ポン太郎が知らない話し 常闇の青空市場 その③
オカルト注意
ここは『キララの泉公園』で開催されている常闇の青空市場。
色々な人が参加し、色々な品物が売り買いされるお買い物祭りである。
参加している人は例えば幽霊からとても怪しい人まで、品物に関しては偽物から本物まで売られている。
けれど常闇の青空市場のコンセプトは、お買い物を楽しむ、ことであり大きなトラブルはあまりない。
そんなこんなで、とあるお店から悲鳴が聞こえた。
「ヒ、ヒィ―――!」
頭にタオルを巻いた若い男が腰を抜かしていた。
若い男はこの度常闇の青空市場で父親と一緒に露店を出していた。
「急にどうした?」
父親は顔を上げた。厳つい顔をした男だった。
父親は出店するために並べたテーブルの上に品物を出している最中だった。
品物はお札やお守り、数珠や錫杖といったものだった。
「親父・・・・・あれ・・・・・・」
若い男―――息子が指をさした先には、安い錫杖が傘売り場のように売られている。
しかし――――
「そんな・・・・・まさか・・・・・・」
父親が息を飲んだ。
安い錫杖の中に、なぜだか黄色い傘が混じっていたのだ。それも小学生が使うような。
息子が言った。
「え、じゃあどうしよう。朝ちゃんとやったのに」
それに父親は答えた。
「どうするもこうするも、俺が傘を持って寺に行って、鎮めるしないべぇ。そうするしかない」
「でもよぉ、でも、それじゃあ親父が・・・・・・」
息子は半泣きになっていた。
「何事もないことを祈るしかない」
父親は覚悟を決めた。
その時だった。
「すみません。その黄色い傘を下さい」
早速だが客が来た。それに父親は、
「悪いがこの傘は売り物じゃねぇ。それに申し訳ないが、訳あって店はもう閉め―――」
父親は言葉を止めた。客は黒いフードにお面を付けた、いかにも怪しい人間だった。声は高くもなく低くもなく、男か女か判別ができない。年齢も推測することもできないが、おそらく老人ではない。
「えぇ、分かっています。だからこそ、欲しい」
「分かって欲しいと言ってるんだったら、あんた頭狂ってるんじゃねーのか」
「えぇ、分かっています。私は普通と違うので、だから欲しい。言い値でその傘を買いますよ。でもまぁ、もし億のお金を要求するのであれば、分割で勘弁して下さい」
父親は顎を撫でながら、そこまで言うのであれば、という顔をした。
「分かった。だが聞いてくれ、この傘は正真正銘『呪いの傘』なんだ」
「でしょうね、一目見た時から気に入りました。この禍々しさが背筋をゾワゾワさせて堪らない」
父親はその言葉を無視して続けた。
「『呪いの傘』だから持ち主に不幸をもたらす。最悪死に至らしめる」
「呪われた物って大体そうでしょう」
「一週間毎日、足の小指をぶつけたことがあるんだぞ!」
「それは嫌ですね」
「俺の前の持ち主は、傘に魅了されて傘とおままごとをやり始めたと聞いたことがある」
「それはなかなかのものですねぇ」
「あんた変態だな。俺が言いてぇのは、あんたに傘をくれてやっても、あとのこと何か知らねぇよ、って言ってんだ。それに、傘があんたを持ち主と認めなければ、殺してまで俺のもとに戻ってきちまう。俺はあんたを殺したくねぇ」
怪しい人間はフフフと笑った。
「ご心配なく。私は、呪物コレクターをやっておりまして、あなたの傘のような呪いの一品を集めています。その手の専門家なのでご安心を。あなたも、本心では一刻も早く手放したいのでは?」
それに、父親は一瞬戸惑ってから頷いた。
「あぁ、そうだ。でも、どうやったって手放すことができなかった。もちろん、火で燃やそうとしたが結局はダメだった」
「そうですか、でも私はプロですからご安心を」
「そこまで言うなら、この傘をあんたに無償でやろう。けど、さっきも言ったように――――」
「あとのことは何も知らない。いいでしょう、元より私は億のお金を出すつもりで、その黄色い傘が欲しい。ですが折角ですから、その傘をどういった経路で入手したのか、お話し願いたい」
それに父親は顎を撫でながら、考えるように首を傾げ、話し始めた。
父親と怪しい人間のやり取りをずっと黙って聞いていた息子は、取りあえず、父親と怪しい人間に椅子に座るように促し、お茶を出した。
三十年ほど昔のことだ。
息子も生まれていない時に、一人の女性が俺の店にやって来た。
「この傘はどこかおかしいんです。助けて下さい」ってね。
