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風来譚  作者: ふちのべいわき
第二章
11/18

第十話 静かな道、騒がしい道連れ

青森編


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。

 青森県三沢市

 町はずれのコインランドリー


 サングラスをかけたうえに、帽子を目深にかぶった視界の悪そうな男が、ポケットに手を突っ込んで入店する。黙々と仕事に勤しむランドリー達を流し目に見ながら、男は店内を一巡。そして首を軽く、自然な動作で動かして周囲を確認したのち。

 男は洗浄を終え、持ち主を待って休んでいるランドリーのドアを、片っ端から開けていく。開けては中を物色し、開けては中を物色し。やがて、男は目当てのものを見つけると。

「ヘヘ、当たり…。」

 やらしい笑みを浮かべ、手提げ袋に中の衣類を乱雑にぶちこんでいく。

 主婦層の利用が多い、平日の昼下がり。男が鼻息を荒くしながらその手を動かし終え、"余裕だ"とばかりに出口へ向かおうとした時。

「それ、乾燥機に入れなくていーんですか?」

 不意に浴びせられた声に、男の肩は跳ね上がる。見ると、店舗の隅にサービスとして置かれていたクタクタのマッサージチェアで、一人の青年がくつろいでいた。

 影が薄くて、気付かなかった。


 半袖・ハーフパンツのスポーツウエアを着た青年は、並べられていたキャスター付きの取り出しカゴを一つ持つと、それを男の方へと押し出す。

「ほら、一旦このカゴに入れて、次は乾燥機に入れるんです。いやー私もね、わかりますよ。最近になってコインランドリー使い始めましたから。慣れないとモタクサしちゃいますよねー。」

 青年は"わかるわかる"とばかりに腕を組み、うんうんと頷く。

「あ、あはは! そうでしたねー! いやー俺も慣れてなくて。」

「ははは、おじさんもおっちょこちょいですねー。

 でも、女物の洗濯物を"間違って"持ってく、なんてのは、いくらなんでもおっちょこちょいが過ぎるんじゃないですか?」

 男が、またギクリと動きを固める。

「そのランドリー、さっき女性が使ってましたけど。」

「…む、娘のを取りに来たんですよ! 俺が回収することになりまして…。」

「……あー! あの黒髪ロングの、清楚そうなお嬢さんですか! 可愛い娘さんを持って、幸せですね~。」

「そーなんですよ! いや~自慢の娘で!」

「ふーん。ま、誰がそのランドリー使ったかなんて、見てないんですけどね、私。」

「え。」

 二人の間に、緊張が走る。

「……君、もしかして俺を、泥棒か何かと疑っているのかい? ヤダなぁ、ほら見てみなよ。このコインランドリーは防犯カメラも設置してあって―。」

「いやー昔、雑誌の仕事で盗難防止グッズについて調べたことがありましてね。あのカメラ見たことあるんですよ。見掛け倒しの安価な、ダミーカメラとしてね。」

「…っ!」

「スキありっ!」

 男が動揺した一瞬の隙を突き、青年は男の手提げ袋を引き寄せる。

「シロだってんなら、あなたの洗濯物も入ってるはずですよね…!」

 そして中を改めるため、手を突っ込むと――

 白日の下に晒されたのは、布面積の極端に小さい下着――真っ赤なTバックだった。

「う、うお…!?」

 男は奪われたTバックに手をかけ、語気を強める。

「ま、間違えた! それは、つ、妻の物だ! そうだ! 嘘をついているのは君の方じゃないか! こんな大胆な下着を、清楚な娘が着る筈ないだろう!?」

 青年は証拠を奪われんとばかりにTバックを握りしめ。

「なっ、決めつけはよくないですよ!? そーやって見てくれがマジメそーな女の子だって、内心にはどんな感情を抱えているか…! そのギャップがむしろ…じゃない! おじさんこそ、さっさと罪を認めなさいよ!」

