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風来譚  作者: ふちのべいわき
第一章
8/18

第七話 いつくしまれて

岩手編


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。

挿絵(By みてみん)




〝宮野師匠

 お世話になっております。磐城(いわき)です。

 御息災でおられますでしょうか。また、人を殴ったりしてないでしょうか。殴ったりしていた場合は、私まで巻き込まないでくださいね。

 

 私は今、岩手の北山崎ってところにいます。〝岩手〟の名を体現するかの如き、厳格かつ力強い岩壁の姿を拝見して、いつも力任せに生きている師匠はどうしているだろうか、と思い立ち、ご連絡差し上げたしだいでございます。

 旅はなにかと生傷が絶えませんが、順調なもので、心優しい人も多く―


 (略)(略)


 ところで、師匠に一つ質問があります。師匠は、複数の相手と対峙した際は、どのような工夫をしてらっしゃいますか? 以前、3人組の男相手に手も足も出なかったことがあり、ご教示願いたいしだいでございます。

 それはもうボコボコにされてしまいまして。もうあんな痛い想いはしたくないです。どうぞよろしくお願いいたします―〟



「…これでよし、と。」

 岩手県沿岸部の景勝地・北山崎の手すりにもたれかかり、欣秀よしひではタブレットでメールを送信する。延々と崖に打ち付ける波の来る先を見てみれば、もう夕暮れの闇が差し迫ってきている。

 岩手入りしてから一週間。欣秀は岩手の名所を巡りつつ、のんびりと北上を続けていた。当たり前のことだが、土地の景色は移動を重ねれば重ねるほど変わっていくもの。

 東京から600㎞ほども離れたこの地まで来てみれば、欣秀の目を奪う景色が辺りには溢れかえっていた。それらのためにいちいち立ち止まってしまったので、案外時間がかかってしまった旅路である。

「そんな岩手も、もうすぐ終わりだな…。」

 国道45号を上り続ければ、青森はすぐ目の前になる。きっとその先には、更に欣秀の想像を超えるものがあるのだろうが。長く滞在した岩手県とさよならするのに、いささか寂しさも覚えるのであった。


第七話

  いつくしまれて


―翌日―

「あっつい………!」

 岩手最後の思い出にと、欣秀は青森の手前にある港町を散策する。県の端とはいえ漁港のほか線路も通っており、その駅の周りにはスーパーやホテル、食事処があったりと、そこそこ人通りのある町である。

「もう13時になる…のに、あんまり腹減ってないなぁ……。暑い…。」

 6月。季節はもう初夏である。ところどころ肌が見える欣秀の道着は、一見風通しがよく涼しそう…なのだが、意外とその生地は通気性が悪い。剣道用のものと比べ居合道用は薄手なのだが、それが肌に貼り付いては不快感が増すばかり。おまけにその色は黒一色であるため、日光を集めに集めて、欣秀の息を上がらせる。

 脱いだ羽織を腕に引っ掛け、欣秀はヘトヘトになりながら休憩できる場所を探す。


「……! あ、アイスクリーム…!」

 駅まわりをグルリと一周して西口の通りを歩む欣秀の前に、〝アイスクリームはじめました〟という、爽やかな青に彩られた旗がひらめく。見たところ洒落た喫茶店のようで、満足な食事は摂れないかもしれないが。

「もうここにしよう! 入っちゃおう! 死ぬ…!」

 バー&ダイニング『SHIOSAI』なる店舗に、欣秀は這い寄っていく。


 ガラス張りの店舗入り口からは、白い内壁と木製のバーカウンターに、暖色を灯すいくつかのシーリングライト…と、いかにも〝シャレた人間が休日に立ち寄る〟ような雰囲気が垣間見える。

 が、今の欣秀に狼狽する余裕はなかった。ドアを開け、なだれ込むように欣秀は入店する。

「いらっしゃいませー!」

 カウンターの向こうで手を動かしていた40代ほどのオーナー夫婦が、オシャレとは程遠い欣秀を笑顔で迎えてくれる。平日で、変な時間だからか他の客はいない。

「お、お邪魔します…!」

 欣秀は日光から逃げるよう、縦長の店舗の最奥、L字カウンターの端っこの席に座る。

「カエデちゃーん、おしぼりとお冷出したげてー」

 メガネをかけたオーナーが、柔和な笑顔で、暖簾で仕切られた厨房の方へ声をかける。すぐに「はぁーい」とおっとりした声が返ってくると、ほどなくして若い女性が暖簾から顔を出す。

「いらっしゃいませ~。まぁ、すごい汗ですね!」

(うお…)

 目の前に――天使が現れた。


(めっちゃ美人だな…)

 まるで慈母のような暖かい眼差しを持つ、目尻の下がった瞳。触れたら震えそうな厚みを持ちながらも、気品の漂う小さな唇。こけすぎず、肥え過ぎずの豊かな顔が動くたび、一本に束ねられた栗色の長髪が、まるで紐暖簾のようにサラサラと動く。…あとついでに細身なぶん、胸元の膨らみが…