話しを聞くと、近所のコンビニの傘立てにずっと置きっぱなしになってた傘で、いつも気にも留めてないのに、ある日急にその傘が欲しくなって、家に持ち帰ってしまった。
だが、それが不幸の始まりだった。
命までは取られることはなかったが、毎週のように事故に合うようになった。
その女性には旦那と子供がいて、旦那は傘とおままごとをするようになり、子供はいつも動物のような行動をするようになった。
最終的に、全く知らない人間に恨まれて包丁で刺される寸前までいってしまった。
女性も途中で傘を得てからおかしいと思って手放そうとしたが、全部ダメだった。
ゴミに出しても、遠い場所に置いたまま家に帰ってもダメ。火で燃やそうとしても焦げ目すらつかない。で、俺の店に来たわけよ。
俺の店は古くから続くお札やお守り、数珠や錫杖を売ってるそういう店で、そういう繋がりもある。だから、女性は俺に店にやってきた。
当時は俺の親父――先代店主が対応した。その黄色い傘は、こう特別気になるところはなく本当に普通の傘で、でも、一応札を貼って様子を見ることにした。が、すぐにヤバイ傘だと分かった。先代店主が一週間毎日足の小指をぶつけた。
そして傘に貼った札がドロドロに溶け始めていた。
すぐに、そういう知り合いの中で一番強い近所の寺の僧侶を呼び、傘を倉の中に封印したが無駄だった。
傘を封印した倉から霧が発生し、街を包み込み、長い長い雨をもたらせた。さらに、街全体に謎の病が広がり、夜にはがしゃどくろが練り歩くようになった。
あの時は、そういう知り合い片っ端から協力依頼して何とか鎮めた。
いや、鎮めたというよりも、眠っていただいた、という言い方のほうが正しいのかもしれん。
それから俺らは毎日傘をお祀りし、目を覚まさぬように、祈っているわけだ。
まぁ、俺だって怖いから何度も手放してるが、結局は戻ってきちまう。
それでだ、なぜ黄色い傘が、そのような傘になってしまったのかわ・・・・・分からん。
この傘について、そういう能力ある人間何人かに視てもらったが、みんな口を揃えてこういうんだ。
分からない。唯一分かることは、生産者は一般の人で、生産されている途中では市販の傘だったけれど、完成した途端にそういうものになってしまった、と。
例えば、星の位置や地脈、風水や誰かのくしゃみ、地球の裏側でボールを蹴った少年のおやつがジャガイモだったとか、色々なものが重なりに重なった結果、とんでもない『呪いの傘』になってしまった、とかそういうレベルの話しであり、本当のところは分からない。
この話しを聞いて、あんたは本当に『呪いの傘』が欲しいのかい。出先にまで現れるのは今までになかった、もしかしたら目覚めてしまったのかもしれない。
「えぇ、欲しいです」
怪しい人間はお面を被っていて表情は分からないが、ニコリと笑ったような気がした。
父親は怪しい人間に呪いの傘を渡そうとすると―――
「あ、あぁ、ちょっと待って下さい・・・・・ちょっと、その、急にお腹の調子が・・・・・トイレに
行ってきます!絶対に呪いの傘譲って下さいね!絶対ですからね!」
怪しい人間はトイレの方向に足をガックンガックンさせながら歩いて行った。
その十分後。
怪しい男が戻って来た。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。早速ですが傘を・・・・・・」
声がやつれていた。
「分かった」
父親は傘を渡そうとするが・・・・・
「おい、傘知らねーか?」
息子に聞いた。
「俺触ってねーぞ」
父親と息子、ついでに怪しい人間三人で黄色い傘を探したが、見つからない。
息子が、
「もしかして、盗まれた、とか?」
と言ったが、父親はうーんと唸った。
「もしかして、新しい持ち主が見つかったので、そっちに行ったとか?」
と怪しい人間が言った。
「でも、また俺のところに戻ってくる可能性があるからなぁ・・・・」
と父親が渋い顔をすると、怪しい人間が残念そうな声を出して、
「一目ぼれした呪いの傘が手に入らないのは残念です。ですが、もし戻って来た場合、私に連絡して下さい。やっぱり欲しいですから」
と父親に連絡先を渡した。
「では私はこの常闇の青空市場を楽しみたいので」
と言って怪しい人間は人混みに紛れて去ってしまった。
結局、父親は呪いの傘の件で怪しい人間に連絡することはなかった。