「何のことだァ! とにかく俺は認めねぇぞ! こいつは正真正銘、大人の色気の権化だァ! 熟女モンだァ!」

「あー! もう開き直ってやがりますね!? 案外子供ってのは、知らないうちに大人の階段を全力疾走してくもんなんですよ!」

 互いに譲れぬ持論を展開し、Tバックを引っ張り合う二人。そこで、コインランドリーの自動ドアが開き。

「アンタたち、アタシの下着でなに遊んでんだい!!」

 入ってきたのは、50歳は超えてそうな年配の女性であった。その張りのある叱り声に、青年と男は顔を見合わせる。

「「…すみませんでした。」」


~~


「まったくアンタ、いい歳こいて下着ドロなんて、恥ずかしくないのかい!」

「すみません……最近、人間関係が上手くいかなくて…仕事も上手くいかなくて…ムシャクシャして…ムシャクシャも上手くいかなくて…」

「あーもういいよ、こんなババアの下着にまで手を付けた、アンタの精神状態に免じて今回は許してやるよ。もう二度とするんじゃないよ!」

「はい…。」

 正座させられた男が女性に喝を入れられる様子を、青年はいたたまれない様子で見守る。

「それで、お兄さん。あんたには感謝しないとね、下着ドロを捕まえてくれて。この辺じゃ見ない顔だけど、お兄さん一体何者なんだい?」

「あ、そうですね。私は…。」

 ちょうど言いかけたところで、青年の衣類を回していた乾燥機が動きを止める。青年はその扉を開け、少々日に焼けた真っ黒な長羽織を引っ張り出して言う。

「ただの、旅人です。」



第十話

 静かな道、騒がしい道連れ



「ってわけでさぁ。なかなかの大捕り物だったよ。」

『ふーん…。っていうかよっちゃんさぁ。ランドリー回してる間、ずっとお店の中に居たの? …暇なの? 周りを散策したらいーのにー。』

「いやぁ…だって、替えの運動服で歩き回るの、恥ずかしいし…。」

 青森最大の湖・小川原湖のほとりにある道の駅にてテントを張り、寝る間際の欣秀よしひで。少々目が冴えてしまっているので、姉の絵俐えりに電話に付き合ってもらう。

『運動服しかない…って、道着一着しか持ってないのー?』

「だって荷物を増やしたくないんだもの。」

『えー週に何回洗ってる~?』

「一回。水曜日って決めてる。」

『え”~週イチぃ? 』

「三日に一度銭湯に入るじゃん。そのとき下着を替えるじゃん? 手持ちのパンツと靴下三組がいい具合にローテーションできるのが、一週間なんだよ。」

『え~~~。んーまぁ、よっちゃんはまだ若いし、多少クサくても許されるかぁ…。』

「失礼な。臭くないよ………多分。」

 嗅覚疲労という現象もある。欣秀は大丈夫と言い切ることができず、自らの脇あたりに鼻を寄せる。

『…まぁ、そういう意味では。貧乏旅が許されるのは、若いうちだけなのかもねー。

 そんで、今日はどんなとこ行ったの?』

「三沢の航空科学館行った。すごかったよー! 中は有料なんだけどさ、飛行機のエンジンやら何やら見れて! 屋外にも現役を引退した軍用機とかが置いてあってさ、コックピットに入れるのもあったんだぜ!? いやぁもう無料の屋外のがスゲェんじゃないかって――」

 自由気ままに行きたい場所へ行き、好きなものを見て好きな感想を抱く。一人旅というのはとことん気軽なものだが、それでもたまに、その感動を分かち合いたい時はある。欣秀は溜まっていた話の種を、絵俐へと放出してゆく。

『そっかそっか。旅、楽しめてるんだね。

 青森か~いよいよ遠くに行っちゃったって感じだね。…危ない目にとか遭ってない? ケガとか、してないよね?』

「うん、勿論。」

 本当は痛い目に遭ったりもしているのだが、わざわざ心配はかけられない。

『そ、よかった。よっちゃんさ、この前も人助けしたーとか言ってたじゃない? 人を助けるいい子なのは嬉しいけどさ、危ない事には首突っ込まないでね~?』

「あはは、ないない。だいじょぶだいじょぶ。」

『ほんとに気を付けてよね。体が壊れちゃ、旅も続けられなくなっちゃうんだからね?』

「…わかったよ。」

『あと、洗濯の回数も増やすように!』

「善処します、善処します。じゃあ、今日はもう寝るよ!」

『うん。明日も晴れるといいね。おやすみぃ~!』


 通話が切れ、テントの中にいつもの静寂が満ちる。

「……そういうわけにも、いかないんだよなぁ…。」

 欣秀は苦笑いを浮かべ、天幕越しに夜空を見据える。その胸中で居心地の悪い渦を描いているのは、往日の苦い記憶だった。

(辛うじて…辛うじて、運よく。あの時は楓さんたちを守れたけど。もし、彼らが凶器を持っていたり、武術の心得があったら……。私は、勝てたんだろうか。)

