16 ポン太郎とトイレのハナコさん
音楽の授業だ。
音楽の先生は鬼瓦先生ではない。
ハナコ先生だ。
鬼瓦先生は何でも教えることができるけど、音楽だけは苦手だから音楽の授業は別の先生が受け持っている。
だからぼくは歌う。みんなと歌う。
『おばけなんてないさ おばけなんてうーそさ!』
そして授業が終わるチャイムが鳴る。
といきなり音楽室の扉がガラリと開いた。
「ハナコ先生はいますか?」
鬼瓦先生だ。
鬼側先生は音楽室をグルリと見回して、
「・・・・・・ハナコ先生はもしかして職員室に帰っちゃったのか?」
とぼく達生徒に聞いてきた。
それに、学級委員長の猿川が
「・・・・・・鬼瓦先生、ハナコ先生は目の前にいますよ」
ハナコ先生は鬼瓦先生の本当に目の前にいた。何だったら顔と顔がぶつかるくらいの距離だった。
ハナコ先生はいきなり現れた鬼瓦先生に驚いて固まっていた。
鬼瓦先生はあさっての方向を見て、
「え、どこどこ?」
猿川はいった。
「そこそこ」
「そこにいるのか?」
「そこではなくてここここ」
「ここにいるのか?」
「ここではなくて、そこです」
とそこで、ハナコ先生が黒板に
『私はここにいます』
と書いた。
「あ、ハナコ先生やっと見つけた。ちょっと聞きたいことがありまして・・・・・・」
鬼瓦先生は普通に話して、ハナコ先生は黒板に文字を書いて会話をし始めた。
鬼瓦先生は目の前にハナコ先生がいるのに全く気づかなかった。
ハナコ先生が黒板に文字を書いて、やっとそこにいるのに気づいた。
決して鬼瓦先生はわざとやっているわけではない。意地悪でやっているわけでもない。
では、なぜ鬼瓦先生がハナコ先生が目の前にいるのに気づかなかったのか?
それは、ハナコ先生は幽霊だからである。
木の葉の森小学校では幽霊でも先生をやることができる。
ハナコ先生は幽霊だから半透明で足がない。大正生まれということなので袴姿である。
恐らく月光町ではハナコ先生の姿を見ることができないのは鬼瓦先生だけである。
鬼瓦先生は霊感が無い。ほとんど無い。無いに近しい。
詳しい仕組みは知らないけれど、月光町は特殊な結界が張られてあって、それにより普段幽霊を見ることができない人でも幽霊を見ることができる。
つまり、霊感を倍増させている。どんな人間でもある程度は霊感がある。
けれど、鬼瓦先生はある意味特殊な人間で霊感が1%未満である。
だから霊感をいくら倍増させても限度があり、鬼瓦先生は幽霊を見ることができない。
そのことについて、鬼瓦先生は
「一度でもいいから幽霊見たかった・・・・・・・」
と悔しがっていた。
ちなみにハナコ先生はキチンと家がある。
学校の近くに家を借りて住んでいるそうだ。
ぼくの学校での日常はそんな感じだ。今日のおむすびなんだろうな。
校庭でファイヤーボールが飛んだ。
「誰だ!今ファイヤーボールを打った奴は!」
誰かが怒鳴った。
御手洗ハナコは木の葉の森小学校で教師をしている。
教師歴約四十年。生徒からはハナコ先生と呼ばれている。
自分で数えてみて意外と長いなと思ったが、この四十年間飛ぶように日々が過ぎ去り、体感的には短いと感じた。
一日の授業が終わり、生徒達が下校している。もしくはクラブや部活活動をしている。
時々考える。考えても仕方がないことを、つい考えてしまう。
生きているとき、ハナコは普通の女の子だった。
普通に生きて、普通に両親がいて兄妹がいた。普通に幸せだった。
けれど、ハナコに悲劇が襲った。
関東大震災で発生した火災に巻き込まれて、死んでしまった。
ハナコは十歳だった。まだまだ生きたかった。大人になりたかった。誰かのお嫁さんになりたかった。