 要約すれば、欣秀好みな女性が、そこには立っていた。

(そういえばここ最近、出る人物出る人物……野郎ばっかりだったからなぁ…)

 そんな(欣秀にとっての)天使が、すべすべとしたその指を以て、恵みの冷水を渡してくれている。

「? どうしました? もしかして、お気分悪いですか?」

「あっいえ! 全然! むしろおかげさま(?)で元気元気! ベリーファイントゥーマッチです!」

 欣秀はグラスを受け取ると、注がれていた水を一気に飲み干す。

「まぁまぁ、ほんとにお元気なんですね。ご注文はいかがいたしますか?」

「アイスクリーム、お願いしますッ…!」

 かわいらしい注文である。

「かしこまりましたぁ。少々、お待ちくださいね!」

 天使は、再び厨房へと姿を消す。欣秀は意味もなく、お手拭きで手を拭きまくる。

「カワイイでしょ、ウチの看板娘。」

 欣秀の様子を見て察したのか、オーナーがそれを茶化す。欣秀は、もはや照れ隠しなんてしない。

「ええ…。まったく! おキレイな方ですね!」

 背筋を伸ばし、堂々と答える。その潔すぎる態度に、オーナー婦人がぶっと吹き出す。

「そうだろ。あの子は気遣いもできてね。カエデが来てから、ちょっとだけ客足も伸びてきたぐらいなんだよ。特に会社終わりの時間なんかは、カウンターが埋まっちまうこともあってさ…。…お兄さん、競争率は高いよ?」

 ショートカットでどこか男勝りな口調の婦人は、目を細めて欣秀をからかう。

「なんと…それはざんね……―あ、いえいえ。」

 危うく、欣秀は自分の立場を忘れるところだった。

「私、旅人ですので。色恋を、しとる場合ではござらん…。」

 格好をつけて、今度は堂々と虚偽を言う。

 たしかに恋人づくりなんかしている余裕はないが、美人と時を忘れ話し込むぐらいはしたい……。そんな願望も、胸中にはあった。

「へェー若いのに立派なもんだねぇ。でもさ、茶ぐらいは誘ってみてもいーんじゃないかい? 青春なんて、あっという間だよ~。」

「いえいえ若いからこそ、修行をですね…!」

 ニヤニヤと茶化すオーナーを、欣秀はむううと横目で睨む。

(そんなこと言ったって、どっちみちまぁ無理ですよ。普通の生活ならともかく…今の私の、こんな恰好では…)

 欣秀が諦観のため息をついていると、「おまたせしました~」と渦中の人が戻ってくる。運ばれてきたガラスの器には、アイスクリームだけでなく、棒型のチョコレート菓子やトッピングシュガーもふりかけられており、カフェらしい、他とはちょっぴり一線を画した一品が載っていた。

「おお…かわいらしい。」

 欣秀は手をつける前に、ミラーレスでその小洒落たアイスクリームを写真に収める。

「まぁ、カメラマンさんなんですか?」

「旅人なんだってよ。よくこの町に来てくれたもんだよねぇ。」

「へぇー! スゴいですねぇ!」

 美人に褒められ、欣秀の口許は緩む。それを隠すようスプーンをとり、涼を一気に口の中へに掻き込んだ。

「っっっくあぁ! 生き返る~~!!」

 頭がキンとするが、それ以上に全身に広がる冷たさが心地いい。

「うふふ。ありがとうございます。あ、旅人さん、ちょっと動かないでくださいね。」

 カエデと呼ばれる娘はハンカチを取り出し、欣秀の口の脇についていたクリームを拭う。

「~~~!」

「はい、いいですよ。ふふ。カワイイ旅人さんですね!」

 クールダウンした筈の欣秀の顔が、一気に熱を帯び始める。様子を眺めていた夫婦は目を細め、腹の立つ笑顔で声を上げず笑っている。

(これじゃまるで……キャバクラじゃないの…)

