12 ポン太郎と猫の母娘(おやこ)
放課後。
ぼくは丁度ランドセルに教科書ノートを詰め終えたところだった。
「ポン太郎!」
太が顔を赤くして明らかに興奮した様子でぼくのところにやってきた。
「どうしたの?」
と聞くと、
「行くぞ!」
「どこに?」
太はぼくの腕をガシっと掴み、廊下を走り抜け、下駄箱でクツを履き替え、校庭を突っ走った。
太は興奮して『どうしたのか』、ぼくの腕を掴んで『どこに行くのか』、質問しても答えなかった。
「ほらあの人!」
校庭を抜けると校門があり、太は校門を指さした。
「校門が何?」
ぼくは校門を見た。
「ほらあの人!」
そこにいたのはサングラスを掛けた美人が立っていた。
美人過ぎて、これから家に帰る予定の他の学堂がチラチラと美人を見ていた。
太は鼻息を荒くさせた。
「あの人、この前週刊女性エイトで仙太郎おじいさんと密会していた、美人で有名な女優!どうしようどうしよう」
太はなぜかその場で足踏みをしたあと、またぼくの腕を掴んで美人女優の前に飛び出した。
「何でぼくを連れてくの!」
それに太は答えなかった。
「こ、こ、こ、ここここここここ。こんにちは!おれ、竹藪太です!女優のノノさんですよね!?えっと、あの、その・・・・・サイン下さい!」
太は顔を赤くさせながら自由帳を広げた。
「あら」
美人女優はちょっとびっくりした顔になると、何も言わずにサインをした。
サインをされた自由帳を太は興奮した顔で見ると、大切そうに抱きしめた。
ぼくは一言、
「よかったね」
「ポン太郎もサインしてもらえよ。こんなチャンス、二度とないぞ!」
太はサインを進めるが、ぼくは首を振って断った。
「何でだよ!こんな田舎に美人女優がきてくれたんだぞ!せっかくだからサインしてもらえって!」
「だって―――」
その時だった。
「ママ!」
ミミが美人女優に抱き着いた。
「ま、ママ!―――ってどういうこと・・・・?」
太が驚愕した顔になり、一人でパニックになっていた。
だからぼくが説明してあげた。
「ミミのお母さんは美人女優のノノさんなんだよ。・・・・ていうか知らなかったっけ?」
「知らない知らない!聞いてない!」
太は首がもげそうなほど横に振った。
そんな太を尻目に、ミミは嬉しそうな顔をした。
「ママ!帰ってくるの明後日だっていってたけど、仕事終わったの?」
「撮影が予定より早めに終わったからね。だから一週間は月光町にいられる」
「本当!」
「これから外に食べにいこうか~それから次の土日にどっかに遊びに―――」
と母娘の会話をしながら、校門近くに駐車していた車に乗りこみ、走っていった。
車の姿が見えなくなると太は、
「何で美人女優ノノさんがミミのママだって教えてくれないんだよ!」
と言いながら僕を殴ってきたのである。
次の日。
太はニヤニヤしながらぼくとミミのところにやってきた。
「おい、昨日婆ちゃんから聞いたぞ!ミミのママ、月光町出身なんだってな!」
「そうだけど、それがどうかした?」
ミミはいった。
「モデル出身の女優なんだってな!」
「そうだけど、それがどうかした?」
「お前のママ、化け猫なんだってな!」
「当たり前じゃん!!あんた何いってんの!?」
「何でお前のママが有名女優のノノさんだっていってくれないんだよ~!!!」
太は男泣きをした。話しを聞けば、有名女優のノノさんのファンだといっていた。
「幼稚園の時からのファンで、ママと婆ちゃんの雑誌からこっそりノノさんの写真をくり抜いて集めて、ノノさんが出てるドラマは絶対に見るのに、こんなに近くにいるなんて!!!!!」
太の叫びは絶叫に近かく、宥めるのに時間がかかった。
ちなみにミミが、
「ママのサイン入りポスターあげるから」
という言葉で太の機嫌が直った。
太はぼくに聞いた。
「何でポン太郎はミミのママの正体がノノさんだって知ってんだよ」
「そりゃあ、ミミとは幼稚園同じだったし、運動会とかで顔知ってたから」
