2 ポン太郎とぼくの平凡な一日
ここは東京ではないT県の月光町という街。
ぼくは月光町で生まれ育ち普通に暮らしている。
けれどぼくは人間ではなく、人間に化けられる化け狸である。
朝六時。
ぼくは目覚まし時計の音で目が覚める。
毛むくじゃらの手で目覚まし時計の音を止め、軽くあくびをする。
今のぼくはリアルタヌキである。きちんと獣耳がありフカフカのしっぽがあるリアルタヌキだ。
ぼくはお気に入りの葉っぱを頭に乗せ。
ドロン――モクモクモク
という音と煙を立てて、ぼくは人間の姿に化けた。
ぼくはあまり化けるのが得意ではない。
この人間の姿以外に化けようとすると獣耳やしっぽが出てしまう。
ぼくが化け狸としてできるのは頑張って霧を出すことぐらいだ。
ちなみにすごい化け狸は茶釜に化けて火に掛けられても普通にお湯が沸かすことができる。
ぼくの仙太郎じいさんなんかは、蟻んこから一軒家にまで化けることができ自動車に化けたら実際に走ることができる。
けど普通の化け狸は茶釜に化けてもお湯を沸かすことができず、実際にいる人間そっくりに化けても声まで真似できず、見た目ぐらいしか化けることができない。
だから大人たちがよくいっているのは仙太郎じいさんは規格外だと。
ぼくはパジャマから洋服に着替え、朝ごはんを食べにリビングに行く。
リビングではお父さん―化け狸・今は人間の姿―がコーヒ―を飲みながら新聞を読んでいて、キッチンではお母さん―化け狸・今は人間の姿―がキッチンで目玉焼きを作っている。
「おはよう」
「おはよう、ポン太郎」
「おはようポンちゃん」
そしてぼくは朝ごはんを食べる。
五分ぐらいすると四番目の姉が二階からリビングに降りてきて、一緒にご飯を食べる。
ぼくは五人姉弟で、末っ子長男である。四番目の姉の名前は菖蒲、小学六年生で一緒の小学校に通っている。
ぼくは菖蒲という漢字が書けないので四番目の姉をアヤメと表記することにする。
朝七時。
朝ごはんを食べたあとはアヤメと一緒に化ける練習である。
両親いわく、『将来困らないために』といっているけれど、正直にいってしまえば意味が分からない。
もうそろそろ学校に行かなければならない時間帯のときに、ドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえた。
「何でみんな起こしてくれないのー!今日手芸部で朝の集まりがあるっていったのにー!」
二番目の姉・小梅である。
小梅は高校二年生で県立月光高等学校に通っている。
「お母さん起こしたわよー、一回だけ」
「お母さんのバカー!」
と小梅はいっていたけれど、ぼくは知っている。小梅は手芸や工作、小物を作るのが大好きで今日の朝の四時ぐらいに、
「やっとできたー!!!」
と騒いでいて、ぼくはびっくりして一回起きてしまった。
だから完全な自業自得である。
小梅は素早く身支度を整えると、自転車で走り去ってしまった。
けれど小梅姉はすぐに家に戻ってくるだろう。なぜなら靴を左右で違うのを履いていたからである。
それはそうとぼくは時間が来てしまったのでアヤメと一緒に学校に行く。
通学途中でアヤメが、
「そなたは今年、とても忙しい一年になるだろう」
と焦点があってない目でぼくにいってきたので、ぼくはどきりとした。
アヤメは普段ボーとしているのに、ときどきトランス状態になり予言をいうときがあるのだ。そして、その予言は百パーセント当たる。
だからぼくは空を眺めながら、
「今年は忙しい一年になるんだー」
と呟いた。ただそれだけである。
朝八時
ぼくとアヤメが通う小学校は私立木の葉の森小学校だ。
ここはぼくのように化けられる動物―化け者が多く通う学校である。
もちろん人間の子も通っていて、生徒全員木の葉の森小学校は化け者を受け入れているという説明はきちんとされている。
というよりも月光町は多くの化け者が住んでいて、人間はそれを普通のこととして全員受け入れている。
だから普通に化け者と人間がママ友同士というのはよくある話である。
ぼくは教室の机の上にランドセルを置くと、太がぼくに近寄ってきた。
「おいポン太郎!」
「おはよう、何?」
「お前んとこの仙太郎じいさんのサインをママと婆ちゃんと姉ちゃんに渡したら大変なことになったぞ!」
「大変なことって何?」
「ママと婆ちゃんと姉ちゃんがサインを神棚に飾って毎日崇め讃えているんだぞ!」
「わぁ大変だぁ!」
「ついでに婆ちゃんが網が発射されるタイプのバズーカで仙太郎じいさんを捕まえてどこか誘拐にしたぞ!」
「それはよかったね」
「だから婆ちゃん毎日ニコニコ」
『・・・・・・・・』
その時、ぼくたちの担任の先生が来たので慌てて席に戻った。
ぼくたちの担任は今年木の葉の森小学校に赴任してきた新しい先生だ。
最初担任の先生を見たときクラス全員唖然とした。
一言でいえばクマとゴリラを足したような身体が大きく筋肉モリモリで厳つく、担任の先生がクマなのかゴリラなのか分からなかった。
結局は人間なのだが、名前も厳つく鬼瓦武史。好きな食べ物はいちごパフェとクリームソーダと自己紹介のときにいっていた。
鬼瓦先生は見た目が厳ついだけの先生だった。
