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ポン太郎物語  作者: 玉城まりも
11/27

11 ポン太郎と微笑む女

四月の頭の頃だった。


アヤメが突然トランス状態になった。

「この土地に魔物がやってくるだろう」


夜にいわれたから少し怖かった。


アヤメの予言は絶対に当たる。


魔物って何だろう?


ゲームに登場するスライムでもやってくるのかな?


しばらくして近所の空き家に新しい住人がやってきた。


空き家は結構大きな家で、姉の小梅がいうには元は裕福な老夫婦が住んでいて、二人で住むには家が大きいから別の家で今は暮らしているらしい。



ぼくはたまたま散歩していたところに新しい住人が荷物を運び入れているところを目撃した。


運び入れているといっても、引っ越し屋さんが荷物を運んでいた。


荷物はトラック四台分。とても多かった。


運ばれる荷物を見て、何だか違和感があった。


ふすま、畳、達磨、桐ダンス、布団、掛け軸―――皮ソファー、シャンデリア、カーペット、ベッド、高そうな絵画―――中国風の壺、灯篭、中華テーブル―――トーテムポール、ミイラが入っていそうな入れ物、アフリカにありそうな怖い木のお面、とか色々な物があった。


ぼくの正直な感想として、統一感がないと思った。


その時、家の中から新しい住人が出てきた。


若い女性だった。


彼女はショートボブでキレイな女性で、小さくて白い花のような印象を受けた。


新しい住人と踵が高い靴でコツコツと音を鳴らしながら外に出て、引っ越し屋さんとお話しをした。


お話しが終わって、近くにいたぼくに気付き、

「こんにちは」

にこりとした。

「こんにちは」

ぼくも挨拶をした。

「君、この近くに住んでるの?」

「はい!ぼくは山野ポン太郎といいます。化け狸です。あそこの家に住んでます」

ぼくはぼくの家を指さした。


女性は微笑んでいた。

「ふーん。私は黒井戸キヨ。タヌキ――――タヌキといえばかちかち山が有名よね」

「はい!」

「たしかタヌキがおばあさんに悪さする話しよね」

「はい!悪さをしたタヌキがうさきに懲らしめられる話しです!」

「君もかちかち山のタヌキのようになるの?」

「・・・・・ぼくは普通に野球選手か会社員になります!」


黒井戸キヨは引っ越し屋さんに呼ばれて家の中に戻っていった。


この時、ぼくの胸はなぜだかモヤモヤとした。


黒井戸キヨが越してきてから二、三日経ったとき、

「ちょっと母さん黒井戸さん()に行ってくるわね」

「何で?」

ぼくは聞いた。

「次の日曜日に自治会で草むしりをするのよ。黒井戸さんも自治会に入っているからそのお知らせ。黒井戸さん越してきたばかりだから無理して参加しなくてもいいんだけどね。でも一応念のため」

その後、黒井戸キヨは参加するといったそうだ。

だからお母さんは初めての参加だから草むしりに必要なものを紙に書いて渡した、といっていた。


すると、アヤメがポツリといった。

「嵐の前兆」


今回はトランス状態ではなかった。



日曜日。


お母さんは自治会の草むしりから帰ってきて、何だか少し怒っていた。


何でも黒井戸キヨは草むしりに必要なものを何一つとして持ってこなかったそうだ。

「お母さん、きちんと書いたのよ?草むしりをするから軍手を持ってきてくださいって。あと喉も乾くから飲み物と、手も汚れるからタオルを持ってきてねって。黒井戸さん持ってこないの。それどころか白いワンピースに踵が高いヒールを履いて草むしりにきたの。動きやすくて汚れてもいい服装でっていったのに」