 こういう時こそ冷静に。欣秀はギクシャクと居住まいを正す。

「し、失礼しました…お見苦しいものを。」

「いえいえ~。お気になさらず。旅人さん、このへんはもう見て回りましたか?」

「いえ。まだそんなには…。」

「そんなに見て面白いもん、ないでしょ! あはは。」

 オーナーは苦笑しながら、会話に混ざってくる。

「シャッター下ろしてる店も多いしさ。色んな街を見てきた旅人さんからすりゃ、田舎だろう?」

「その町で店を開きたいって言ったのは、どこの旦那なんだか。」

 グラスを磨きながら、婦人はあきれたように横目でオーナーを眺める。

「あっはっは。失敬失敬。まぁさ、都会には劣るかもしれないけど。海も山も川もあって。のんびりしたとこでしょ? ここはさ。」

「そうですね。正直、私はそっちのが好きかもしれないです。巡ってて楽しいとこですよ。じゃなきゃ、こんな汗だくになるまで歩きません。」

 東京で暮らしてきた欣秀にとっては、角ばったコンクリートジャングル、籠る熱気、静寂を知らぬ喧騒で出来上がる〝都会〟は、辟易とする対象なだけであった。

 ここまで来てそんな場所に出くわしたら、それこそスルーされたであろう。

「うーん。でも、せっかく来たなら、面白い場所にも行きたいですよね。道の駅に飾られてる、秋祭りの山車だしとかはどうでしょう?」

「琥珀見たってしょうがないしねぇ~。」

「…アンタ、この前の誕生日に贈ったネクタイピン、琥珀を使ってた筈だけど?」

「えっ、そ、そうだっけ…。あははは…。」

 仕事そっちのけで、自分のために話題を展開してくれている。そんなのんびりとした時間に微笑みながら、欣秀はアイスをすくい続ける。

「あ! それなら私、『もぐらんど』をオススメしますよ~!」

 そんななか挙手をしたのは、カエデだった。

「もぐ…らんど?」

「ええ。近くにある、水族館です。マイナーですが、水槽のトンネルがあったりして、キレイなんですよ~。」

「水族館か…。」

 水族館見学は、欣秀にとって決して悪い案ではないのだが。

(くっユウトめ…!)

 福島でユウトに言われた、〝女の子と行ってるんでしょ?〟という言葉が、脳裏でフラッシュバックする。

 どうにも、一人で行くのが惨めに思えてしまった。


 顎に手を当て考えあぐねた末に、ふと欣秀は、先ほどのオーナーの発言を思い出す。

(旅の恥は掻き捨て、だな…)

「いやぁ、一人で行くのは、寂しいんで止めときますよ~。お嬢さんが付き添ってくれるなら、行ってみてもいいですが!」

 冗談めくように笑いながら、だが胸の底は震えながら、欣秀は言ってみる。なんの捻りもない誘い方だが、欣秀にとっては精一杯もいいとこだ。

「いいですよ!」

 和気あいあいとしていた雰囲気が、一瞬、凍り付いたと錯覚してしまう。

 やっちまった感。

 平静を装うように、欣秀はカウンターにあったピッチャーを手に取り、グラスに水を注ぐ。

「な~んつったりしちゃったりしてね…あはは。」

「…行かないんですか?」

「………えっ。」

「一緒に行かないんですか? もぐらんど…。」

 欣秀は恥を隠すのに夢中で、カエデの返答を聞き逃していた。

「…は? …え?」

 ピッチャーから注がれる水が、グラスから溢れ始める。

「おー! よかったな旅人の兄さん! カエデちゃん、今日はお客さんもいないし、もう上がっていいよ!」

「いえいえそんな。夕方までは~…。」

「旅人さんを待たせちゃ悪いだろう? 夕方までは忙しくないから、いいさ。」

「えぇ…!?」

「あそこにはバス行かないから、タクシー呼んであげるよ! はい、これお祝い(?)に運賃!」

「え!!」

「行ってきな。フルタイムで計上しといてあげるから。」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね!」

「えぇーーーーッ!?」

「旅人さん…少し落ち着きなや。」


~~


〝デッカいバイクで客引きになるから〟とのオーナーの厚意で、道の駅に停めてあったロケットⅢを店の軒先に移し、バックパックと刀も置かせていただいたあと。

 欣秀と清水しみず かえでは、タクシーに乗り込む。

「もぐらんどまで、お願いします~。」

「承知しましたー。」

 マニュアルトランスミッションに揺れる車体の後部座席で、男女二人が並んでいる。片や強張った表情で、片や笑顔のルンルン気分で。

(なんだこの状況…)

 欣秀は仏頂面のまま、グルグルと脳を高速回転させる。

(落ち着け…冷静になれ。こんなときは、前回までのあらすじだ)

(私、社会人浪人の磐城欣秀は、神奈川から旅に出て―

 埼玉でボコボコにされ、茨城でボコボコにされ―ダメだ、長すぎる! あと思い出したくない過去多すぎィ!)

 人間、願望が叶った時は浮き足立って仕方ないものだと思われがちだが、実際それを目前にしたときは、むしろ狼狽してしまうものである。

「欣秀さん…大丈夫ですか? なんだかとっても難しそうなお顔ですが…。」

 胸に手を当て、楓は心配そうに欣秀の顔を覗き込む。

(近いわッ! あとその胸に手を当てないでッ!)