 岩手で殴られた頭をさすり、欣秀は眉をひそめる。自らの未熟さの象徴とばかりに、忌々しげに。

 傷を恐れては、守れぬものがある。気持ちでの決心は、ある程度ついた。だが気持ちだけでは、当然物事は解決しない。仕事にしろ試合にしろ喧嘩にしろ。勝負事では、常に気持ちに見合った実力も要求される。

(そもそも、あの時は無我夢中すぎて…。あんなに頭が冴えわたったのは、あの一度きりだし)


 欣秀は無力さを痛感してからというもの、厄介毎を見つけると、積極的に首を突っ込むようになっていた。暴力沙汰になっても構わない。むしろ、実戦の経験値を増やしたい。と、好戦的と見られてもおかしくないほどに。それでも、納得のいく結果は出せていない。

「もっと、強くならなくちゃ…。」

 悩みというものは、やっとの想いで一つ解消したと思えば、すぐにまた次が現れるものである。欣秀の心では、また新たな焦燥の念が湧き上がり始めていた。



―翌日―

「霧、か…。」

 絵俐の願いは届かず、目覚めた欣秀の眼前には濃い霧が立ち込めている。水分をまとったフライシートを、他の荷物を濡らさぬようレジ袋に入れてからスタッフサックにねじ込み、欣秀は地図を確認する。

「この辺りは沼が多いのか…。湿っ気がある場所だから、朝霧が濃いのかな? いや、そもそも霧雨だったりして……。そういえば、もう梅雨のシーズンだしなぁ。」

 片手間で推理をしながら、欣秀はタブレットの地図をスクロールする。霧の日は前方の視界が悪い。念入りにルートを頭に叩き込んでおかねば、分岐路を見逃す可能性もある。

 ちなみに、ナビは使っていない。あっという間にバッテリーがなくなるうえ、そもそも変な道に案内されることが多いからである。国道沿いに走るぐらいだったら、欣秀は十分記憶できる。

「次の目的地は、大間。さて、青森の下北半島まさかりは、どう進もうかな~っと……。

 ―よし、陸奥むつ湾側を行くか。国道338から県道5号で西へ、そっから国道279で北へ…。」

 幸い、路面はそこまでウェットではない。気温も良好で、視界にさえ気を付ければ、ドライビングは快適なようす。欣秀は荷物をまとめ、ロケットⅢを目覚めさせる。

「さぁ、出発だ。」


~~


挿絵(By みてみん)


 本州最北端の県・青森。そのまた更に最北の地である下北半島の入り口は、欣秀が今まで通ってきたどの道よりも開放的で、何もない空間が続いている。広大な田んぼの端を霧が隠すお陰で、それが永遠に続いているように見える。霧越しに突然現れる風力発電所は、巨大な幽霊のようで欣秀の肝を少しばかり冷やし。霧が薄まったと思ったら、今度は頭上を草木が塞いでおり昏い道…。ちょっぴり薄ら寒くもあるが、冒険心をくすぐられる。そんな"最果て感"が、欣秀のワクワクを刺激する。


「…とはいえ、ほんとに建物が少ないな…。次のコンビニあたりで、食材買っとこうかなぁ…。」

 北海道へと刃を掲げる"まさかり"の形をした下北半島は、その柄の部分が太平洋と陸奥湾とで挟まれている。欣秀は現在その太平洋側に居るのだが、"せっかくの内湾である陸奥湾を見てみたい"との思いで、西へ向け大移動する進路をとる。

(…今晩は、パンでも焼くか)

 太平洋側から陸奥湾側へと続く県道5号・野辺地(のへじ)六ヶ所線の東端にあるコンビニで、食材を仕入れると、欣秀は海風に別れを告げ西へ。周囲は相変わらず緑や茶色の多い景色だが、日が昇り始めたからか霧も晴れ始め、その色は鮮やかさを取り戻していく。