「それで黒井戸さんは草むしりしたの?」


ぼくは聞いた。

「しなかったわ。ただ日傘をクルクル回して見ていただけ。あと、若めな男性に微笑みながら声をかけていたわ」


そんな時に、玄関の扉が勢いよく開く音が聞こえた。

「お母さん聞いて!」


二番目の姉である小梅がものすごく怒っていた。

「あのね、近所に引っ越してきた人がいるでしょ?」

「黒井戸キヨさん?」

「そう!その人にさっき会って少し話したんだけど―――」




――――へぇ、あなた『小梅』ちゃんというの。


何で『小梅』という名前なの?『桜』のほうがキレイで見栄映えがするのに―――――




「何で初めて会った人にそんなこといわれなきゃいけないの!?腹が立って仕方がない!」


小梅の背後で怒りの炎が燃え上っていた。


いつも穏やかでおっとりとした小梅がこんなに怒るのは滅多にない。


小梅はどすんと音を立ててソファーに座った。

「『梅が咲く頃に生まれたので~』ていって流したけど、全然悪気ないって顔でニコニコしてたんだよね!それも何だか腹が立つ!」

「お母さんもさっき黒井戸さんに――――」

お母さんは自治会の草むしりでのことを話して、

「え~ありえなーい!」

「お母さんも、えー!ってなったのよ~」


今まで漫画を静かに読んでいたアヤメが話しに割って入った。

「お母さん、小梅お姉ちゃん。あんまり黒井戸っていう人と関わらないほうがいいよ」

小梅がいった。

「それは何となく分かるけど、何で?」

「この前、離れたところから黒井戸って人を見たけど、なんかこう・・・・黒くて禍々しい人だなって思ったから」




落ち着いた時間に、ぼくも黒井戸キヨに思うところがあってアヤメに話しを聞いてもらった。


黒井戸キヨに『君もかちかち山のタヌキのようになるの?』といわれてモヤモヤした、と話したら、そりゃ当たり前だよ、と返された。

「それって『お前も犯罪者になるのか?』って聞いてるようなもんだからね」

それにぼくは納得した。道理で胸がモヤモヤすると思った。



それからまた何日かして、お父さんが息を切らせながら仕事から帰ってきた。

「お父さんどうしたの?UFOにでも誘拐されかけて、缶コーヒーこぼしたの?」


お父さんのシャツがコーヒーで汚れていた。

「いや、UFOよりももっと怖いものに遭遇した」と顔を青くさせていた。

取りあえずお母さんがお父さんに着替えを渡して、シミになるといけないからと汚れたシャツを洗濯機に放り込んで洗った。




「家に帰る途中で、黒井戸さんにすれ違いざまに転ばれ、黒井戸さんが持っていたコーヒーを掛けられた」

―――あぁ、すみません!何とお詫びしたらいいのか・・・・・自宅に代え洋服があるので一度、家に来ていただけませんか?――――

「そのまま黒井戸さんの家に連れて行かれそうになったから、ヤバイと思って走って逃げてきた」

「それは・・・・・・危なかったわね」

お母さんがいうと、姉たちは同意という意味でうんうんと頷いていた。

「黒井戸さんってのはキレイな人だけど――――薄気味悪さを感じたよ。なんというか、キレイに微笑むんだ けど、寒気がするというか。アヤメは黒井戸さんに何かされなかったか?」

「逃げてるから大丈夫」

アヤメはさらりといってのけた。


お母さんは心配な顔をしてぼくたち子供を見回した。

「お母さんは心配だわ。黒井戸さんここに越してからそんなに日が経っていないのにちらほらと悪い話しを聞くから―――」


話し合いの結果、山野一家はできる限り黒井戸キヨに関わらないことが決定した。

「もちろん近所であるから関わりをゼロにはできないが、余計な波風を立てないようにしよう」

とお父さんがいうと、家族みんなで頷いた。




また何日か経過した。


学校で、

「ポン太郎、黒井戸キヨって知ってるか?」


ぼくはポカンとした。


まさか太の口から黒井戸キヨという言葉が出てくるとは思ってもいなかったからだ。

「う、うん。一応、ぼくの近所に住んでいる人だから。それで、どうかしたの?」

「それがさ、おれのママと黒井戸キヨって人が昨日ケンカして」

「太のママがケンカ!殴り合いでもしたの!?」

「ママは殴り合いなんかしないぞ」

「でも何でケンカしたの?」

「黒井戸キヨがママに『ダメですよ?子供の栄養管理をきちんとしないと。子供がお相撲さんになるのが夢だがらといって、太らせるのは。将来太ってこまるのは子供なんですから』って」

「うわぁ」

「だからママこういったんだ。『栄養管理はしっかりやってます。確かに、太は他の子供と比べると食べる量が多いですが、それは太にとっての適量なんです。身体が大きいのは相撲を真剣にやっているから脂肪ではなく筋肉なんです!!』って」

