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魔王瞬殺スキルだけ持ってる俺が、魔王のいない世界で生きていく  作者: ワナリ
第一話『タナボタ勇者とストーカー聖女』
3/6

【03】『悪目立ち者の意地』


「これが……、テンプレ世界ってやつか――」


 現代日本ではありえない、牧歌的な田園風景を歩きながらニイトはため息をつく。

 遠くに見える街並みも、アニメでよくある中世ヨーロッパそのもの――。といっても、中世ヨーロッパがどんなものであるのか、よくは知らないのだが。


 ともあれ、魔王城から全速力で逃げてきたのはいいが、完全アウェイの環境にニイトは戸惑っていた。

 人目を避けながら、あてもなく何日も進んできたので、いったい今自分がどこにいるのかも分からない。たとえ分かったところで、初めての土地で何ができる訳でもない。


「ああ……、これからどうしようか……」


 とりあえず新たな人生のプラン――。人生設計を立てなければならない。

 だがこれから生きていくのは、魔王なんかが存在するファンタジー世界だ。

 多少はアニメやラノベに親しんできたので、世界観は理解できるが、そのキャラクターになるというのは、まったく別の話だった。


 まずは、あらためて装備を確認する。

 服装だけは女神の配慮なのか現地人っぽくなっているが、食料や武器などのいわゆる生きるためのツールというものが、まったく装備されていない。


 それなら転生特典として、美少年補正でもかかかっていればまだ救われるが、途中にあった川で顔を映してみたら、女神が『諸事情で』と言っていた通り、前世とまったく変わっていないアラサー顔だった。


「まったく、なんなんだよ……」


 魔王を瞬殺するなんていう物騒なスキル以外、本当に何もない。しかもこのスキル、本当に魔王以外には効かない。逃げてくる途中、小型の魔物に遭遇した時、「魔王瞬殺!」と連呼しても、ビームどころかホコリひとつ出なかった。

 前世でのタナボタは嫉妬で済んだが、この世界ではそれがダイレクトに命の危機に繋がる――。ニイトはその事を、魔物から逃げながら切実に思い知った。

 

「とにかく目立たない事だ――」

 

 魔王討伐なんていう、最大級の『悪目立ち』をかました反省を胸に、ニイトはそばの草むらに倒れ込む。新たな人生設計が、はからずも立ってしまった。

 

(でも……)

 

 晴れ渡る空の中に、あのアイリスという女僧侶の姿が浮かんでくる。

 

(守ってくれてありがとう――、って言えなかったな……)

 

 彼女はニイトを魔王から守ってくれた。そしてニイトもまた、そんな彼女を魔王から守りたいと思ったのだ。

 

 ニイトが異世界に転生したのも、一人の少女を暴漢から守ったからだ。

 女神の話では、その後彼女は世界を救う存在になるとの事だったが、その時のニイトには、そんな事はまったく関係なかった。

 ただ一人の少女を救いたい――。そんな抑えきれない正義感が、彼を突き動かしたのだ。

 

 アイリスを救いたいと思ったのも、まったく同じ動機だ。

 だがアイリスを助けた事で、勇者パーティーから疑われ逃げてしまった。

 

(また俺は逃げたのか……)

 

 ニイトは前世を振り返る。

 普通の事をしても、なぜかそれ以上に評価される幸運体質。そして、その反動からくる嫉妬――。頑張っても、世の中そう簡単には報われないのに、ちょっと頑張ったら報われるというのは、ある意味、嫉妬されても仕方ない部分はあった。

 

(だけどよ……)

 

 ポテンヒットだって、思いっきりバットを振った。

 ごっつぁんゴールだって、そこまで全力で走っていった。

 アイリスを救った時だって、怖かったけど勇気を振り絞ってスキルを使った。

 

「俺だって……、頑張ってたんだよ」

 

 異世界に一人きりの不安もあって、思わず涙がこぼれてくる。

 そんなニイトに声をかけてきたのは、救いの女神ではなく――、

 

「グハハハハッ。どうした、泣いているのか?」

 

 それとは真逆の、まるで悪魔の様な声だった。

 

「――――⁉︎」

 