(まるで、写真で見た北海道みたいだな…)

 畑が丘陵に沿って曲線を描き、それが日の当たり加減によって、土色のグラデーションを彩る。賑やかさがない、人口がない場所だから生まれる、心が和らぐ農村風景。欣秀はその景色を前に思わずアクセルを緩め、前を走るトラクターもあえて追い越さず、のんびりとその雰囲気を愉しむ。

「これが"端っこ"、最果ての風景か…。なんか、すっごい和むなぁ…。東京から出て田舎暮らし始めるって人の気持ちも、わかるかも。」

 目覚ましとか、電車の発着とか、始業時刻とか。そういう忙しいものを告げる時計の針が、全て止まってしまったようなスローライフな場所。あの耳障りな秒針の音が聴こえない心地よさに、欣秀の頭は、眠くもないのにウトウトとし始めていた。


~~


 県道5号の西端にて眼下に陸奥湾を確認すると、欣秀はそれに沿って国道279・むつはまなすラインを北上する。半島に囲まれているからか陸奥湾の波は低く、遠方が霞んでいることもあって、湖のような穏やかさを放っている。牧草地の多い野辺地町をのんびりと通り過ぎていれば、日はだいぶ高くなり始めていた。

「どっかで、陸奥湾を臨みながら弁当でも食べるかなー。」

 走り続けると、町は消え、牧草地も消え。信号すらもなくなり、道路は森に囲まれた、快走路へと変貌していく。欣秀がスロットルを少しばかり開け、速度を出そうとしたその時。後方から、甲高いエンジン音が響いてきた。

 ミラー越しに後方遠くを確認する欣秀の目に、片側のヘッドランプのみがついたバイクが映る。

(片目一灯…、フルカウルか。素直に道を譲っとこ)

 ロケットⅢを左手に寄せると、フルカウルバイクは速度を緩ませるそぶりを見せず、欣秀の脇を猛烈な勢いで走り去っていく。その迫力と僅かばかりの風圧に、欣秀は軽くたじろぐ。

「あっっぶな…! ったく、事故っても知らんぞ…。」

 4気筒のエンジン音は瞬く間に前方彼方へと消えていき、道路は再び静けさを取り戻す。

「あんなに飛ばしたところで、カッコよくもなんともないもんね。やっぱ、男は堂々と走らねば…。」

 旅を始めてからこのかた、ロケットⅢはほぼほぼ60㎞/hを超えて走行したことがない。欣秀の言う"堂々と走る"カッコよさもあるが、行くあてのないこの旅。急いで目指す目的地もないし、速度を上げてはせっかくの景色も楽しめない。燃費も悪くなるし、何より事故の確率が高くなると、飛ばすのは欣秀にとって百害あって一利なしだった。

 故に、幾度となく後続車に追い越されてきた訳だが、それについていちいちイライラすることがない程度には、欣秀は余裕を持てている。


 今回も我存ぜずと、マイペースでアクセルを保ち。快適なツーリングを続ける欣秀―…だったが、やがて前方の道路わきに、一台のバイクが停まっていることに気付く。

(…ん? さっきのバイクじゃないか?)

 ブルーとシルバーのカラーリングを纏った、ヤマハのYZF-R6。そのライダーは左ウインカーを点けて停止し、肩越しに欣秀のことを見ている。

(こわ…目合わせんとこ)

 欣秀はその存在に気付かなかったとばかりに無視を決め込み、R6の脇を通り過ぎる。やがてその姿がカーブの影に見えなくなったところで…また、あの甲高い4気筒音が後方から響いてくる。それは先ほどと同じように欣秀の脇を通り抜け、また前方へと消えていく。

「なんなんだよ……。」

 地図でも確認していたのだろう、と欣秀は判断し、速度を変えぬまま走行を続ける…と、また前方に停まるR6が見えてくる。ライダーはまた、こちらに頭を傾けている。

(えぇ…!?)