「太のママかっこいい」

「そしたらさ、『だからといって毎日特売のお肉や野菜というのは・・・・きちんとした食事をしないとダメですよ』って黒井戸が。それで、ママ怒り出しちゃって」

「うわぁ」


太のママと黒井戸キヨの話しはこれでおしまい。


けれどその後もぼくは黒井戸キヨの近所に住んでいるから彼女の話しはちらほらと聞くことはあった。


黒井戸キヨはあの大きな家に一人で住んでいて、仕事はしていないらしい。


どこに行くにもタクシーを使い、百メートル先のコンビニにもタクシーで行く。


商店街にふらりと現れたと思ったら男店主たちに声をかけ、鳥の化け者に「買い過ぎたから」といって鶏肉をあげたりと。


一方で、キレイで穏やかでいい人、という話しも聞いた。



ぼくは黒井戸キヨと近所だけどあまり遭遇することはなかった。


けれど、今日はたまたま黒井戸キヨと遭遇してしまった。


学校の帰り道でのことだった。

「あらポン太郎ちゃん、こんにちは」

「こ、こんにちは・・・・・」


 ぼくは黒井戸キヨに『ポン太郎ちゃん』と呼ばれるほど会話をしていない。


 黒井戸キヨは微笑んでいた。とても無邪気な微笑みだった。


 ぼくは挨拶だけして通り過ぎようとした。

「最近会わなかったけど、元気にしてた?」


 黒井戸キヨはぼくとお話しをする気マンマンだった。


 ぼくは何だかイヤだったけど、仕方なくお話しをすることにした。

「はい、元気です」

「近所なのに全然会わなかったのは何ででしょうね?」

「たまたまタイミングが合わなかっただけです」

「おいしいお菓子があるから私の家にこない?」

「寄り道はダメだと親と先生がいってました」

「いいじゃない、ご近所だから。ご近所付き合いも大切よ」

「これから家にランドセルを置いたら友だちと遊ぶ約束をしています」

「友だちってもしかして太くん?」

「――――――」

「やっぱりそうなんだ。私、太くんのことも太くんのママと知り合いなんだ。だから、太くんと一緒に私の家にくればいいじゃない」

「ドッチボールで遊ぶ約束をしています」

「ドッチボールよりテレビゲームをしない?最近発売されたドラゴンファンタジーを持っているのよ」

「・・・・今はドッチボールの気分なんです」


 黒井戸キヨは微笑んでいた。とてもキレイだった。けど、その微笑みがとても怖かった。

「・・・・・ねぇ、もしかして、私のこと・・・・キライ?」

「・・・・・・え」

「私のことがキライだから、私の家に行きたくないんだね」

「そういうつもりじゃ・・・・・」

「なら、私の家にくるわよね」

「え、えっと、その・・・・・」


 その瞬間、黒井戸キヨは相変わらず微笑んでいるにも関わらず、雰囲気が一気に変わるのがはっきりと分かった。

「やっぱり私のことキライなんでしょ!私はポン太郎ちゃんと仲良くなりたいのに、何で避けるの!ご近所付き合いって大切でしょ!?だから私を大切にしてよ!おいしいお菓子があるっていってるんだからさっさと私の家に来ればいいの!?タヌキの癖に人間に逆らうな!!」


 黒井戸キヨはぼくの肩を掴み、ガクガクとぼくの頭を揺らす。


 怖かった。


 黒井戸キヨのいっていることが分からなかった。


 いや、分かるんだけど、支離滅裂だった。

「だからね、これから私の家で遊ぼうね」


 いつもの黒井戸キヨに戻った。微笑んでいた。


 けど、ぼくはブルブルと身体が震えて声が出なかった。


 そんなぼくにお構いなしに黒井戸キヨは続ける。

「ときどき童話に出てくる食べ物で一度は食べてみたい食べ物ってあるじゃない?たとえば、お菓子の家とか。私、かちかち山に出てくるタヌキ汁って興味あって・・・・おいしいのかしら?さ、私の家で遊びましょう。切れ味がとてもいい包丁を見せてあげるわ」