「い、いえ。毎日、バイクに乗ってる生活なんで…。車なんて久しぶりで、なんか変な感じだなー…なんて。」

「あらあら。酔っちゃいましたか? 私、お薬持ってますよ?」

「いえ大丈夫です! お気になさらず! ………大丈夫ですから! 顔、覗き込まんでください! ほんとだいじょぶですからッ!」


~~


挿絵(By みてみん)


 タクシーは街を横切る河川沿いに進み、やがて沿岸部に出る。港湾の北部は造船所や石油備蓄基地のある工場地帯となっており、その道路を隔てたすぐそばに〝もぐらんど〟はあった。

「なんというか…本当に、ちっちゃいですね…。」

 もぐらんどは4階建ての六角柱が二つ並んだような外観となっていて、その規模は東京で見られる小型のテナントビル2棟ぐらいといったものだった。

「うふふ。確かにここから見ると、小さすぎますね。

 でも、ところがどっこい! なんですよ。さぁ、行きましょう。」

「あ、はい! ま、参りましょう…。」

 軽い足取りで進む楓を追い、欣秀はギクシャクとした足取りで玄関ホールへと入る。


「大人二枚、お願いします~。」

「あ、ここは私が…!」

「いえいえ、旅人さんはおもてなしされる側なんですから。ここは私に払わせてください。」

「ダメです! それは! 断じて! お願いします、ここは私に…!」

(ここで財布を出させたら、男が廃る…!)

 欣秀はまるで自分に言い聞かせるかのような語気で、少ない千円札を二枚引き出す。

「まぁまぁ。では、お言葉に甘えましょうか。」

 受付の女性に入館料を支払い、二人はチケットを受け取る。

「あら、楓ちゃん。また来てくれたのね~。今日はカップルかしら。」

「カッ…!」

(ップル…に見えるのかなぁ…!? 

 …仮にカップルだとしても、片方こんな格好してるカップルやべぇんじゃねぇかなぁ…)

「うふふ。お誘いされちゃったんですよ~。」

「ちょっと…!」

 確かにその通りなのだが、そう言われてはまるでナンパをしたようである。いや、形式上そうなのだが。

 ふふふと女子二人が笑い合っていると、受付の隅で作業をしていたもう一人の若い女性が、冷ややかな視線をこちらに投げかけてくる。

「いーですね、避難民さんは。ヒマそうで。」

 長髪で切れ長の目を持つ、楓とは正反対の涼し気な魅力をもつ女性は、同じく楓とは正反対の、まるで侮蔑するような、挑発的な声音で話す。

「ちょっと菊池さん!」

「いいんですいいんです。さ、欣秀さん。行きましょうか〜」

「あ、はい…。」

 急に敵意を向けてきた女性が気になりつつも、楓に促され、水族館の奥へと歩いて行く。


 そう、奥へと。

「うお…すっげぇ…!」

 分厚い防潮扉の先に。巨大な地下通路があった。

「じゃじゃーん! 驚きましたか? もぐらんどは、日本で唯一の地下水族館なんですよー! だから見た目以上に、けっこう広いんです!」

 楓は両手を広げ、まるで幼児でも相手にするかのように欣秀を案内する。その様子に苦笑しつつも、目の前の施設構造に感銘を受ける欣秀。

 展示は魚ではなく、石油備蓄やトンネル掘削に関する解説から始まっていた。

 ここは国の石油備蓄基地の一つであり、それが地下に保存する様式であること、それはどのように成されていて、いつ、どのように使われるのか。

 近年の消費エネルギーの変遷や、トンネル掘削の歴史…などなど、100mほどにわたって解説板が並んでいる。

「日本最初の有料トンネルは、大分の青の洞門なのか…。」

 楓に申し訳ないと思いつつも、欣秀はついつい立ち止まりながら、ゆっくりとトンネルを歩いて行く。

 その最奥から、さらに横へと通路は続く。魚の展示は、そこから始まっていた。


「見てください! 海女さんの、衣装ですよ~! カッコいいですねぇ。練習すれば、私にもできるんでしょうか? 素潜り…。」

 『ふるさとの海水槽』と名付けられた看板のそばに、名物らしい素潜りをして貝や海藻を獲る、海女の装備が展示されている。楓は何度も足を運んでいるようで、「これをかぶって、この重い靴を履いて…―寒い日は、セーターを着るんですよ」と、一つひとつ解説してくれる。水槽の中の魚たちについても、同ように紹介してくれた。