そんな思いが、ハナコの魂をこの世に留まらせた。
死んでからしばらく、自分が死んだことに気づかなかった。
ただただ彷徨って、彷徨って、誰にも気づいてもらえず、今を生きる人々を見続けていた。
何となく小学校に惹かれるものがあり、小学校に入り込むと、やっと自分の存在に気づいてもらえた。
「キャーおばけー!」
おばけ?・・・・・・・・
そこで自分が既に死んでいることに気づいた。幽霊になっていることに気づいた。
ハナコは生きている人間にムカついた。
何で自分は死んで、何であいつらは生きているんだ!と理不尽に怒りを抱えて、人間に害を与え始めた。
拠点は主に小学校。
靴を右と左で反対こにしたり、黒板に落書きをしたり、電灯をチカチカさせたり、校長の肖像画の眉毛を繋げたり、沢山の悪いことをした。
一番印象に残っているのは、不良たちが夜中の小学校にズカズカ入ってきて『この学校に火をつけようか?』と話してしたから頭に来て思い切り脅かしてやった。
ハナコは浮幽霊として点々と小学校を渡り歩きながら、ついに運命の小学校と巡り合う。
もちろん木の葉の森小学校だ。
ある時ハナコは女子トイレでのんびりとしていると、トイレに泣きながらトイレに入ってきた女の子がいた。
いつもは気にせず放置なのだが、この時ばかりはつい声を掛けてしまった。
「何泣いてんの?」
女の子はビクっと身体を震わした。
それに、ハナコはしまったと思った。
ハナコは幽霊。霊感がない人間にはハナコの姿が見えない。
今の状況は、トイレに誰もいないはずなのにはっきりと声がした、という状況だ。
女の子は幽霊だー!と叫びながらトイレから逃げてしまうだろう、と思っていたら、うつむいていた女の子が顔を上げてバチっと目が合った。
そして、言うのだ。
「算数が分からなくて、授業が分からなくて、教室から逃げちゃったの・・・・・・・」
え?とハナコは思った。私は幽霊だがら見えないはずだけど・・・・・・・
女の子はさらに続ける。
「私、体育も苦手だから、体育の授業の前になるとお腹が痛くなるの・・・・・・」
と女の子は声を上げて泣き始めた。
ハナコはオロオロとしながら女の子を慰めた。
女の子は泣き止んだあと。ハナコは算数を教えてあげた。
だてに小学校に居座っているわけではない。
大体の小学校の勉強は分かる。
少しでも女の子の励みになればと思い、勉強を教えた。
それから女の子は幽霊のハナコに会いにきた。
勉強を教えてーとやってきたり、学校の出来事を話したり、女の子が初めて逆上がりができたときは一緒になって喜んだ。
女の子はハナコのことを学校の友だちに話したらしく、トイレに『勉強教えてー』とやってくる子供がいた。
おかげでハナコは『トイレのハナコさん先生』と呼ばれるようになってしまった。
勉強を教えるのにトイレを占領するのが申し訳なくなったので、放課後の教室で勉強を教えることになった。
女の子が小学校を卒業しても、ハナコは生徒に勉強を教え続けた。
そして、木の葉の森小学校の校長先生である強羅亀吉に、
「ねぇ君、先生やってみないかね?」
こうしてハナコは木の葉の森小学校で教師をすることになった。
ハナコは十歳のときに死んだが、心が成長して二十代前半の姿に変化した。
死んでから教師になり、普通ではない小学校で様々なことが日々あるが、毎日が楽しい。
ハナコは、幸せである。
「明日の授業の準備でもするか!まだまだ成仏しなぞ!」
そんな時、廊下を歩いていた鬼瓦先生が一人言をいっていた。
「ハナコ先生の教師歴が今年で四十五周年だから、ハナコ先生に内緒でサプライズパーティーの準備をしなくては・・・・・・」
もちろん鬼瓦先生はハナコ先生の姿が見えていない。