ナンパ少年が女の子になる読み切り
淡いライトグリーンの長髪を揺らし、髪と同じ色の、淡いライトグリーンの目は、見つめられるとどんな人でも心和んでしまうだろう。
おはようと挨拶してくる同級生たちに笑顔で挨拶を返す、登校中の彼女、緑瑠璃は人の世界に迷い込んできた妖精のように美しくて、その所作までも美しく、汚れを知らない箱入りのお嬢様のように見えた。
そんな彼女へ、親しげに声をかけてきた男がいた。
「よっ!瑠璃!」
瑠璃は今までのにこやかな表情とは打って変わってジト目でその男の方を見た。
「なんだ、勇気か・・・・・・」
「なんだはないだろ瑠璃!俺らは幼馴染なんだからさ!」
幼馴染を名乗るその男、勇気はそう言って笑った。そしてグッと顔を近づけると瑠璃の顔をマジマジと見た。
「しっかしお前、マジで可愛くなったよなー・・・・・・」
「なっ・・・・・・ちょ、近い近いそんな顔近づけないで!」
瑠璃は照れて赤くなりながら、勇気を押しやる。
「おお、ごめんごめん。そっか、お前今はそうなんだもんな。すまんすまん」
「そうだよ、今はそうなってるんだから、そんなに顔近づけない・・・・・・というか、そんな簡単に可愛いとかも言わない!」
「なんで?」
「なんでも!」
「じゃあおっぱい揉ませてくんない?」
「─────ばかか!!」
と、瑠璃は勇気とそんなやり取りをしていたらやがて学校に着いた。学校で2人は別れて勇気は教室へ、瑠璃は女子トイレへと行った。
そして、誰もいない女子トイレにて。
「・・・・・・乙女か!!」
瑠璃はそう叫んだ。
「顔近づけられて照れるとか女子か!!可愛いって言われて照れるとか女子かよ!!」
だんだん思考が体に引っ張られてきている。瑠璃は頭を抱えた。
「・・・・・・おっぱい揉ませてくんない?とかも前までは俺が女の子に言ってたことだったのになー・・・・・・今はセクハラを受ける側に・・・・・・」
瑠璃はそう言って嘆息した。
「まさか、この俺が女子になって学校に通うことになるなんてな・・・・・・夢にも思わなかったよ・・・・・・」
緑瑠璃、彼、そう彼の元々の性別は女子ではない。今は完全に女子にしか見えないが、実は瑠璃は男、生粋の男だったのだ。
その彼がなぜ女子になってこうして高校に通う羽目になってしまったのか。話は半年前、高校入学前の春休みにまで遡る────
◇
「もう女の子になりなよ、あんた」
「は?」
しこたま女の子をナンパして、瑠璃が家に帰ってきた時、仁王立ちしていた姉に開口一番そんなことを言われた。
瑠璃は唐突な姉のこの言葉に、目を丸くしてこう問いかけた。
「大丈夫か?姉貴。病院行くか?」
「残念ながら、私の頭は確かだから病院にいく必要はないわ。あんたの頭よりも確かなくらいよ」
「はー、うっせうっせ。わりいけど俺は姉貴のくだらねえ冗談なんかに付き合ってる暇はないんだ。どいてくれ、通れないだろ」
「・・・・・・ひじょーに残念だけど、私の言っていることは冗談でもなんでもないの」
「は?」
瑠璃の姉は冗談ではなさそうなガチなタイプの注射器を取り出した。ピンク色の液体が入っている。
「この注射器の中にある性転換薬。これを注射すれば瑠璃は女の子になる」
「は!?ガチで!?なになになになに!?何!?なんなの!?」
「あんたみたいなナンパ野郎はねえ・・・・・・女子にして女子の気持ちをわからせる必要があんのよ!!」
「わけわからんわけわからん!!」
「いいからさっさとメスになれ─────ッ!!」
「いやだ─────ッ!!」
◇
・・・・・・というわけで瑠璃は女の子になったのである。まあ、どういうわけだ?という気がしなくもないが、そこら辺のところはあんまり深く考えなくていいだろう。とにかく女の子になったのである。
当の本人である姉からは、これからは今までとは違って品行方正に暮らせ。そうしなければ男には戻さないと言われてしまったのである。
そう言われてはちゃんとするしかない。ということで瑠璃はこうして優等生として高校に通っているのである。ただ、全く誰もそういった事情を知らないというのは不便だろうということで、偶然同じ高校に入っていた幼馴染の勇気にだけは事情を話してもしもの時には色々と便宜を図ってもらうことにした、というわけである。
と、まあこういうことなわけなのだが・・・・・・
(しっかりしろ、俺!優等生女子を演じてるうちに心まで優等生女子に染まってきてるぞ!気を強く持て!気を強く!)