 相手が明らかにこちらを意識していると確信し、欣秀はますます無視を決め込む。通り過ぎて少し経つと、また後方から追い越され。そして前方に、またその影が見え。追い越せば、追い越され。

「おちょくってんのか!」

 ここまで挑発されたのは、初めてのことである。そしてそれを鮮やかにスルーできるほど、欣秀はまだ出来た大人ではなかった。欣秀はアクセルを回し、追い抜いて行ったR6を追走する。やがて視認したR6は、ちょうど電車が通過する、踏み切りで停止しようとするところだった。

(そんなに遊びたいなら、遊んでやるよ…!)

 欣秀はヘルメット越しに、左に並んだR6のライダーを睨む。レザーファッションに身を包んだライダーは、ヘルメットのシールドをミラーリング加工しており、その素顔は見えない。が、アクセルを煽るそのようすは、どこかこの状況を愉しんでいるようすである。


 電車が通り過ぎ、警笛が鳴り止み。続いて遮断桿しゃだんかんが上がると、二台のバイクはゆっくりと動き出す。

 踏切の向こうは、鋭角の左カーブ。スロットルを解き放つのは、カーブから抜け出す直前から。二台は踏切を越えた途端に速度を上げ始め、カーブに進入する。コーナリングを始めると、インサイドに位置していたR6がハナをリードし始める。そしてたちまち、カーブの出口へ。

 R6のライダーはアクセルグリップを思い切り回し、唸りをあげさせマシンを押し出す。欣秀もアクセルグリップを回すが、ワンテンポ遅い拍子。加速を始める視界の端にロケットⅢが映らないことから、R6のライダーは勝利を確信する。が。

「!?」

 4気筒の駆動音が聴こえないばかりの爆音が、その右耳にこだましたかと思うと。突風に似た風圧を巻き上げ、黒い巨躯がその脇を追い抜き、怒涛の勢いで眼前へと突進していく。R6もギヤチェンジを介しながら負けじと加速を続けるが、一秒経つごとに、その影は小さくなっていく。


「っしゃあ! ハーレーとは違うのだよ! ハーレーとは!」

 一言にハイパワーなエンジンといっても、その性格は多岐にわたる。その中でも二つに分類できるのは、"馬力重視かトルク重視か"、というところである。

 ざっくり言うと、馬力とはエンジンの回転効率を表すもので、これが高いマシンは高回転域でも速度を上げやすく、最大速度を稼ぎやすい。レーサーであるR6は、こちらに属する。

 対してトルクとはエンジンのクランクシャフトを回す力を表しており、これが高いと、走り出しで力強い加速ができる。ロケットⅢの2,300㏄という圧倒的な排気量はそれを異常なまでに高めており、その体躯に似合わず発進の速度は驚異的。その最大加速度たるや、地球の重力を振り切るほどであった。故にその名を、"ロケット"という。

 最高速を維持して競うサーキットでは、R6の圧勝であったであろう。しかしシグナルダッシュのような走り出しを競う場では、スリムな風を切るスタイリングのバイクより、重々しくパワフルなエンジンを抱えるバイクが勝ってしまうことも、あるのである。

 流石に速度が上がってくれば勝てない。と、欣秀は勝ち逃げを決め込み、早々に速度を抑える。激昂したR6が後ろから追ってくることも覚悟したが、しばらく巡行してもそのようすはなかった。

「フッ、負けを認めたんかね…。」

 フンスと鼻息を鳴らし、欣秀は意気揚々と歩を進める。


〜〜


 やがて道路脇から陸奥湾の波打ち際に続く広場を見つけ、欣秀は『幸田露伴の文学碑』広場へとロケットⅢを停める。久々にアクセルを全開にしたものだから、どこか壊れていないか、荷崩れしていないか、と一抹の不安を抱いた欣秀であったが、特に変わりはないようだった。

 大湊線の線路を飛び越し、背の低い草地を踏みしめて歩くと。眼前に、陸奥湾が広がる砂浜に辿り着く。

「おー、いいカンジいいカンジ!」


挿絵(By みてみん)


 普段の欣秀の昼飯といえば、価格と栄養価を鑑み、牛丼屋のサラダ付きランチセットを注文するのがパターン化しているのだが。せっかく旅をしているのだから、こうして弁当を空の下で食べる機会は、やっぱり欲しかった。

 竜田揚げ弁当を頬張りながら、欣秀は穏やかに揺れる陸奥湾を見つめる。

(この先には、津軽半島があるんだよな……)