 そういって、黒井戸キヨはぼくを静かに自宅まで引っ張っていこうとして――――



「そこで何をしているのかな?」

 神出鬼没の仙太郎が現れた。


 ぼくはハっとなった。仙太郎の姿が目に入った途端、ぼくは黒井戸キヨの手を払いのけ、仙太郎の元に


 走ってそのまま後ろに隠れた。


 ぼくは仙太郎の着物をぎゅっと握りしめ、身体をブルブルと震わせた。


 そんなぼくの様子を見てただ事じゃないと思ったのだろう。

「お嬢さん、ポン太郎に何かしたのかい?」

「え・・・・・ただ一緒に私の家で遊びませんか?と誘っただけですけど・・・・・あなたは誰ですか?」


 黒井戸キヨは不思議そうに首をかしげた。


 仙太郎は、ジッと黒井戸キヨを見つめたかと思うと、

「そうか。家に帰るぞ、ポン太郎」


 ぼくはこうこくと頷いた。

「あ、待ってポン太郎ちゃん、知らない人に着いて行っちゃだめよ」

「わしの孫(のような存在)だ!」






 ぼくは家に着いた途端、気が緩んで泣いた。


 怖かった。とても怖かった。あんな人、初めて見た。


 そんなぼくを仙太郎は落ち着くまで抱きしめてくれた。


 家族はみんな出かけていて、家はぼくと仙太郎だけだった。


 ぼくは吐き出すように、先ほどあったことも含め黒井戸キヨについて話した。


 ぼくが知っていること全て話した。


 仙太郎はいつも自分の話しばかりするのに、この時ばかりはうんうんと頷きながら聞いてくれた。


 話し終えたとき、仙太郎は静かに口を開いた。

「黒井戸キヨは、魔物なんじゃよ」

「魔物?」

「そう、魔物じゃ。一目見た瞬間に奴が魔物だと分かった」


 仙太郎は一呼吸置いて、話し始めた。

「黒井戸キヨという人間は性格が悪いっていうのは分かるな?」


 と聞かれ、ぼくはうんと頷いた。

「性格が悪くなる原因は大体二つ。一つは周りの環境―例えば、親の偏った教育だったり、悪い友だちと遊んだり。これは、後の環境とか自分で自分を見つめ治すことで性格は変わる。二つ目は、元々の性格が悪い。黒井戸キヨは明らかに後者だな」

「・・・・・・・・・ぼくもそう思う」

「だが・・・・・黒井戸キヨは・・・・・普通の人間ではないな、あれは」

「普通の人間ではない?もしかして、黒井戸さんは呪術師とかなの?」

「そういう意味ではない。見えたんじゃよ、黒井戸キヨの背後で黒く禍々しいものが渦を巻いていたのを」

「あ、そういえば、アヤメちゃんが同じようなことをいってたよ」

「さすがわしの孫だ」

「孫ではないけどね」

 ぼくは一応突っ込んだ。

「話し続けるぞ。あの黒くて禍々しいものは・・・・・・恐らく魔物だ」

「魔物」

「モンスターという意味での魔物ではないぞ。黒井戸キヨは生まれながらに無邪気な悪意というもの持ってこの世に誕生してしまった。その無邪気な悪意はやっかいなもので、悪いことをやっても悪いことをしてしまった自覚というのがないんじゃよ。この無邪気な悪意をわしは魔物と考えている」


 少し話しが難しくなってきて、ぼくは頭をひねった。

「悪気がないんじゃよ。小梅に『桜という名前のほうがいいのに』という言葉も、悪気があっていったのではないな」

「?????」

 さらに話しが難しくなって、頭をひねった。

「つまり世間話をする感覚で、息をするように人を傷つけることができるってことだ。たとえ人を殺したとしても、微笑みながら『今日の晩御飯は何かしら』といえる人間なんじゃよ」

「あ、なるほど」


 とても納得した。

「これは勘だが、黒井戸キヨは絶対に法を犯すようなことをしているぞ。あれはもうだめだ、刑務所に入っても、赤ん坊からやり直しても、魂自体が禍々しいから生まれ直さない限り、だめだな」

「その・・・・・黒井戸さんって一体何なの?普通の人間ではないっていっていたけど」

「・・・・・・分からん。人の悪い念が黒井戸キヨにたまたま集まってしまったのか、魂が作られるときに何かエラーが起きてしまったのか・・・・・本当はどうなのか分からん。あれは、周りをジワジワと侵食する毒みたいなものだから、できるだけ近づかないほうがいい。それしかない」





 それから一か月ほど経過して、黒井戸キヨが住んでいた家は空き家になって売られていた。


 本当にあっという間で、一晩で家は空っぽになっていた。


 ちなみに夜逃げではないらしい。


 それからの黒井戸キヨのことは知らない。




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