そんなわけで、よし!と傍目には男らしさのかけらも無いくらい大変可愛らしく気合いを入れ直し、トイレから出て教室へと向かった。
教室の扉を開けると、にこやかな笑顔でクラスメイトのみんなに挨拶した。
「みなさん、おはようございます」
その様は、完全に清楚なお嬢様といった感じである。
もっと男らしさを保たなければと思うものの、やっぱり表立ってはこの清楚の仮面を被らなければ、そもそも男に戻してすらもらえなくなる。
(なんとかして、仮面を被りつつも男らしさを保つ工夫をしなければ・・・・・・)
瑠璃はにこやかに挨拶をしながら、そんなことを考えていた。瑠璃のそんな思いは露知らず、クラスメイトの男子は瑠璃の姿を見て騒ぐ。
「ああ、緑さん、今日も綺麗だ・・・・・・」
「ふっ、今日もこの麗しき姿を見れたことに、感謝せねばな・・・・・・」
(くそっ、前までは俺もあの騒いでる奴らの中にいたのに・・・・・・)
騒いでる男どものことをちょっと羨ましげに見ながらも、自分の席へと向かった。
・・・・・・
さて、朝のホームルームも終わって、みな一旦は緩み、ガヤガヤとし出した。みんな授業の準備や、忘れてた宿題を必死にやったりとか、それぞれが様々なことをしていた。
その中で、ホームルーム前に集めていた、数学の宿題のノートを職員室まで運ぼうとしていた女子がいた。
その女子の名は赤川明。明るいオレンジのショートカットの髪をした元気で活発な女の子で、瑠璃と並んでクラスメイトや他のクラスの男子に人気のある女子である。
その女の子が重そうなノートの束を運ぼうとしている。そんなのクラスの男子が放っておくはずはない。下心混じりの男子たちが、明に近づいてきた。
「赤川さん、そ、そのノート重そうだね?僕が手伝ってあげようか?」
「お前はすっこんでろ!赤川さん、俺がノート運んであげるよ!全部!」
「俺のほうが力持ちだよ、赤川さん!俺を選んでくれよ!」
明はそんな男どもをやんわりと断る。
「みんなありがとう!でもごめんね。これは私の仕事だからさ」
「で、でも赤川さん────」
やんわりと断るが、クラスメイトの男子はなおも食い下がっていく。明も笑顔は崩さないものの、少し迷惑そうにしていた。
瑠璃はそれを見て、まだそこそこ残っているチャラ男の血が疼いた。
(おっ!あいつらやるな。俺も負けてられないな、よーし)
瑠璃は明へ声をかけた。
「なら、私がお手伝いしましょうか?」
明は一瞬目を丸くしたが、にこっと笑ってこう言った。
「そうだね、じゃあお願いしようかな」
「・・・・・・え?」
「?どうしたの?緑さん」
「あ、ああいや何でもないです・・・・・・」
(そういやあ、今の俺は女子だったな・・・・・・)
瑠璃は下心混じりでこんなふうに、ノートとかプリントとかを運ぶ女子に対して手伝ってあげようかと声をかけることが何度もあった。しかし、当然のことながら断られ続けてきたので、今回も無意識に、断られるものだと思い込んでしまっていたのである。
(いつもはやんわり断られるか、普通に断られるか、強めに断られるかの3択だったもんな・・・・・・恐るべし、女の子フェイス・・・・・・)
「・・・・・ありがとね、緑さん。私が困ってるのを見て助けてくれたんでしょ?」
「い、いえ、そんな・・・・・・偶然ですよ」
(しかもいい方に解釈された・・・・・・何つーかすごく違和感があって戸惑うな・・・・・・・)
そんな内情は露知らず、今まで声をかけていた男子どもは、
「緑さんと赤川さんのツーショットが見れるなんて・・・・・・俺今日死んでもいいわ」
「俺ら、むしろ断られて良かったんじゃね?」
「それな」
とかいうやり取りをしていた。幸せな奴らである。
さて、そういうことで明を手伝うことになった瑠璃だが、この機会に少しでも男を上げようと思って、
「じゃあ、私が3分の1ほどを運びますから、赤川さんは残りを運んでください」
とそんなことを言い出した。
「え、大丈夫なの?緑さん。けっこう重いと思うんだけど・・・・・・」
「大丈夫ですよ!私、こう見えて力持ちなんです!」
(男だった時はもっと重い物なんか運んでたわけだし、いくら女子になったって言っても平気だろう・・・・・・)
と、瑠璃はノートの束を持ち上げたのだが・・・・・・
(あれ、これ、けっこう重いな・・・・・・いやけっこうどころか相当重くないか?これ・・・・・・)
「・・・・・・あの、本当に大丈夫なの?」
「だい、丈夫、大丈夫!これくらい、どうってことは────」
しかし、瑠璃は重さに気を取られすぎていた。
気づいた時にはもう遅く、瑠璃はドアの下のレールにつまずいてしまっていた。
宙を舞うノートと、前へつんのめっていく体。
(え、やば────)
顔面への衝撃を予想して瑠璃が目を瞑ったその時。
ふわっと。
優しく転びかけた瑠璃のお腹を、片手で受け止めてくれた者がいた。
「全くしょうがねーな、瑠璃は。あぶねーぞ?」
勇気だった。勇気が、転びそうになった瑠璃のことを受け止めてくれたのだった。
「ほれ」
勇気は瑠璃をちゃんと立たせると、散らばったノートを拾ってくれ、運ぶのを手伝ってくれたのだった。
「あ、ありがとう、ごめん・・・・・・」
「何、いいってことよ。俺とお前の仲じゃねえか」
瑠璃はぽーっとした感じで勇気のことを見ていたが、やがてハッとした表情で、
(────って恋する乙女の反応かよ!!)
と自分で自分に突っ込むと、また男らしさが一段階下がった、と呻くのだった。
そして。
「ね、ね、緑さんって勇気くんが好きなの?」
「なっ・・・・・なっ・・・・・」
その様子を見ていた明にそんなふうに聞かれる羽目になるのであった。