9 ポン太郎と化け狸試験
学校の授業が終わり、ランドセルを家に置き、ぼくはそこら辺を歩っていた。
「ぼくの名前はポン太郎!月光町のポン太郎!おむすび大好きポン太郎!」
上機嫌に歩きながらぼくは歌う。
上機嫌に歩きながら歌う理由は暇だったから。
家にいてもつまらないので、ぼくは何か楽しいことを探して近所を歩く。
そんな時だった。
ドロン!モクモクモク・・・・・・・
道端の真ん中でいきなり白い煙が上がった。
「わぁ!」
ぼくはびっくりして思わず声を上げた。
白い煙の中から男が出てきた。
男は怪しい男だった。黄色いシルクハットに手品師が着るような黄色いスーツ、ついでに傘の取っ手みたいな杖を持っていた。
「はーい、君が山野ポン太郎君で合ってるかな?」
「はい!そうです。ぼくはポン太郎といいます!」
と条件反射で軽く手を上げながら頷いた、けれどその瞬間お母さんの『怪しい人には着いていってはいけません』という言葉が頭をよぎり。
「やっぱり違います。ぼくはポン太郎ではありません。道だったら交番に聞いてください。交番はあっちにありますので、さようなら」
とぼくは小走りで黄色い男から離れた。
「あ!ちょっ!待っ!」
何と黄色い男はぼくに着いてきた。え、何でぼくに着いてくるの?ものすごく怖いんだけど。
ぼくはたまたま防犯ブザーを持っていて、防犯ブザーの紐を引っ張ろうとしたら、黄色い男はさらに慌てだした。
「え、嘘、ちょ、待って!ごめん、私は化け狸協会の者なんだ!だから、三分だけでも話しを聞いて欲しい!?」
「化け狸協会?」
化け狸協会とはぼくたち化け狸をまとめる組織である。
ちなみに、ぼくの仙太郎じいさんは化け狸協会の名誉理事をやっている。
「化け狸協会の人がぼくに何の用ですか?難しい話しだったらお父さんかお母さんにして欲しいな」
「難しい話しではないけど、まずは私の自己紹介をしよう。私は化け狸協会・化け狸試験の試験官の林野寒三郎という。今日、君に会いに来たのは抜き打ちで化け狸試験を行うからだ」
「え、何で?何で試験をやるの?ぼくは試験の申込なんてやってないよ?」
「順を追って説明しよう。化け狸試験は個人の申込によって年に三回行われ一級から百級までの階級があり、階級が高いほど化け狸としての力があるとされている。けれど、近年の化け狸は『試験を受けなくても社会生活を送ることができる』と言い訳し試験を受けにこない。それにともない、化け狸の力も衰える。そこで協会が『化け狸の力を高めるため』と打ち出したのが、化け狸・抜き打ち試験なのだよ。だから、山野ポン太郎君。これから試験だ」
「えぇ!いきなり!ていうかぼく仙太郎じいさんから抜き打ち試験うんぬんの話し、何も聞いてないよ!」
話しすることが大好きな仙太郎じいさんが、化け狸協会で決定したことを話さないはずがない。
「昨日決まったことだからね」
「昨日!?」
「仙太郎さんが『身内を使うといいよ』といっていたので、ポン太郎君を第一回抜き打ち試験者に選ばれた。もちろん君以外にも抜き打ち試験者はいる」
「え~」
そんなこんなで、ぼくは化け狸・抜き打ち試験をやることになった。
林野寒三郎は顔を引き締めた。
「これより、山野ポン太郎―八級試験を行う。試験内容は今から二時間以内に誰かを化かすこと。化かすことの注意点は、危険行為をしないこと。つまり、化かすことに夢中になり誰かをケガさせないこと。よーい、始め!」
「はぁ、誰かを化かさなくちゃ・・・・・・」
ぼくはイマイチやる気が起きなかった。
気が付くと、さっきまでいた試験官・寒三郎の姿が消えていた。
きっとどこかでぼくのことを見ているのに違いない。
「別に抜き打ち試験をしなくても、次の試験を受けるつもりだったんだけどなぁ・・・・・やる気もでないし、次の試験で頑張ろうかな・・・・・」
と呟いたところ、
《言い忘れていたけど、この試験に落ちたら次の夏休みにぽんぽこ山で一週間の修行することになっている。修行内容は地蔵に化けて十二時間動かないー等々》
姿はないがどこからともなく寒三郎の声が聞こえてきた。
