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ほっこり食堂  作者: sqwin9
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EP02【冬五郎の夢と春光】

 冬五郎は春光のことを考えていた。

中国からの土産として金色の招き猫を置いて行った春光は、日本にいてものんびり過ごすということはなく、軽いバイトや用事を済ませるために忙しく過ごし、ここ3日連絡がなかった。少しまたほっそりとした春光の背を、冬五郎は心配している。


 長男の春光は兄弟の中で一番父親のことを慕い、卒業文集にも冬五郎のようなシェフになると書いたり、一番尊敬する人物は父だと公言する子だった。子供達への想いもあって開業したが、シェフからの食堂開店という環境変化は思ったよりも思春期の春光に影響した。商店街の看板となる場所といえども、食堂は食堂だ。見栄えも店の雰囲気も、あの豪奢なホテルとは違う。春光の複雑だったであろう心情をなぞりつつ、冬五郎は自身の経緯を重ねた。

冬五郎にとってシェフという立場は、確かにやりがいのある目標としていたポジションではあったが、多忙な日々、家庭を省みる余裕などくれなかった。それでも年3回、冬五郎はなんとか休暇をとり、子供達の誕生日には自宅で天津飯を作ってやったりした。豪華な食材、特別な食器、なかなか一緒に過ごせないという申し訳なさもあり、冬五郎はまるでホテルで食しているかのような準備を整えて、子供達へ、自身も大好きな天津飯を食べさせたのだった。

その時の、あの、春光の瞳の輝き。

特に春光は長男ゆえか、父への思慕からか、冬五郎が作る料理を世界一だと賛辞し、手放しに純粋に冬五郎の料理を楽しんでくれた。他の兄弟とは違ってはしゃぐのではなく料理と向き合い時間をかけ、瞳を輝かせて食べた。それは、まるで金色に光る天津飯のあんがそのまま春光の瞳に映っているようだった。

だが、食堂を開いてからは、冬五郎のこだわりでもある地元の商店街で手に入る食材を使い、残り物をださないことを目指していたため具材は質素になった。冬五郎からすれば、それはそれで、年に3回などではなく毎日料理を作ってやれる、子供達の姿を見ながら作ってやれる、夢見ていた通りで満足だった。それは自身の幼い頃の姿を思い起こさせる懐かしさもあって、まさに冬五郎の夢そのものを叶えた幸福感といえた。だが、長男の春光には違ったようだ。

 平成10年、来年には春光は中学を卒業する。

次男夏樹はやっと小学校を卒業、三男秋実は小学3年生、二人は楽しそうに騒がしく食べるのに、春光のスプーンだけはゆっくり動く。15歳になる男の子、食べ盛りだ。

「あら、春ちゃんおなかでも痛いの?」

母千春が尋ねる。

「ううん、なんか、味が違うなって」

「そう?」

春光はさも残念そうに言う。

「だって、色だって違うでしょ? ほら、こんなんじゃなかったよ、もっとおしそうだった。もっと光ってて、すっごいきれいだった。いろんな色があったよ、ね」

春光の語気は徐々に強くなる、感情がそのまま言葉に移ったように。

春光の言葉に千春は、冬五郎のことが気になりふとキッチンへ目をやった。

「気に食わんなら食わなきゃいいさ。金太郎さんちで弁当でも買ってきな」

冬五郎は静かにそう言った。

「俺、帰って宿題するね」

春光は冬五郎の言葉にはなにも答えず店を出ていった。

「にぃちゃんワガママだよね! 食えりゃいいじゃんか。オヤジぃおかわりぃ、あ、にぃちゃんのもらおうっと!」

「夏にぃ僕もぉ」

夏樹も秋実も兄のことは気にならない様子、

「あらあら、取り合わなくてもいいわよ。お父さん、もう1つ作ってくれる?」

千春は弾んだ声でキッチンへ向かって声をかける。

夫冬五郎の夢も叶い、妻千春は幸せだった。

シェフ時代にはろくな会話もできず、夫は多くを語らない性格だったので心配でならなかったのだ。確かに経験のない食堂の経営は千春にとっても大変な苦労だったが、家族がこうしてより多くの時間を共に過ごせることが嬉しかった。夫の夢でもあったこの食堂、千春は、夫の姿、笑顔で働く姿を見れることが嬉しく安らいだのだ。そして、いつかは巣立っていく息子達のことを思うと、なおさらのことこの時間が愛おしく、千春にとってもまさに幸福といえた。だが、肝心の、誰よりも父を慕っていたはずの春光のこの様子。対する冬五郎の気持ちを思うと千春の満面だったの笑みも陰る。冬五郎の返事はないまま、妻千春の声が届かないのか、キッチンは静かなままだからだ。

冬五郎は千春の声に返答するのを忘れてしまっている。春光とのこうしたやり取りが続いていたせいで、さすがに考えさせられていた。食堂を開店したことで、まさか自分のことを一番慕っていた春光の気持ちが沈んでしまうとは。だが、今なにか行動しようとする思考は働かなかった。まだ15歳、春光はまだ子供だ、そう思っていたからだった。


「あなた、春ちゃんから電話です」

千春の声に冬五郎は返事もせずに電話を受け取った。

記憶の残像をゆっくりと、目を閉じてしまい込む。

雑音に紛れた春光の声が聞き取りづらい、冬五郎は自身が立ち上がり店先へ移動する。千春はその様子を黙って見守った。扉の開け放たれている店先では余計に、春光の声が聞き取りづらいだろうにと思いながら。

冬五郎はいつものようにまっすぐと、背筋を伸ばし空を仰ぎ、声を張って春光と話している。

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