「うふふ、ここの解説板は、地元の子供たちがつくってくれてるんですよ。かわいいですよね~。

 あれがダイナンギンポで、あれがヒガンフグで、あれがババガレイ…。」

「あっアイナメですよね!」

「あら! 正解です! すごいですね!」

「はは、いえそれほどでも…(このまえ食べたからな…)」

 対話を楽しみながら、展示の紹介をしてくれる。欣秀にとっては、入館料を引き受けただけの価値がある、願ってもないガイドである。


 ―のだが。

「ご褒美に、頭撫でてあげましょーか!」

「は? いやいや!」

~~

「ヒトデさん、じょーずに触れましたか? ハイ、ハンカチです!」

「すぐ乾きますから!」

~~

「このクラゲさんゾーンは暗いので、手をつなぎましょっか。」

「一人で歩けますから!」

~~

「上の方の水槽、見れますか? 高い高いしてあげましょうか!」

「やれるもんならやってみてくださいよ!」

 出逢った時から思っていたことだが、楓の言動は、まるで幼稚園児に対するそれであった。

「あのッ…私、そんなガキに見えます?」

「ああ~………いえいえ。そういう訳ではないんです。ごめんなさい。よく言われるんですが…。」

 楓は笑いつつも、両手を合わせて申し訳なさそうに謝る。どうやら馬鹿にされている訳ではなさそうである。

「ごめんなさい。なんといいますか、私…人のお世話を焼くのがちょっと好きでして…。」

「ちょっとではないでしょ。」

「私、少し前まで児童養護施設にいまして…その影響でしょうか。…というのも私自身、そこ出身でして。」

 思いがけず複雑そうな話が飛び出てきて、欣秀は背筋を伸ばす。

「そうだったんですか…それは、申し訳ないことを聞いて―」

「気にしないでください。私も、全然気にしてないですから。」

 事実、まったく気にしてないというように、楓は笑顔のまま話を続ける。

「施設に入ったのは、私が10歳の時でした。朝起きたら、お母さんもお父さんもいなくて…。

 残されていたのは、1歳になったばかりの弟だけだったんです。弟にミルクをあげながら何日か過ごしたんですが、二人は帰ってこなくて…。それを見かねた近所のおばさんが、施設を紹介してくれたんです。」

 話を聞きながら館内を進んでいくと、やがて頭上と両脇を魚たちが泳ぐ、もぐらんど目玉のトンネル水槽へと差し掛かる。

「あっここですここです! 欣秀さんにぜひ見ていただきたかったの!」

 トンネル水槽の上に設置された照明が、水槽の中の水流に乱反射し、頭上にはキラキラとした光の波が揺らめいている。床ではその波が作り出す影が複雑に動いており、短い奥行きではあったものの、神秘的な青の空間がそこには広がっていた。

「ふふ。かめ吉くん、今日も元気そうですね~。」

 水槽には魚だけでなく、かめ吉と名付けられたアオウミガメ(雌)も泳いでいる。それが頭上を通ると、楓の顔に影が落ちる。

 楓はトンネルにもたれかかり、再び話し始めた。

「両親のことは、今は恨んでいません。きっと、何か止むを得ない理由があったんだと思います。

 ただ、お母さんの温もりを知らないで育つ弟は、可哀そうで仕方ありませんでした。だからせめて、私があの子のお母さんになってあげようって思ったんです。」

 物心のついていなかった弟は、ある意味ではまだ幸せだったのかもしれない。

 つい昨日まで一緒に暮らしていた両親が、急に姿を消す――。そんな体験は、10歳の少女にいったいどれだけの恐怖を与えただろうか。

 しかしそれに押しつぶされないよう、楓は弟を守ってきた。

 先ほどまでは正直〝変わった娘〟と認識していた欣秀だったが、しだいに尊敬の念を抱く。

「あの子が不安にならないよう、たっくさん甘やかしてあげよう~!って接してたんですけどね。気付いたら、それが癖になっちゃったみたいで。弟にも注意されるんですけどね~。

 だからか、今度は施設に居た子の面倒も見てあげたくなっちゃって…。ふふ、ごめんなさい。気持ち悪いですよね。さっきの欣秀さんみたいにドン引きされたことも、もう数えきれないほどあります。」

「いやそんな…。ドン引きどころか…羞恥プレイでした…。」

 しかし考え物だとは思うものの、拒絶反応を起こすほどではない。欣秀はなんとか、励ましの言葉を探す。

「多分、人を甘やかしたくなっちゃう…っていうのは、人の笑顔が見たいってことですよね。笑顔を見て自分も満足できる…っていうのは、楓さんが優しい証拠ですよ。

 だからまぁ……その…そう気を落とさんでください。」

 笑顔だの優しいだの、日常ではあまり使わない言葉を言いながら恥ずかしくなり、ボリュームダウンしながらの励ましとなる。が、楓は目を細くして笑ってくれる。

「まぁ、まぁ。嬉しいことを言っていただけるんですね。欣秀さんは。」

 青い光を浴びながら微笑むその姿に、欣秀は息を呑む。

 楓という女性は、馬鹿馬鹿しくなるほど本当に、心の根っこから純粋な娘であった。

「お礼に、頭なでなでしてあげます~。」

「それは勘弁してください。」


~~


 もぐらんどの玄関を出て、二人は木の葉の下でタクシーを待つ。

「どうですか? 楽しんでいただけましたか?」

「はい。優秀なガイドさんのおかげで、とてもためになる時間を過ごせました。」

「ふふ、欣秀さん。マジメなんですね。弟とよく似ています。」

「ほー、弟さんはデキる子なんですか。」

「ええ。まだ遊びたい盛りの中学生なのに、家事とか進んでやってくれて。とってもいい子です。…でも、ちょっぴり寂しいですね~。」

 世話好きな楓にとって、もっとも世話を焼きたい唯一の家族が独り立ちしていくのは、嬉しい反面、残念なことでもある。

「わかってるつもりなんですけどね。過保護はよくない!って。施設の他の方からも言われたんですが~…。

 …でもやっぱり、どんな子だって、甘えたい時期はあると思うんです。そういう、甘えられる時にたっくさん甘やかしてあげないと、いつか、その子が大きくなったとき、誰かを甘えさせられないんじゃないかな、って…。」