「ぽんぽこ山で一週間!しかも十二時間も動いちゃダメって・・・やる気ないけど試験頑張るしかないかぁ・・・・・」
ぼくは試験のために誰かを化かすことにした。
子供であまり化けるのが得意ではないぼくはお気に入りの葉っぱを頭にのせ、
ドロン!モクモクモク・・・・・・・・
赤いカラーコーンに化けた。
作戦はこうだ。
通りすがりの人に赤いカラーコーンに化けたぼくが『ねぇ』と声を掛けて振り向かせて、通りすがりの人が『あれ?誰もいない。空耳かな?』と化かすのだ。
我ながらに良い作戦だと思った。
ぼくはただ赤いカラーコーンになりきって待てばいいのだから。
試験開始から十分経過。誰も来ない
十五分経過。誰も来ない。
二十五分経過。誰も来ない。
三十分経過。やっと来た!!
やって来たのは鼻歌を歌っている幼馴染のミミだ。よし、ミミを化かそう。
ぼくの計算通り、ミミはカラーコーンであるぼくに近づいてきている。
「ポン太郎、あんた何やってんの」
「ナンノコトデショウ」
ミミはぼくの正体をいとも簡単に見破った。
「カラーコーンにタヌキの耳としっぽが生えてるよ。そんな間抜けたタヌキはここら辺じゃあんたしかいないでしょ」
ぼくはスススッと耳としっぽをひっこめた。
「で、あんた何やってんの」
「・・・・・・化け狸試験の真っ最中デス。誰かを化かさないといけないのデス」
「ふ~ん。で、カラーコーンに化けていたんだ。でも、ここで誰かを待っても誰もこないよ」
「ナンデ」
「ここら辺空き家ばっかりだし、さっきあっちで水道管が破裂したって大人たちがいってたよ。だから通行止めになるから誰もこないよ。私は猫の姿になって屋根を伝ってきちゃったけど」
ぼくはドロンと音をたてて、いつもの人間の姿になった。
作戦変更だ。
ミミが試験頑張れば~といっていた。
作戦その二―通りすがりの人に、道を間違いさせる。
ぼくは頑張れば霧を出すことができる。
だから、霧を頑張って出して通りすがりの人に道を一本間違いさせる。
「ふん!んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!」
手から霧を出した。
霧は段々と濃くなっていく。辺り一面が霧のせいで薄暗くなっていく。
こんなにいっぱい霧を出したのは初めてだ。額から汗が流れる。
「ハァハァハァ。これだけ霧を出せば、道を間違いさせることができるぞ」
その時だった。
ビュー
突風が吹いた。霧が晴れてしまった。
西の空にある太陽がきれいだった。
「霧が・・・・・・」
作戦は失敗。気力の限界があり、もう一度霧を作り出す気にはなれなかった。
残り時間はあと一時間。
どうしようなか?悩んでいる最中にクラスメイトのハカセが道でしゃがみこんでいた。
何をやっているのかな、と思ったら顔は知っているけど名前を知らない猫と犬の化け者のブラッシングをしていた。
その光景を見て、ぼくはピーンときた。
作戦その三―猫に化けてニャーンといってハカセに近づいて、ハカセに猫としてブラッシングをさせて
終わったら、ぼくはタヌキでした、とハカセを化かすという作戦だ。
きっとこれなら上手くいく。
ぼくは早速猫に化けた。
茶色の猫だ。ぼくは猫になりきってニャーンといいながらハカセに近づく。
するとハカセは、
「君もブラッシングしてほしいのですか、ポン太郎」
「何で分かったの!」
ぼくは猫の姿でしゃべった。
「だって耳としっぽは猫ですが、それ以外がタヌキですよ。この辺りでそんな間抜けなタヌキはポン太郎しかいません」
「うぅ、間抜けなタヌキだってミミにも同じこといわれた」
「でも、姿はタヌキで耳としっぽは猫なんて滅多に見れるものではありません。もっとよく見せてください」
「わぁ!やめてくすぐったい!」
ハカセはぼくの身体を隅から隅まで観察しだした。
さらに、高級ブラシを使いぼくをブラッシングし始めた。
それがとても気持ちよくて、ぼくはグラッシングされながらウトウトしてしまった。
ハカセのブラッシングが終わったときには、試験の残り時間が四十分しかなかった。
ぼくは心の底から焦った。
これに落ちればぼくの夏休みは修行の夏休みになってしまう。
それだけは避けたい。