 往路は下北半島を駆け上がり、大間崎からフェリーに乗る予定だが。北海道から帰ってきたら、あちらの半島を見てみるのも悪くはないだろう。


 そんなことを考えている欣秀の背後から、足音が近づいてくる。欣秀が気付いて振り返るかどうかというところで、その人物は声をかけてきた。

「ヤバ…! なにそのカッコ…エモくね!?」

 躊躇いや遠慮など微塵も感じない、弾むような声音だが間延びした口調。欣秀が振り返ったそこには、20歳間際に見えるレザージャケットを着た娘が立っていた。金髪のボブカットは一部だけ青く染められており、眉はマスカラでシャープに整えられ。跳ね上がった長い付けまつげと、バッチリ決まったカラーコンタクトと、濃いアイメイクが眩しい。

(ギャル…!? この辺境の地に……? あれ、でもこのレザースーツ…)

 欣秀がポカンと口を開け反応に困っている間に、ギャルは続けざまに口を開く。

「えっ、てかけっこー若いし! えー何ソレー、何ファッションっていうの~?! ウケる。」

「は、はぁ…。えっとこれは―」

「なんか土くさいし。」

「……これは」

「てかさてかさー! 何あのバイクエグくない!? よーいドンでああまでやられたん、あーし初めてなんだけど!」

(し、質問に答える暇がない…! って、ん? バイク…?)

 唐突に襲って来た質問の波に欣秀は目を白黒させつつも、バイクというキーワードを聞いてようやく合点がつく。

「あっ、あのR6のライダー…?」

「えっっっ、今気づいたん? ショボンなんだが。」

「…いや、ヘルメット越しで顔見えなかったし…。」

「あーなる! でもさでもさー! こんなイケてる体のライダー、ふつー目に焼き付くっしょ!」

「………。」

 辛うじてレザージャケットに見覚えこそあるものの、あの時の欣秀は闘争心で頭が一杯でおり、体つきどころか、女性であることにすら気付いていなかった。なにより。

「……そんなにイケてる?」

 スリムでこそはあるが。

「ちょ失礼~~! いきなり煽られたんだが(笑)、ウケるわ!」

 口では何やら怒りの念を表しているようだが、ギャルはくつくつと笑っている。そのまま無遠慮に欣秀の隣にどかりと座り込み。脚を伸ばす。いくら女性であっても、波長の合わない相手が隣にいても嬉しくはない。欣秀は軽く身を引く。

「…失礼なのはどっちよ。追い越しては睨み追い越しては睨み…って、とても褒められたもんじゃない挑発だと思うけど。」

「あーあれ! ごめんごめんおこだった? や~違うんよ! あーやって思い切りブチ抜いてやると、よーくおじさんライダーとか話しかけてくれるからさ~。兄さんは若かったけど!」

 いまいち要領を得ない回答に、欣秀は首を傾げる。

「…話しかけてもらいたかったの?」

「そそ! いやまー話しかけてもらいたかったというより、そのままご飯でも奢ってもらえたらな~なんつて!」

 なるほど。と、欣秀は納得する。バイク乗りの性別比率は、男性が勝っている…つまり、女性ライダーというのはどちらかといえばレアな位置づけである。となると男の性とでもいうべきか、男性ライダーは女性ライダーを見かけると優しく接したりしてしまいがちな訳で。

 ツーリンググループでは俗に言う"姫"のような存在が生まれがちで、誤解を恐れずに言うと、もてはやされたいがためにバイクに乗る人間もいる。

 バイクに乗る理由は人それぞれで自由だが、それをどう捉えるかも人それぞれ。そして欣秀はそういう動機を、どちらかといえば嫌う部類だった。


「……なるほど、物乞いさんって訳ね。言っとくけど私は何もやれんから。貧乏人で運が悪かったね。」

 あざ笑うように欣秀が言ってやると、流石にギャルもむすっっとする。

「はー何その言い方! 言っとくけどね! あーしただの物乞いじゃないんで!」

「物乞いではあるのか…。」

「フフン、あーし、旅人やってんのよ!」

「…旅人?」

 馴染みの深すぎる言葉に、欣秀は思わずピクリと耳を立てる。

「そ! あーし今、本州一周の旅、やってんの!」

「…そういう割には君のバイク…。」

 欣秀は振り返り、駐車場を確認する。ロケットⅢの隣には、確かに先ほどのR6が停まっていた。

「…全然荷物がないけど。」

 欣秀自身、無用なものを極力省いた結果、全都道府県踏破の旅の割には、少なめのパッキングに収まっているのだが。ギャルのR6には25ℓほどのシートバッグに、小ぶりのパニアケース二つ、そして彼女が背負うのであろう30ℓほどのリュックサックが立てかけてあるだけ…と、欣秀のそれよりもだいぶ少ない。