「なるほど…一理あるかもですね。」

 自分まで甘やかされるのは、反対だったが。

「欣秀さんは、お母さんにたくさん甘えましたか?」

「そうですね~…。」

 欣秀の視線が、少し下がる。

「甘えられたか…は、正直わかんないです。でも、大好きでしたね。…はい。

 多分、母が居たから、私は非行に走ったりしないのかも。…あはは、私、案外マザコンかもですね。」

 曖昧な回答に、楓は不思議そうな視線を送る。

「ああ、えっと。まぁ要するに、ですね。母親の愛…てやつは、大事だと思います。生まれて初めて受けるのが、それですからね。それを知らない人が、誰かを愛することなんてできない…なんて、月並みな言い方ですかね…――って、うおお!?」

 妙な鳥肌を感じ、視線を上げ楓の方を見た欣秀の目に映ったのは。木の枝から垂れ下がり揺れる縄…否、ヘビであった。

「ほあちゃぁー!」

 きょとんとする楓をよそに、欣秀は一瞬にして腕を振るってヘビを薙ぎ払う。ヘビ嫌いではあるが、美人を前に弱音は吐けない。

「まぁ、ヘビさん! 危なかったですね~。」

 ヘビは道路に上に飛ばされ、唐突な出来事に驚いたのか、じっとその場でうずくまっている。

「欣秀さん、大丈夫ですか? おケガは―」

「…とと、そこはいかん…!」

 欣秀はまた忙しなく駆け、近くに落ちていた長めの木の枝を以て、ヘビを乱雑に道路の脇、雑草の方へと弾き飛ばす。そして茂みの中にヘビの姿が消えたのを見届けると、ふうと一息つく。

「ふう、またかよ…。

 楓さん、大丈夫ですか? 噛まれたりしてないですよね?」

「いえいえ、全然。欣秀さんスゴいですね、ヘビさん平気なんですね!」

 拍手をするジェスチャーとともに楓に見つめられ、欣秀は気恥ずかしく頭をかく。

「い、いや。実はメチャクチャ苦手なんですけどね…。」

「でも、ヘビさん助けてあげたんですね。えらいですよ。きっとヘビさんも、〝ありがとう〟って言ってると思います。」

「あー…いや、そんな大層なことでは…。だってあれで轢かれても、寝覚めが悪いですし…。」

「〝愛〟、ですかね。」

 清々しいほどの笑顔を直視できず、欣秀は顔を赤くして空を仰ぐ。

(今回は、ヘビに感謝かもな…)


~~


 タクシーに乗り、二人はSHIOSAIシオサイへと帰ってくる。時刻は夕暮れごろで、昼とは打って変わって店内はそこそこ賑わっており、オーナー夫妻が忙しなく動いていた。

「まぁ、大変。手伝わないと…。」

 店のガラス扉に手を掛けようとする楓に気付き、オーナー婦人が店の外に出てくる。

「二人とも、おかえり。

 旅人さん、助かってるよ。〝あんなバイク見たことない〟って、一見さんも多く来てくれてさ。」

「お役に立てたようで何よりです…。」

「お店、大丈夫ですか? 私、すぐ入りますよ。」

「いいっていいって。今日はもう帰りな。旅人…は、どうだい。店ん中のソファでよければ、今晩ぐらい泊まってっていいよ?」

「えっ! いえいえ、迷惑ですし…。」

「しかしそうすると、閉店まで待ってもらわにゃだね~。」

「あっでしたら、私のアパートでお世話しますよ~。」

(はぁっ!?)

 再度絶句。

「ほ~~? すっかり仲良くなったみたいだね。そういえば、出かけたときよりか、どこか似合う雰囲気になってきたような…。」

 うんうんと婦人はうなずき、じゃあなおさら今日はもう帰れと、楓を促す。欣秀としてはさすがに断りたいところだったが、トントン拍子で話はまとまってしまっているようで、もう止めようがない。

「それじゃあ、予定通り次は明後日で。ヨロシクね。」

「あ、あのっ!」

 楓と話し終わり手を振るオーナー婦人に、欣秀は一つだけ問いかける。

「あの、なんでここまでしてくださるんですか? タクシー代とか…見ず知らずの人間に。」

 拍子抜けした顔のあと、婦人はニッコリと目を細める。

「見ず知らずの旅人だからだよ。ここは、アタシたちとしては好きな町だけど…。ぶっちゃけ、旅行にわざわざ寄るような場所ではないと思ってたんだ。

 そんなとこに旅人さんが来てくれたって事実が、なんだか嬉しかったのさ。

 格好見りゃあわかるよ。そこそこ、苦労して来てくれたんだろう?