作戦その四―公園で頑張って遊具になって小さい子と遊び、スキを見て『あれ?無くなってる、何で?』と首を傾げさせる。
これは一か八かの作戦だった。この作戦は公園に小さい子がいないと作戦が成り立たない。
ぼくは公園に向かった。走って公園に向かった。
公園に小さい子は―いなかった。ぼくには運がなかった。
代わりにいたのは、クラスメイトの太と猿川と顔は見たことあるけど名前を知らない同じ小学校に通っている生徒数名がいた。
太たちはドッチボールをしていた。
「おうポン太郎!丁度よかった。ドッチボールしようぜ!」
「悪いけど、ぼく今用事があって」
「そう固いこというなよ。十分だけ、な、な!」
「でもー」
猿川がいった。
「ついさっきポン太郎を倒すためのフォーメーションが完成したんだ!明日の昼休みにポン太郎を倒す予定だったけど、予定が早まっただけだ!覚悟しろ!ポン太郎!」
「今急いでいるんだけど・・・・・」
その時、ボールがぼくに向かって飛んできた。
当然ぼくは避けた。
太がボールを投げたのだ。
これが開戦の合図だ。
適当にチーム分けされたが、恐らく誰がどのチームに入っても問題ないのだろう、ぼくのチームのメンバーはやる気に満ちていて動きがとてもよかった。太と猿川のチームを倒す気満々だ。
ぼくは少し本気を出した。
さっさとドッチボールを終わさないと化け狸試験が終わって、何も化かせずに落ちてしまう。
猿川が叫んだ。
「ポン太郎以外のメンバーが強いぞ!フォーメーションAプラスだ!」
すると猿川と太のチームは陣形を変えて、剛速球を投げぼくのチームにボールを取らせなかった。
ぼくは剛速球でも取れそうなボールを取りまくり、猿川と太にボールを当てて、ぼくのチームは勝った。
そして、猿川と太は同時に
『もう一回だ!』
ぼくはもう一回ドッチボールをすることになった。
次は思いがけず、ぼくの陣地にぼく一人だけになってしまった。
猿川は叫んだ。
「ポン太郎特別ルール!ボールを三つに増やす。そして、フォーメーションX!」
ぼくはボールを避ける、避ける。
太がいった。
「これじゃポン太郎に勝てないぞ!ボールをさらに二つに増やして、フォーメーションQだ」
ぼくは五つのボールの嵐を潜り抜ける。
ボールを当てられたぼくのチームメイトがこう囁いているのを聞いた。
「すげぇ、ポン太郎五人に分身してやがる」
「なんで陣地に広がって五人に分身できるわけ?」
「とても人間ができる動きじゃねぇー。あ、ポン太郎はタヌキか・・・・」
決着は着いた。
勝者・ポン太郎。
ぼくはさりげなくボールをキャッチして、さりげなく相手チームに当てた。
それを繰り返していたら、いつの間にか勝ってしまった。
猿川と太はうなだれていた。
「くそ、今回はポン太郎にボールを当てられると思ったのに!」
「なんでだよ!ポン太郎は何者なんだよ!」
「ぼくはただのタヌキだよ」
とぼくはさりげなくツッコミを入れる。
《試験終了》
林野寒三郎の声が響いた。
「あ!」
その声を聞いて思い出した。
ぼくは化け狸試験の真っ最中だった。
ぼくはまだ何も化かしていない。
ドロン!モクモクモク・・・・・・・・
白い煙が突如現れ、中からやはり林野寒三郎が出てきた。
「山野ポン太郎、試験結果を発表する」
ぼくは涙目になった。これで決まった。
ぼくの夏休みは一週間といえど、修行の夏休みになる。
「山野ポン太郎―八級試験――――合格だ」
「へ?」
ぼくは目を丸くした。
「何で?ぼく、何も化かしてないよ?」
寒三郎はニヤっとした。
「それが化かしたんだなぁ」
「いつ、どこで?」
「この公園で、君がドッチボールをしている最中に」
「?????」
フフフっと寒三郎は笑った。
「ドッチボールで分身をやってみせただろ。あれで、合格だ」
「あれはボールをかわすためにやっただけであって・・・・」
「分身を使ったことにより、相手を翻弄し困惑させた。これも立派な化かしだ!だから、合格だ」
「合格・・・・・やったー!!!」
ぼくは運よく化け狸試験八級に合格することができた。
これは家族に報告しなければならない。ご褒美におむすび作ってくれるかな?