 飛び起きると、視界に黒い霧が漂っている。そしてそれが固まると、漆黒の鎧をまとったおぞましい騎士が姿を現した。

 

「グフフフッ。我は魔王軍四天王の――」

 

「――――⁉︎ 四天王? ちょ、ちょっと――、ちょっと待ってもらっていいですか⁉︎」

 

 ニイトはお約束のパターンに疑問を抱くと、慌てて黒騎士の言葉を遮る。

 

「……なんだ?」

 

 名乗りを止められた事に、黒騎士はあからさまに不快な態度を見せるものの、ここはニイトが何を言ってくるのかと、ひとまず様子を窺ってくる。

 するとそれを確認したニイトも、意を決して恐る恐る口を開いた。

 

「あの……、だいたいは分かるんですけど……。でも魔王が死んだのに――、なんでまだ四天王とか残ってるんですか?」

 

「…………」

 

 ニイトの正論に、黒騎士は返す言葉がない。

 だがすぐに、ワナワナとその身を震わせると、

 

「き、貴様ーっ、ぬけぬけと! いいか、貴様がいきなり魔王様の前に現れて、訳の分からんスキルで魔王様を倒したから――! だから、我らの出番がなくなってしまったのではないか!」

 

 黒騎士は怒りと共に、非常に簡潔に事の顛末を説明してくれた。

 

(俺が魔王を瞬殺したのって――、あれまだ勇者パーティーが、四天王とか倒す前だったのか!)

 

 ニイトも話の流れを理解すると同時に、

 

(じゃあまだ残党がワンサカいて……、俺はそいつらの仇って事なのか⁉︎)

 

 自分の立場が、とてつもなくヤバイという、知りたくない事実を知ってしまう。


「では、死ねい!」

 

 すかさず黒騎士が抜刀してくる。その斬撃を紙一重でかわすと、ニイトは草むらの中をゴロゴロと転げ回った。

 

(おいおい、冗談じゃねえぞ!)

 

 明確に向けられた殺意にニイトは戦慄する。前世も暴漢に刺し殺されはしたが、あれはある意味『もらい事故』だった。

 だが今回は違う――。魔王を倒された仇として、ニイト本人が狙われているのだ。

 

(――どうする⁉︎)

 

 完全に不測の事態だが、とりあえず対応を考える。

 まず武器はない。あったところで使った事がない。それなら『にげる』を選択したいところだが、どう見ても逃げきれそうな相手ではなかった。

 

(これは……、詰んだか?)


 だがニイトは諦めない。彼にはまだ最後の望みがあったからだ。


(イチかバチか、やるしかねえ!)


 恐怖を抑え込み立ち上がると、まずは対象物を視界にロックオンする。そして両手を前に突き出し――、


「魔王瞬殺!」


 声高らかに叫んでみたが――、やはり見事に何も起こらなかった。

 

「グハハハハッ! なんだそれは⁉︎」

 

 黒騎士がニイトをあざ笑う。十中八九そうじゃないかとは思っていたが、それはあまりにも過酷な現実だった。

 

「やはり貴様のスキルは、魔王様以外には効かない様だな――」

 

(こいつ……、見てやがったのか⁉︎)

 

 ニイトは黒騎士の言葉から、逃走中に『魔王瞬殺』を魔物に仕かけて、不発だった様子を見られていた事を悟る。

 

(じゃあ、こいつはずっと俺のあとを()けていて……、その上で俺を殺す『最上のタイミング』を狙っていたって事か⁉︎)

 

 魔王の配下という事は、すなわち殺しのプロだ。それが自分の前に姿を現した意味に、ニイトはあらためて死を意識させられた。

 

(終わった……)

 

 全身の力が抜けていく。黒騎士もそれを感じ取ったのか、

 

「グハハハハッ! そうだ諦めろ!」

 

 と、勝利を確信して高笑いを上げた。

 だが――、

 

「フッフッフッ。まずはお前を殺して……、その後は、あのいまいましい剣士たちも、一人残らず皆殺しにしてくれるわ!」

 

「――――⁉︎」

 

 黒騎士の放った余計な一言が、折れかけたニイトの心に再び火をつけた。

 剣士たちとは、間違いなくエヴィンたちのパーティーの事だ。そこには当然、ニイトを助けてくれた、あのアイリスも含まれている。

 

「――けんなよ……」

 

「ん――?」

 

「ふざけんな、って言ってんだよ!」

 

 ニイトは力のかぎりに叫んでいた。それは条件反射ともいえる魂の咆哮だった。

 

「もう俺は逃げねえ!」

 

 そして、ニイトはまた叫ぶ。

 彼はこの世界に来て、気付いた事があった。

 

(俺だって頑張ってたんだ! 誰かのためになりたかったんだ!)