「キャンプ用品とかないの?」

「ないない! あーしキャンプとかできないし!」

「…ほーん、じゃあホテルに泊まってんだ…。」

 金持ちの"旅行"でいいこと。と欣秀はひねくれた顔をする。もちろん、しっかり予算を組んで宿を取り長旅をすることは、何も悪い事ではないのだが。毎晩、毎朝、現地人に怒られる不安に駆られながらテントを出し入れしている欣秀は、つい斜に構えた態度を取ってしまう。

「いんや! ホテルでもないんよ! 友達の家に泊めてもらってんの!」

「? そんな全国に友人がいるの?」

「あーいや、んとね、フォロワー? みたいな? SNSで知り合った人らに、助けてもらってんのー!」

「え…、というと、顔も知らん人らと?」

「そそ! あーしけっこうツモッターとかイマキタグラムやってんだけどさ! いろんなとこにフォロワーさんいんだよねー!」

 言いながら、ギャルは欣秀にスマホの画面を見せてくる。そこには、フォロワー数約1万人という数値が表示されていた。

「おぉすご…いね?」

 欣秀は年配…という歳ではないのだが、SNSといった若者文化についてはてんで疎い。ネットで知り合った人に助けてもらうという形に、ピンとくるものがない。

「よくわかんないけどさ、そういうのって危険じゃないの? 多少は話しててもさ、結局は他人なわけでしょ。犯罪に巻き込まれたり…。」

「ナイナイ! そんなんないよ~! 宮城からここまで泊めてくれた人、みんなガチでいい人でさ! この前なんか焼肉奢ってもらったし! マジいい人だった~!」

「ふーん…。」

「ねね、お兄さんもさ、そのお弁当、一口くんない? 小腹すいてーてー。」

「やだよ。こちとら貧乏って言ってんでしょ。」

「いーじゃーん。あのバイクと一緒に、SNS上げてあげっからー。」

「恩着せがましく紹介されるほどのもんじゃないよ。」

「えーケチんぼ!

 根暗! 変な服! 時代錯誤! 負けず嫌い! しかめっ面! 童tぐももも!」

 竜田揚げが一つ、ギャルの口にねじ込まれる。


 ネットでの出会いは危険。なんて口酸っぱく言う時代は、もう終わっているのかもしれない。最近のネット事情に明るい訳でもない欣秀は、"そういうものなのか"とギャルの話を聞き流し気味に受け入れ、弁当の残りと共に嚥下する。

(ま、私には関係ない世界だな)

 友人の厚意にあやかって旅をできるなら、楽しいものになりそうだが。生憎欣秀に友人というものは少ないうえ、泊めてくれと頼み込む度胸もない。

「あーしはさ、"人の優しさだけで本州一周!"を目指してんの! エモいっしょ!」

「あ~そーねそーね。素晴らしいことだね。」

(ただの物乞いの長距離移動だろ、とは言わないでおくか…)