 だから、もてなした。そんだけ。」

 宮城でも高野に世話になった欣秀。人の暖かさというものに胸を打たれ、その頭を深々と下げる。

 その代わり、バイクは見世物として置いてってよと懇願されたので、欣秀はバックパックと刀を回収し、楓とともに彼女のアパートへ歩くこととなった。


~~


「良い人ですよね、オーナーさんたち。私も、たくさんお世話になったんです。」

「ええ、ほんとに…。楓さんにも、世話になりすぎちゃって、申し訳ないです。」

「いいんですよ。私がそうしたいだけですから。きっとオーナーたちも、同じ気持ちの筈ですよ。」

 空はうっすらと暗くなり、暑さも少しずつ引いてくると。欣秀は、改めて現状の異常さに気付き始める。

(………えっ…マジで上がり込むつもりなのか…)

 他人の家というだけで緊張するのに、女子のいる家。

(…美人局とか…考えたくないな)

 しかし今更断る訳にもいかない。せめてその自宅に着くまで、少しでも言葉を交わさなくては…と考え、抱いていた疑問をぶつけてみる。

「あの、今はあのお店で働いてるんですよね。児童養護施設は、もう止めちゃったんですか?」

「ああ~……。実は私、全く別の地域の児童養護施設にいたんです。ですが、震災で…。」

 楓は困ったように笑う。どうやらまた地雷を踏んでしまったらしい。

(ああ…またか……)

 津波にまつわる苦い思い出が、欣秀に陰を落とす。

「じゃあ、津波でそこが流されて…。」

「いえ、津波は大丈夫だったんです。ただ、放射能の影響があって…。」

 地震における被害は、揺れや津波だけに留まらない。それに起因した二次災害も、必ずと言っていいほど起こる。

 かつての東北における震災では、津波によって冷却施設が麻痺し、沿岸部の原子力発電所が炉心溶融メルトダウンした事故もあったという。放射性物質の漏洩を招いた悲劇が、その傷跡をより深刻たらしめていた。

「暫くは、向こうの仮設住宅で過ごしてたんですが…。あまり物資もなくって。当時小娘だった私には、余裕をもって生活するのが難しかったんです。そんな時、こちらでも避難民を受け入れてくれる場所があるって話を聞いて。こっちに来ることにしたんです。」

「頼る相手もいなかったでしょうに…大変でしたね。」

「まぁ、そうですね。…でも、弟のことを思えば。なんだってできる気がしました。」

「それにしても…あっちのほうからここまでって、けっこう遠くないですか?」

「えへへ。それは、ここが私の好きな町だったからなんです。

 両親が居た頃、一度だけ家族旅行で連れて来てもらった場所で…。もぐらんども、その時初めて行ったんですよ。」

 水族館に対する深い思い入れは、それが要因だった。家族との唯一ともいえる思い出だったから、何度何度も訪れたのだ。魚一匹一匹の、種類を覚えてしまうほど。

(ユウトに会わせたら、話が弾みそうだな…)

 そんなことを、欣秀は思う。

「それに向こうは未だに傷跡が残っていますので…。弟のことを考えても、新天地に移住した方がいいかな、って思ったんです。

 ありがたいことに、来てみたらほんっとにいろんな方がお世話してくださって…。今は、働く場所もいただけました。」

「へぇ~。いっそのこと、もぐらんどで働いちゃえば楽しそうでしたけどね。」

「私もはじめはそう思ったんですが。ちょっと事情が難しそうでして~…。」

 もぐらんどの受付の一人が、楓に悪態をついていたのを思い出す。

「…そういえば、なんだか感じの悪い人いましたね。」

「あの人も、悪い人ではないんです。ただ、いろいろと事情がありまして…。」

 楓が語るに、あの受付嬢もまた、津波で家を流されてしまった一人なのだという。そういう点では楓と同じ被災者ということになるが、二人には決定的に違う点があった。

 それは津波で家を失くした者と、放射能で故郷を失くしたもの、という点。

 津波と違い、放射能は人災というような認識がされている。明確にはわからないが、放射能被害にあった避難民は、国から多額の補助金が与えられるそう。しかし津波被害の人々には、比較すると十分な補償がないとのこと。

 同じ仮設住宅に過ごす者同士だが、片や資金に余裕があり、片や立ち直るには不十分な財力。それが格差を生むのは、明白だった。

「もちろん、暖かく迎え入れてくださった方は、たくさんいらっしゃるんですよ。慣れない土地だからって、みんな仲良くしてくれました。…でも、皆がみんな納得する…というのは、難しいですよね。」

「………なるほど。」

 あの震災は、本当に色んな傷を残している。視線を落とす楓に、欣秀は何も声をかけられなかった。


 楓の住むアパートは、駅より北、昼間タクシーから見た川を、渡った先にある。カーブを描く橋の上り坂に差し掛かり、欣秀は「よいしょ」とバックパックを背負い直す。

「すっごいお荷物ですねぇ。重たくないんですか?」

「へへ。重たくないと言えば嘘になりますが…修行ですんで。」

「まぁまぁ。努力家なんですねぇ。なにか武術をやられてるんでしたっけ?」

「ええ。刀と、あと中国武術を。」

「中国武術…? カンフーってことですか?」

「そうですそうです。」

「すごーい! あの、型?とかあるんですか?