と考えていると、怖い者知らずの太がいかにも怪しい黄色いスーツの男・林野寒三郎をツンツンとしていた。
「おじさん手品師?何か見せてよ。ハトとか出してみてよ」
「んー?私はまだおじさんと呼ばれる歳でもないし、手品師でもないぞ?でも、何かは見せてあげよう。ん~~~~はぁーーーー!!!!!」
林野寒三郎は気合を込めたあと、両手を空に突き出した。
すると、公園の空に花火が打ち上がる。
パンパンと花火が打ち上がる音が鳴り響き、瞬きをすると公園が夏の夜のお祭り状態になっていた。
公園を囲むように『祭』と書かれた提灯が下げられ、無数の夜店が開かれていた。そこにはないはずなのに、焼きそばや焼きイカの香りが漂いお囃子の音が聞こえる。
宙を光の塊でできた赤い金魚が泳いでいて、とても幻想的だった。
けれど、それはほんの一瞬の出来事であった。
瞬きをすると、ここは普通の公園だった。
林野寒三郎は消えていた。
ぼくたちは顔を見合わせた。
「すっげー!オレ初めてタヌキに化かされた!」
「すごかった!とにかくすごかった!すごいとしか表現できない!」
「タヌキってあんなすごいことできるのか!?ポン太郎も大人になればあのすごいことできるのか!?」
その問いかけにぼくは答えた。
「あれは一部の化け狸しかできないよ。ぼくもあそこまですごいのは仙太郎じいさんぐらいしか知らないよ。でも――すごかった・・・・・・」
ぼくもあれぐらいなりたいけど、残念ながら化け狸の妖術は苦手である。
でも林野寒三郎の化かしはすごかった。とてもすごかった。
だからぼくは苦手でも化け狸の妖術をちょこっと頑張ろうと思った。
気が付けば太陽が完全に沈んでいた。
「やべ!門限過ぎてる!早く帰らないとママに怒られる!」
と太が駆け足で公園から出ていったのを筆頭に、他の子供たちが一斉に帰り始めた。
「じゃあポン太郎、また明日な!」
「うん、またね」
猿川が家に帰っていった。
ぼくもトコトコと歩いて家に帰った。その帰り道はウキウキだった。
「帰ったら化け狸試験合格したことをお母さんに伝えて、ご褒美におむすびを作ってもらおう!」
家の玄関の扉ガチャリ。
「ただいまーねぇお母さん、」
「ポンちゃん今何時だと思ってるの!?」
「こちら林野寒三郎です。えぇ、今山野ポン太郎の試験を終えました。もちろん合格です。噂に聞いていましたが、素晴らしいです。敵の攻撃をかわすあの身のこなし。分身を使い敵を翻弄させる技。まだ小学三年生なのにあれはすごいです。さすが仙太郎様の血縁者と思いました。将来的には私と同じ特殊部隊に引き込みたいですね」