですが、『異世界』でもいいですか?」
と、老婆に新たな提案を持ちかけた。
「いせ……かい?」
「そう。まったく別の世界でっす。そこにあなたと、その人を転生させて再会させます」
「お、お願いします!」
老婆に迷いはなかった。九十歳で天寿を全うするまで独身を貫き、純潔を守り抜いてきたのも、自分を救ってくれた『その人』への操を立ててきたからだ。
もし会えるのなら、どんな世界でも構わない――。老婆はここまで頑張ってきて良かったと、心の底から思った。
「では今から、あなたを異世界に転生させます。あなたは生まれ直すのでっす。でも前世の記憶を持ったまま生まれれば、きっとどこかで精神が破綻します。なのであなたが、この記憶を取り戻すのは二十歳になった時――。鍵は『その人』との再会でっす」
「二十年後……」
「前世への干渉を避けるために、今の名前などの個人情報は完全に抹消しちゃいますが、転生した彼を認識した時、『記憶の鍵』は開きますから安心してください」
女神はドヤ顔で自身のプランを披露するが、
「あの……」
老婆は少し申し訳なさそうに、手を上げる。
「どうしました?」
「前世への干渉を避けるために、名前を抹消したりするのは分かるのですが……。ではその時、私はどうやって、生まれ直して姿形も変わってしまった『その人』を認識すればいいのですか?」
「あ……」
老婆の的確な指摘に、女神がポカーンと口を開けて呆然とする。この女神はノリでものを言う割には、どこかこの様に詰めが甘かった。
「うーん……。じゃあ『その人』は、あなたを助けて死んだ時と同じ姿で転生させます!」
「えっ、それって、さっき言っていた『世界線』が大丈夫なんですか?」
「まあ異世界同士が干渉しなければいいでしょ。そのあたりの『世界線』は、どうとでもねじ曲げます。だって私、女神様ですから!」
「あ……、ありがとうございます! ありがとうございます!」
支離滅裂な事を平然と口走る女神に、老婆はただひたすら感謝する。
それに気をよくしたのか、
「じゃあ、もう一つギフトでっす。世界を平和に導いたあなたは、次の世界でも『聖女』として生まれますからね――。それじゃあ、新しい世界でも頑張ってくださーい!」
最後の言葉までニイトの時と同じく、女神は老婆を送り出す。
そして異世界に生まれたのが、オルトリンクの聖女こと――、アイリスなのであった。
「女神様が願いを叶えてくださいました――。百年……。やっと……、やっとあなたに『ありがとう』が言えました」
(なるほど、『諸事情』と『仕込み』っていうのは、こういう事だったのか――)
アイリスの心象風景を見終えたニイトも感慨無量になる。
自分が生前そのままの姿で転生したのも、アイリスにちゃんと『ありがとう』を言わせるためだったのだ。アイリスの心象風景が見えた事も、女神のはからいだったに違いない。
まさか自分が救った少女と同一人物だとは思わなかったが、魔王の前で目が合った時、アイリスが雷に打たれた様になったのも、あの瞬間記憶が解放されたのだと今なら分かる。
「……アイリス。俺も君に……『ありがとう』って言いたかった」
口がきける様になると、ニイトも自分に『気付き』を与えてくれた、アイリスへの感謝の気持ちを伝える。
「――――? よく……分かりませんけど、どういたしましてです」
少し首をかしげ、はにかむアイリスは本当に可愛らしい。ニイトは思わずそれに見とれてしまうが、
「ニイト様――!」
アイリスはいきなりニイトをお姫様抱っこすると、素早く後方に飛び退いた。
――ドーン!