授業はわかりやすいし、変なことで怒らない。叱るときはきちんと叱って、自分の奥さんと子供を愛する良い先生だった。
木の葉の森小学校の授業は、普通の人間が通う学校の授業と同じである。
木の葉の森小学校は化け者が人間社会を学ぶための学び舎で、そのため授業内容は普通の人間が学ぶものを化け者の子供も学ぶのである。
けれど、体育だけは少し違う。
化け者が人間に化けても元は動物である。
人間と動物とではどうしても身体能力に差ができてしまう。
例えば馬の子は脚がとても速いし、クマの子は腕力がとてもある。猿の子は鉄棒が得意だし、猫の子は体がとても柔らかい。
だから、体育だけは動物の種族別に成績を付けている。
ぼくは人間と比べると足は速いけど、クラス全体から見てもタヌキ全体からみてもあまり運動神経はよくはない。
ちなみに、太はクラスの中でもかなり足が速い。
今日は体育の授業がある。
そして太がボールを片手で持ちながらぼくを指さした。
「よーし!今日こそはお前をドッチボールで当ててやるぜ!」
と鼻息を荒くしていたが、鬼瓦先生が適当にチーム分けしたのでぼくと太は同じチームになった。
太は膝を地面に付けてガックシとなっていたが、次の瞬間には立ち直り別のクラスメイトの男子を指さした。
「猿川!おれと勝負だ!」
猿川は猿の化け者で鉄棒だけでなく他のスポーツも得意。
「オーケー太!給食のプリンをかけて勝負だ!」
「プリンはおれがいただくぜ!」
猿川と太はプリンを巡り熱いバトルが始まった。が、決着は早めに着いた。
太がよろけたときに身体が小さい女の子のヘナヘナボールに当たったのだ。
そんなこんなでぼくのチームはぼく以外ボールを当てられてしまい、残るはぼくだけとなってしまった。
ぼくはボールをよける、よける。早いボールはキャッチすることができないので兎に角よける。
ボールが二つに増えた。
ぼくのクラスのドッチボールでは、ぼくだけが残った場合ボールをなぜか増やすことになっている。(これはいじめではない)
ぼくはよける、よける、よける。
ボールが三つに増えた。
よけるよけるよけるよける。
バウンドしたボールをキャッチして、敵チームに当てる。
ボールが四つに増えた、五つに増えた。
「すげぇ、ポン太郎が三人・・・・いや四人いるぞ!」
「分身の術を使ってる!」
「これってタヌキの妖術か!」
クラスメイトがわぁーわぁーと騒いでいる。
ぼくは妖術なんか使っていない。少し速く動いているだけだ。
今回同じチームであるはずなのに太がぼくに向かってもの凄い早いボールを投げてきた。なんかムカついたので、ぼくはさりげなく太にボールを当てた。
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴ったので体育の授業は終わりである。勝負は猿川がいるチームが勝ちである。
太は地面を悔しそうに殴っている。
「くそ!今日はポン太郎にポールがかすりもせず、逆に当てられてしまった!くそ!」
猿川は激しく息を切らせながら、
「ポン太郎君。君はあんなに動いたのに疲れていないのかい!?」
「普通に疲れたけど」
「そうじゃなくて、君最終的に五人に分身してたよ!ポン太郎、君の家って忍者の家系だっけ!?」
「タヌキの家系だよ。今日はいつもより速く動いただけだよ」
「うわぁ、マジかぁ・・・・・・」
なぜか猿川がドン引きしている。
十二時
給食の時間では太と猿川が「負けたから」という理由でプリンをくれた。プリンは美味しかった。
学校に栄養バランスをしっかりと考えられた給食があるが、大型動物の化け者は給食だけでは足りないので、自宅からお弁当を持ってきている。
一時
昼休みは各々好きなことをしている。
馬の子は校庭で陸上の練習をしていたり、猫の子は日が当たる場所で猫の姿でうたた寝をしている。
あ、学校内では化け者は人間の姿で過ごすことと校則に載っているけど、そこら辺は少し緩い。
クラスメイトが教室の窓から校庭を見ているから何かな?と思ってぼくも見てみると、四番目の姉が校庭のど真ん中で一人で激しいダンスを踊っていた。ぼくは少し恥ずかしかった。
上級生のお兄ちゃんたちから野球をしようと誘われたので昼休みは野球をした。
ぼくがボールを打つ番になると上級生のお兄ちゃんたちから、
「秘密兵器・ポン太郎!いけー!ポン太郎!」
という声が上がった。
そんなに期待されてもなぁと思いながら、軽くホームランを打った。
午後の授業は図工で鬼瓦先生が「本気出した」といって、粘土で今人気の変形ロボットを作った。ぼくは変形ロボットが好きだから思わず興奮してしまった。
放課後は一人で帰った。太は相撲教室があるといっていた。
空地では化け者の子供たちが妖術の練習をしていて、遠くのほうで仙太郎じいさんがたくさん女の人に追っかけられているのを見かけた。
家に帰れば小梅が制服のままで溶接マスクを被り、何かを作っていた。
夕焼けがやけにキレイだった。桜の花びらが落ちると同時に家の中からカレーの匂いがした。
ぼくはキッチンで料理をしているお母さんに、
「お母さーん!今日のご飯なにー!」
今日も普通の日常だった。