 

 誰かのために頑張れば、嫉妬され続けた人生――。だが悪い事ばかりではなかったはずだと、今なら思える。

 

(俺だって、きっと誰かを笑顔にできていたはずだ!)

 

 嫉妬から逃げていた時は、それに気付けなかった。

 ニイトが暴漢から命を救った少女はその後、世界を救ったという。それならニイトの行いは、少女を通じて世界を笑顔にしたという事だ。

 

(それなら、たとえ悪目立ちしたって――、嫉妬されたって――、俺も少しは胸を張ったって、いいんじゃねえか⁉︎)

 

 それに気付かせれくれたのは、あのアイリスだ。

 彼女がニイトを救ってくれたのは無償の愛だ――。だから今、自分は生きている。

 それは計り知れない尊敬に値する。それと自分は同じだけの事をしたのだと、アイリスがいなければ気付けなかった。

 

「俺はまだ――、アイリスに『ありがとう』って言ってねえんだ!」

 

 口にした瞬間、ニイトは飛び出していた。もちろん武器など何もない。まさに徒手空拳の突撃だった。

 だが命のやり取りとは、心意気で勝てるほど甘くはなかった。

 

「グハッ――!」

 

 黒騎士に迫らんとしたニイトが、握り拳のまま後ろに吹き飛んでいく。

 

「フン。貴様――、血迷ったか?」

 

 続けて黒騎士から冷笑が浴びせられる。

 よく分からないが、衝撃波を食らったらしい。全身の骨が砕けた様な痛みに、ニイトは倒れたまま声も出せずに、ただ空を見上げる事しかできなかった。

 

(やっぱダメだったか……。だけど――、今度は逃げなかったぜ)

 

 薄れそうになる意識の中、ニイトは満足感に満たされていた。

 

 不意に青空の中に、ニイトが命を救った少女の姿が浮かび上がる――。そういえば暴漢から守った時は必死だったので、よく顔を見ていなかったが、目の細い――、そうまるで糸の様に細い目をした端正な顔立ちの少女だった。

 

 その少女がニイトに向かって、

 

「ありがとう――」

 

 と言ってきた。

 

「――どう……いたし……まして」

 

 かすれた声で手を伸ばす。どうやら目もかすんできたらしく、少女の姿がぼやけてきた。

 

「ニイト様――」

 

 今度はアイリスの様な声が聞こえてくる。ついに幻聴まで聞こえてきたのかとニイトは思ったが、

 

「ニイト様!」

 

 伸ばした手が握られる感触に、カッと目を見開いた。

 

「――――⁉︎」

 

 そこにいたのは糸の様に細い目の――、白いシスター服を着た女僧侶――。アイリスだった。

 

 そしてアイリスの姿に少女が重なると、

 

「君は……」

 

 ニイトは無意識に呟いていた。

 

「はい――。あなたに命を救っていただいた……、あの女の子です」

 

 アイリスが細い目から、ポロポロと大粒の涙をこぼしている。それが頬に当たるのが、傷付いたニイトにはたまらなく心地良かった。

 続けてアイリスが手をかざすと、あたたかい光が発せられた。おそらく治癒魔法なのだろうが、ニイトは全身の痛みが、みるみる減っていくのを感じた。


「百年……。やっとあなたに『ありがとう』が言えました」


(――百年?)


 アイリスの言う事が、ニイトにはすぐに理解できない。するとニイトの脳内に、アイリスの心象風景が流れ込んできた。


(こ、これは……⁉︎)


 白一色の光の空間――。そこには臨終の時を迎えた、一人の美しい老婆が横たわっていた。


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