轟音と共に衝撃波が地面をえぐる。続けて低く通る声が、ニイトの耳に飛び込んできた。
「女――。貴様、あの剣士のパーティーにいた聖女か?」
それはニイトを殺すために追ってきた、黒騎士のものだった。
(チッ、迂闊だった――)
ニイトは顔を歪める。そもそも黒騎士に狙われていたのは自分だったのに、これでアイリスまで巻き込む形になってしまった。
アイリスの心象風景や見た事や、その後のやり取りは、わずかな時間だったろうが、それでも戦闘中に隙を見せてしまった事は、自分のミスと言わざるをえない。
(どうする……)
再開されたピンチに動揺するニイトだったが、
「やってくれましたね――。よくもニイト様を。許しませんよ!」
アイリスは落ち着いた声で毅然とそう言い切った。いやむしろ人格が変わった様な、ドスのきいた声になっている事に、ニイトは驚いてしまう。
気が動転していたため気付かなかったが、そもそもアイリスが、身長一七〇センチはあるニイトを、お姫様抱っこしている事自体が異常事態だった。
その細腕に見合わない腕力もさる事ながら、今のアイリスからは可憐な容姿に似合わぬ、凄まじい気迫が発せられていた。
それを黒騎士も感じたのか、一旦後方に下がると、
「フン! 防御魔法結界!」
と叫び、何か術式の様なものを展開してきた。
次の瞬間、巨大な魔法陣がまるで檻の様に、ニイトとアイリスの周囲を囲い込んだ。
「グハハハハッ。僧侶である貴様のスキルは治癒や防御魔法専門――。剣士や魔法使いがいない今、この状況では貴様は無力!」
(こ、これは防御魔法が使えなくなる結界なのか――⁉︎ これはヤバイぞ!)
勝ち誇る黒騎士にニイトは慌てるが、
「はあ……」
と、当のアイリスは呆れた様に、そう呟くだけだった。
「ちょっとニイト様。私にしっかり掴まっていてくださいね」
アイリスがニイトを左腕だけで、軽々と持ち上げる。それはまるで、母親が赤ん坊を片手で抱っこする姿だった。
「なんのつもりだ――? まあいい、死ねい!」
黒騎士は構わず衝撃波を連射してくる。
「うわ、うわ、うわわっ!」
ニイトはアイリスの首につかまりながら、激しく揺さぶられる。
右、左、右――。目をつぶっているので、空気を切り裂く音が余計に恐ろしかった。
そして揺れが止まり、恐る恐る目を開くと――、
(――――⁉︎ どこも……、やられてない⁉︎)
ニイトは自分がまったくの無傷である事に驚いた。
(ま、マジか……⁉︎)
なんとアイリスはニイトを片手で抱っこしながら、衝撃波を全弾かわしきったのだ。
「な、なんだと……⁉︎」
今度は黒騎士が動揺した声を上げる。
それと同時にアイリスは、空いた右手に一本の杖を顕現させた。
「――――⁉︎ そ、それは『魔杖』⁉︎ なぜだ⁉︎ 貴様は僧侶ではなかったのか⁉︎」
アイリスが顕現させたのが、魔法使いが攻撃魔法の時に使用する『魔杖』であった事に、黒騎士が驚愕する。
それに向かって、
「別に私は攻撃魔法が使えない訳ではありません――。ケーラがいたから……、使う必要がなかっただけです」
アイリスが冷たく言い放つ。
魔王討伐のパーティーでは、ケーラという強力な魔法使いがいたため、アイリスはフォーメーションとして、治癒と盾役に徹していた――。
だがその正体が、
「き、貴様、『賢者』だったのか⁉︎」
魔法使いと僧侶の両スキルを駆使する『賢者』であった事に、目論見が外れた黒騎士が恐怖の声を上げる。
「では――、『討ち漏らし』の討伐です」
杖を前に向け、アイリスが魔法弾を放つ。そのスピードは魔王城で見たケーラほどのものではなかったが、それでもニイトにとってはまるでバズーカ砲の様に見えた。
「グハーーーッ!」
当然、対処できない黒騎士の胸が、いとも簡単に撃ち抜かれた。
「お……、おのれ、おのれ――、こうなれば貴様らも道連れだーっ!」
敗北を悟った黒騎士が、最後の力を振り絞り衝撃波を乱射してくる。
それはまさに、命の炎を燃やした様な凄まじい攻撃だった。
(これは、いくらアイリスでも、俺を抱えたままでは無理だ!)