「あれ?おれは小学校に上がるときに月光町に来たけど、小学一・二年生のときの運動会はどうしてたっけ?おれがただミミのママを見てないだけだっけ?」
太が首をひねらせると、ミミが答えた。
「一・二年生の運動会はママが仕事で忙しくてこれなかったの。だからパパがきてくれた」
「そういえばそうだったな。ミミのパパって眼鏡をかけて髪がモジャモジャの人だったよな」
「うん。ちなみに、パパは猫の姿になるとアメリカンショートヘアーになるの」
「へぇ~。でも、こんな月光町という田舎でどうやって女優になったんだ?」
と太が聞くと、ミミは嬉しそうな顔をした。
「あのね、ママは元々モデルなの!高校生のときに学校をサボって東京の原宿でブラブラしてたらスカウトされたって。それから少しずつドラマや映画にでて今にいたる。ママ仕事忙しいから、一年の半分は東京にいることが多いかな」
「へぇ~」
と太は返事をした。
そこでぼくはふと思った。
「たしか化け猫って、あまり化けるのが上手くないって聞いたことがあるけど――ノノさんって長い時間化けられるっけ?」
化け猫は比較的高い魔力や妖力を秘めているが、どちらかといえば人に化けるのは得意ではないほうだ。
ミミもあまり人に化けるのは得意ではなく、休み時間に猫の姿に戻ることがある。
ミミはぼくの質問に対してニヤリと笑った。
「あのね、ママが所属している芸能プロダクションにはね、化け者数名が芸能人として所属してるの。社長が化け者に理解がある人だって、ママいってた。ママも一日中人間に化けるのは疲れるから、疲れたときはいつでも猫の姿に戻れるよっていってた」
「でもさーそれでも大丈夫なの?ドラマや映画の撮影って長いからぼくたち月光町以外で、人間に化けるところ見られると大変だよ」
ぼくたち化け者は、一般人から見ると妖怪の類になりあまり世間に知られていない。もし何も知らない一般人に化け者に存在が知られたら大変なことになる。
だから、月光町のようにタヌキが人間に化けても『普通』のことね、と一般人に認識させる特殊な結界が張られていない土地では気軽に化けることができない。
「大丈夫。ママのマネージャーが凄いから」
「凄いって何が?」
「ママのマネージャーは一般人なんだけど、ママが猫だって知ってるの」
「うん」
とぼくは頷いた。
「ママが東京に出て二十歳になったときに、同じ芸能プロダクションの人たちと飲み会をしてました。ママはキウイ味のお酒を飲みました。目が覚めると素っ裸で知らない家のベッドで寝てました」
「ストップストップ!それ以上は子供が聞いてはダメなやつじゃないの!?」
「そうだぞ!ノノさんのイメージを壊すなバカヤロー!!!!」
ぼくと太は慌ててミミの話しをストップさせた。
「何変なこと考えてるの。素っ裸っていっても猫の姿でだよ」
「あ、なら安心」
とぼくがいうと、隣で太はホッとした顔になった。
「何でもママお酒を飲んだらベロンベロンに酔っぱらっちゃって、今のマネージャーが自分の家に連れて帰ったって。あ、マネージャーは女の人ね。酔っぱらったママを家に連れ帰ったら、ママが猫になってビックリしたっていってた。ママが猫の姿で目覚めるとマネージャーが頭を下げて『ノノさんのマネージャーをさせて下さい』っていわれて今にいたる。マネージャーは大の猫好きで、ママが東京にいる間は一緒に住んでサポートしてるって」
「そうなんだ」
「それでね」
とミミは嬉しそうな顔をした。
「今日ね、私、テレビデビューするの!だから絶対に見てね!ママも一緒に映るから!」
ミミは『アイドルになるのが夢なんだ~』と語っていた。
太は太で、『ノノさんが出るなら絶対に見ないと』といっていた。
その日の夜、ぼくはミミがテレビデビューするといっていたテレビ番組を見た。
『今日の可愛い猫ちゃんは~ノノちゃんとミミちゃんです!二匹は母娘で一緒に猫じゃらしで遊ぶのが大好きなんです!』