第三話 隠し部屋のピカピカ
勝人が召喚された部屋を出て左に曲がった先に、どこか神聖な雰囲気を感じる台座の様な物が置かれていた。
その台座はひび割れており、一部に至っては崩れ落ちている。この惨状が老朽化ではなく、何者かの手によって破壊された事が原因であることは、一目見れば誰であっても理解できるだろう。
道案内をしているウノハは、その破壊された台座を見ようともせずに素通りする。
破壊された台座の真後ろには空っぽの空き部屋があった。
(ここは何に使うんだろう……おっと、ついていかなくちゃ)
ウノハはその空っぽの部屋も通り越し、何もない壁に手を当てる。
その直後、壁に縦長の長方形の穴が開く。この穴を塞いでいた壁は何処にも見あたらない。
勝人には理解しがたいシステムだ。
「壁は? 壁どこにいったの? 引き戸とかでもなく無くなったんだけど」
「カツトうるさい。早く入って」
「は、はい」
勝人はウノハに急かされ、ぽっかりと開いた穴の中に足を踏み入れる。
この瞬間に勝人は、頭の中は入ってくる情報でパンク寸前になった。
勝人が足を踏み入れた場所は真四角の部屋で部屋自体の装飾は特にない。壁にいくつかランタンの様な証明が掛かっているくらいだ。
その光を反射して部屋中を輝かせているのは、この部屋に置かれている数多ある財宝たちだ。具体的には金や良くわからないが高そうな宝石がかなり雑に転がっている。
散らかっていない個所もあるので初めからこうなっていたわけではなさそうだ。
(なんだろうあの巻物)
勝人は金や宝石の中から顔を出しているただの白い巻物に視線を取られたが、この場では触れないでおくことにした。その理由は巻物に興味がないということではなく……。
「な、なんだこれ」
その財宝の山のさらに奥に先ほど見た壊れた台座が置いてあったからだ。
しかし、その台座は壊れていない。さらに先ほど見たものよりも神々しい光を放っていた。
よく見ると、台座の真ん中には大きな穴が開いている。そこから光があふれ出ているようだ。
勝人たちが入ってきた穴を閉じたウノハがその台座に向かって進む。
勝人も先ほど一瞬にして消えた壁が再び姿を現したことが気にならないことはないが、今はそれどころではない。
(早く、早くあの中が見たい)
勝人の体は神々しく光り続ける台座に引き寄せられていた。
周りに散乱している、元の世界に持ち帰ったらどんな値段がついてしまうか想像もつかないような代物たちには触れようともせず。ただひたすらに小さな背中を追った。
勝人は財宝の山を通り過ぎたあたりでウノハを追い越し発光する台座に近寄る。
台座に触れられる場所に到着した勝人は、一目散に穴の中を覗き込んだ。
「『ダンジョン カエデ』 どうなってるんだ?」
勝人が覗き込んだ穴の中には『ダンジョン カエデ』という文字が浮かんでいた。
もちろん、液晶パネルに映っているわけではなく、プロジェクターの様な物で投影されているわけでもない。宙に浮かぶ文字そのものが発行しているのだ。
その文字の下には、強く光り輝く球体がはまっていた。
勝人が入り口から見た光はこの光だ。
しばらくの間、穴の中を覗き続けた勝人がウノハに説明を求めようとした時。再びあの人からの声が届く。
『到着したようじゃの』
「これは何ですか?」
神様の呟きに対して、勝人が前置きもなく質問した。
ちなみにウノハは静観モードだ。
いきなり質問を投げつけられた神様も驚いた様子はない。如何にも神様という雰囲気と落ち着きで勝人からの質問にこたえる。
『これはダンジョンを操ることが出来る操作盤じゃ』
「操作盤ですか」
『そうじゃ。しかし操作盤の説明よりも先に光っている球の話からしよう。カツト君も気になっておるようだしの』
(なんか神様の雰囲気が変わった? 君の心は読めています。なぜなら神ですから。的な雰囲気が伝わってくる。少し気に食わない)
『き、気に食わないとはなんじゃ!』
「あ、いえ。なんでも」
(やっべ。聞こえてるんだった)
『そこまで聞こえておるがの。まぁ良い。今は説明が先じゃ』
「そうですよ。それでその球体は何ですか?」
『この球体こそがダンジョンコア。このダンジョンの心臓じゃ』
「ダンジョンの心臓?」
勝人は再び穴の中にハマっている球体を眺める。
確かに物凄い光を放っていて、如何にも重要そうな球体だが、ダンジョンの心臓とも呼ばれているこの球体があまりにも無防備に設置されているため。カツトは心配になってしまったのだ。
(これが心臓だとしたら。ダンジョンのセキュリティはザルにも程があるぞ)
『そうでもないぞ』
勝人の独り言に神様が入り込んでくる。