ニイトも、さっきとは桁違いの衝撃波の数に息を呑むが、
「円環防御!」
アイリスが声を上げた瞬間、光の魔法陣がニイトたちの周りに展開し、衝撃波の嵐をいともたやすく弾き返した。
「――――⁉︎ な、なぜ……、なぜ防御魔法が使えるのだ……?」
己のかけた防御魔法結界が無効化されている事に、黒騎士が唖然とする。
「ハア……。そもそも、あなた程度がかけた結界なんて――、『屁』みたいなものですから」
アイリスが呆れながら、足をドンと踏み鳴らすと――、黒騎士の術式による魔法陣がガラスの様に無残に砕け散った。
「「――――⁉︎」」
ニイト、黒騎士、共に声を失う。
相手を尊厳を、完膚なきまで打ち砕くその口ぶり。そして魔王軍の幹部を、ものともしない異次元の強さ――。アイリスという存在は『聖女』という概念を覆す、いわば『武闘派聖女』であった。
「ではニイト様とお話したい事がたくさんありますので……、ここいらでお暇していただいてよろしいですか?」
アイリスが無機質に言いながら、トドメの魔法弾を放つ。
「グアーーーッ!」
それをまともに食らった黒騎士が、弾けながら雲散霧消していった。
「…………」
あまりの激しさに、ニイトは言葉が出ない。
だが黒騎士が消えて、草原に二人っきりになると、アイリスは魔杖を消して、再びニイトを両手でお姫様抱っこしてきた。
「あ、アイリス――?」
「み、密着していた方が、治癒魔法の効き目が上がりますからね」
アイリスはそう言って治癒魔法を再開するが、ニイトはアイリスの細い目の中に、『下心』という光があった事を見逃さなかった。よく見ると、心なしか口元も歪んでいる。
魔王城で再会した時もそうだったが、アイリスはニイトの事になると挙動不審のストーカー気質丸出しになる。ニイトはまだ知る由もないが、今ここにいるのも魔王討伐の祝賀パレードの真っ最中に、エスケープしてきたからである。
もちろんアイリスの思いは純粋なものである。まさに聖女と呼ばれるにふさわしい一点の汚れもない――。しかし、だからこそ極端であり、例えるなら『暴走超特急』なのであった。
(でもアイリスだって、ずっと寂しかったんだ――。ここは彼女をガッカリさせない様にしなくちゃな)
ニイトはアイリスが待ち続けた百年を思うと同時に、自分の『身の安全』を考える。
アイリスは、それこそ魔王軍の四天王を、リアルに瞬殺するだけの力を持っているのだ。
もし下手に逆らって、
(怒らせでもしたら……)
考えるだけでも恐ろしかった。
(だけど俺は、この新たな世界でもう逃げずに――、『魔王瞬殺スキルだけ持ってる俺が、魔王のいない世界で生きていく』んだ!)
ニイトは気を取り直すと、いきなりタイトル回収的な決意を新たにする。
だが運命は――、また彼に過酷な舞台を用意するのだった。
「いたぞーっ!」
鎧を着た、今度は人間が駆け寄ってくる。
そしてそれは一人、二人と増え、最終的にニイトとアイリスは十人以上の兵隊に囲まれてしまった。
「――――? これはどういう事ですか⁉︎」
アイリスがニイトをお姫様抱っこしたまま抗議する。だが兵隊たちはその異様な光景に、一様にドン引きしてしまっていた。
(こういうとこですよ、アイリスさん……)
ニイトはそう言いたい気持ちを抑え、黙って抱かれておく。諸々の『身の安全』を考えれば、まさに適切な対応であった。
すると兵の後ろから、恰幅のいい貴族服の男が進み出てきた。
「ゲッ!」
ニイトがヤバイという顔付きになる。当然、アイリスもそれを見逃さなかった。
そして貴族服の男は兵の一人から剣を奪い取ると、それをニイトに向けながら叫んだ。
「貴様……、私の幼い娘をかどわかしておきながら、もう別の女とイチャつきおって――! 許さん! 皆、こいつを捕らえろ!」
「――ニイト様?」
アイリスが黒騎士の時と同じ、無機質な声でニイトを見下ろしてくる。
「あ、アイリスさん……?」
その細い目が――、まるで汚物でも見る様に冷たいものだった事に、ニイトはいきなり決意を翻して逃げ出したくなった。
第一話、完結です。
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