 私、ドラゴンが燃えるところ、見たいです!」

「なんの映画みたんです?」

 まだ、自信を持って技を披露できるほど成熟していない。とは思う欣秀であったが、いろいろと世話になった些細な礼になると思えば、お安い御用だった。

 橋を渡り切り、二人は河川敷へと下りていく。遊歩道脇の草地に楓は座り、その傍に荷物を置いた欣秀は、楓の前方へ15歩ほど進む。立ち止まり直立となると、ゆらりと腕を揺らし始め、ヘビがうねるような動きで体の周りに弧を描き始める。

 三盤落地。中国武術における型――套路とうろの始まりを知らせる、開門式である。

 欣秀は自分の側面に仮想敵を生み出し、それをキッと睨む。それから、体をねじるように身をかがめたたかと思うと、捻り込んだ腕をバネのように一気に開放して、振り回し始めた――


~~


「ぜぇっ、はぁっ…!」

 欣秀が行なった套路『沫面拳まつめんけん』は、数ある套路の中でもかなり長い部類である。3分近くもの間、欣秀は肩を地面スレスレまで落としたり、片足立ちになったり、跳んだと思ったら、また身を沈めたり…という激しい動作を行ないながら、両腕を鞭のように複雑かつ大きく振り回し続けた。套路を終え、終式でそれを締めるころには、もうその息は荒い。

「すごーーい!」

 パチパチと拍手しながら、賛辞を贈る楓。

「いえ、…ハァッ、まだまだ、です…。」

(これで息が上がってるようじゃ、未熟もいいとこだ…)

 腰に手を当て、ゼエゼエと息を整える欣秀。

「あらあら、大丈夫ですか? ほら、ここに寝っ転がって、いーですよ?」

 楓は正座になり、ヒザをポンポンと叩く。

「…?! いや! それはちょいと…!」

 荒い息を止め、雑念に頭を抱える欣秀。

 それを楓がきょとんと眺めていると、頭上から違う声が浴びせられる。

「カッコいーーー!」

 声の方には、橋の上からこちらへ走ってくるジャージ姿の若者がいた。

「あらまぁ、レンちゃん!」

 楓にレンちゃんと呼ばれた中学生と思われる男子は、タタタッと軽快な足取りで河川敷へと下りてくる。

「姉ちゃん、こんなとこ居たんだ。その人が、言ってた旅人さん?」

「はい、そうですよ~。」

「君は…。」

 快活に話す青年に、欣秀は身構える。

「回収役かッ!」

「ええっなんのこと!?」

 どうやら美人局ではないらしい。楓の弟のようである。楓は帰宅するにあたり、あらかじめ欣秀のことを連絡していた。

「はじめまして! 僕、清水 れんっていいます!」

 爽やかな短髪の好青年。顔は、楓に似て優しそうな面持ちである。

「こちらこそはじめまして。磐城欣秀です。

 …今日はなんだか、厄介をかけてしまうみたいで申し訳ないね…。」

「いいですよいいですよ! 皆でご飯食べたほうが、楽しいし!」

 楓に育てられたからだろうか。実直な人間である。

「あら蓮ちゃん、どうしたのその指? ケガしたの?」

「ああこれ? 大したことないよ、部活で突き指しただけ。それよりもさ、磐城さんがさっきやってたのって、カンフーってやつですか!? カッコいーなぁ!」

「う、うん…まぁね!」

 カッコいいと言われると、やはり悪くない気分になってしまう。

「如来神掌やってください! 如来神掌!」

「できるわけないだろ!」

 ほんとうに、一体なんの映画を観ているのだろうか。

「あの! そういうのって、どこで習えるんですか? 磐城さんは、誰に習ったんですか? 教えてほしーです!」

 蓮は、欣秀に食いついてくる。

「んん…そうだなぁ。」

「あ、それ。私もよろしければ聞いてみたいです! 欣秀さんのこと、まだあまり知りませんし。」

 あまり知らない人間を、よく泊めようと思ったものである。

 欣秀は苦笑したが、身元をはっきりさせるという意味でも、多少は話しておかねばならないと思った。楓の過去ばかり聞いて、自分は何も明かさないというのも、居心地の悪い話である。


「そうだなぁ……。どっから話したものか…。」

 欣秀は荷物の傍に座り、空を見上げ思案する。蓮も座り込み、姉弟してワクワク、といった顔で、話が始まるのを待ち望んでいる。

「師匠とは……東京で出逢いました。」




挿絵(By みてみん)

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。


ビジュアルノベルにしたものを作ってみました↓

https://freegame-mugen.jp/adventure/game_12485.html

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