「頼む。俺が頭の中で考えたことにいちいち突っ込まないでくれ」
『なんでじゃ。どうせワシに質問するのじゃから問題ないじゃろ』
「それはそうだけど! 一回、自分の頭の中で情報を整理するやつやらせてよ」
『しかしの。カツト君が一人で考えてもちっとも進まないではないか』
(まさか俺が頭の中で迷っていたのも……)
『勿論、聞いておった』
「だからそれを止めろってい」
「カツト。怒っちゃダメ!」
ここで静観を続けてきたウノハが口を挟む。ウノハにしてはかなり語気が強めだ。
しかし、何というか。まだ可愛さの方が勝ってしまう。
ウノハに怒られた勝人は標的を神様にずらそうと試みる。
「いや、これはジジイが悪いんであって俺は」
「ダメ!」
そう上手くはいかなかった。
さらに状況を盾にして神様が物陰から小石を投げつけてくる。
『ウノハちゃんの言う通りじゃ、カツト君。ワシは神様なのじゃから、ジジイというのは失礼ではないか』
「おい、この話無かったことにするぞ」
勝人はこの状況で神様に最も効果がありそうな言葉を口にした。
しかし、この言葉の効果が出たのは神様ではなく、ウノハの方だったらしい。
勝人の背後から少女の鳴き声が聞こえてくる。泣きわめくことはなく必死に涙をこらえている様子のウノハが勝人の袖を両手で強くつかんだ。
仮にこの状況をもとの世界の知人に見られていれば、いつまででも擦り続けられる。当人からしたら非常に面倒くさい笑い話が誕生していたことだろう。
頑張って涙をこらえているウノハを見て胸が痛くなってしまった勝人は、慌てて状況の修復に取り掛かる。
(おいジジイ。力を貸せ!)
《だからジジイと呼ぶなと》
(なんだよ。ジジイ、俺だけに話せるのか)
《だから神様と》
(俺の世界の神様じゃないから関係ない。それより今はウノハだ。早く泣き止ませないと俺の心が持たない)
《それは同意見じゃ。しかし》
(分かったって神ジジイ。とりあえずどうしようか。えっと、まずウノハに謝るか。でも神ジジイと喧嘩してたのにそれはおかしいか。でも神ジジイには謝りたくないしなぁ。しかしこの状況でそんなことは言っていられないし。う――ん……)
《ごちゃごちゃとうるさいぞ。ワシの頭までおかしくなりそうじゃ。とりあえず仲良しのフリでもしておけば良いのじゃ》
勝人の一人会議に耐えきれなくなった神様が自ら発案し、勝人に考えさせる暇もなくそれを実行に移す。
『カツト君。今からダンジョンコアの説明をするよ。ちゃんと覚えて“一緒に”ウノハちゃんを助けてあげようね――』
「…………」
《話を合わせんか!》
(はいはい、分かったよ。でも、これはウノハのためであって神ジジイのためじゃないからな)
勝人は未だに泣き止まないウノハをチラ見し、短い溜息を吐いた。
全てウノハを泣き止ませるためだと自分に言い聞かせた勝人は、神様が始めた寸劇に加わる。
「そ、そうですね。俺も早く使い方を覚えてこのダンジョンを守らないとな――。あはは。あはははは」
ウノハの顔を直接視るのを躊躇った勝人は、神様に情報の伝達を命令する。
(おい。どうなった)
《もうちょっとじゃ》
「ええっと。その、ど、どうやって使うのかな? この道具は」
『まずは浮かび上がっている文字に触れてみるのじゃ』
「こうかな。それともこうかな」
勝人がわざとらしく文字が浮かんでいない場所に手を翳す。
この行動を見た神様は、急いで勝人の思考に潜り込んだ。
しかし、この行動に関する思念は見つからない。届くのは早くウノハの具合を確認しろと言う思念だけ。
《どうしろと言うのじゃ》
(わざとやってるんだよ! 俺が出来ないふりをしてウノハに手本を見せてもらう。いいか?)
《わ、わかったのじゃ》
(で、ウノハの状況は?)
《泣き、止み……そうじゃ》
この報告を耳にした勝人は少し気を抜いてウノハの前まで移動し、ウノハに目線を合わせるような形でしゃがむ。
自分の前に勝人がやってきたことに気づいたウノハが、涙をこらえながら声を出す。
「カツト……ダンジョンマスター、やってくれる?」
「やるよ。そのために神ジ。神様から説明を受けているんだ」
「ほんと?」
「ほんと。でも、やり方が分からなくてね。ウノハ、手本を見せてくれる?」
「みせる! ウノハはダンジョンコア。つかえる」
これにて一件落着。ウノハを泣き止ませることが出来た。
この部屋に来てから色々あった三人だが。やっと本来の目的に移ることが出来そうだ。
勝人がダンジョンマスターの仕事をマスターするまでに、一体どれ程の時間がかかるのだろうか。
ようやく泣き止んだウノハを見て、勝人と神様はそう思うのであった。