 なにより、人の厚意に頼って渡り歩くという旅は、欣秀にとってナンセンスだった。弁当ゴミをレジ袋に入れ、欣秀は立ちあがる。

「ま、旅人というなら、私もだからさ。残念ながら何もしてあげられないけど、応援してるよ。じゃ。」

 折角の穏やかな食事が台無しに…という無念を拭うように、欣秀は立ち去ろうとする。

「あっ…ちょ、ちょ待てよ! ねーえお願いっ! お兄さん、助けてほしいことがありんすけどぉ~。」

 ギャルが猫なで声を上げ、欣秀の裾にしがみつく。

「…はい?」

「実はぁ~、なんか知らんうちにガス欠寸前でぇ~。…ちょと、分けてもろても?」

「………。」


 はぁとため息をつき、欣秀はロケットⅢのサイドバッグから小ぶりのチューブを取り出す。元々は、自分がガス欠になった万が一のために用意したものだったが。

「…そういえば三沢から出て以来、ガソリンスタンド見なかったかもな…。」

「だよねだよね~! R6ちゃん、燃料計ないのよ! 気付いたらランプついててさー、リアルでもう詰んだと思ってたんよ~!」

 欣秀にとって正直いけ好かない女ではあるが、こんな何もない地で立ち往生されるのも寝覚めが悪い。

「あんなに飛ばすからでしょ…。」

 チューブの一端をロケットⅢのガソリンタンクに入れ、もう一端に欣秀は口をつけ空気を吸う。すると、徐々にロケットⅢの燃料がチューブの中を上っていくので、いい具合になったところで口を離し指で押さえ、その一端をR6のガソリンタンクに入れる。サイフォンの原理で、燃料がR6へと流れ込んでいく。

「うわースゴ! そーやるんだー! あーしてっきり、ガソリンを口移しすんのかと思った!」

「するわけないだろ。」

「兄さん詳しーんだね! あーし全部店におまかせだからさーガチ尊敬するし!」

「…昔とった杵柄かな……。」

 R6を揺らしガソリンがカポカポと十分な音を立てることを確認し。欣秀は改めて荷物をまとめ始める。

「あっねーねーやっぱ写真撮っておk? 兄さん! こんな人に助けてもらいましたー!ってやっから! ねーいーっしょ?」

「はぁ…もう好きにしてください。」

「サンクス! イマキタ上げてもおk?」

「どーぞどーぞ…。」

 さっさと行かせていただきたい。仏頂面で写真に写った欣秀は、今度こそとヘルメットをかぶるが。

「ねね、こっから上行くんっしょ? あーしも今日泊るとこ むつ だからさ、一緒にダベりながらいかん? インカムついてんっしょ!」

「………。」

 インカムとは、ヘルメットに装着する通話装置である。通話する相手のいない欣秀は、もっぱら気分転換に音楽を聴くために装着していたのだが。意外なところで出番が出てきた。

「あーし氏家未空うじいえみく! うじみー☆って呼んでオナシャス!」

「…磐城いわきですよ。」

(まぁ、今日はこういう日なんだろうな…)


~~


「マ? じゃあ、そのロケットってバイクで、全県制覇目指してんだー! ヤバー!」

「まぁね…。」

 二台のバイクが、陸奥湾に沿いながらひたすら北上を続ける。今まで何度かした説明を、風切り音を負かすため大声で話す必要のあった欣秀は、辟易とした顔をしている。

「で、修行しながら旅するために、そのヤベェカッコーしてるって?」

「ヤベェって言うな。」

「えっぐ! マジストイックなんだが! 体イカれん? 寝んのも土の上なんっしょ?

 ぼっちで走ってんのも修行のため? つまんない食事してんのも? 風呂入れないんも? 変な目で見られんのも?

 えってかアレなん? マゾなん?」

「君はサドなん…?」

「こっわ~~! 変態じゃん! ね~磐城さんもさ、SNS始めてみん? 磐城さんメッチャユニークってるし、バズるかもよ!」

 変態呼ばわりは初めてのことだった。

「んー…なんか、面倒そうなんだよね。いちいち投稿してさ、コメントに返信とかすんの…。」

 先行して巡行するロケットⅢの脇に、R6が付ける。

「え~! 絶対イケると思うんだけどな~! それも修行だと思ってさ! トライしてみよーよ~! 誰にも見られないって、寂しくないん?」

「……。」

 寂しい。その感情なら、欣秀は大いに持っている。誰かに旅の状況を見てもらえるというのは、それだけで心強いものになるのかもしれない。しかし、修行だからこそ。欣秀は、コミュニティから外れ、孤独の中で強さを追い求めなくてはいけない。そんな気がしていた。そんな強がりがあるからこそ、ここまでやってこられた。

 そんなことをつらつらと未空に説明するのもおかしな絵面だと思った欣秀は、簡潔に答える。

「……このほうが、カッコいいんだよ。」

「アッハハ! 何それ! ヤベ~、草生えるんだがw」

 R6を軽くローリングさせながら、未空が無邪気に笑う。それと一緒に走ると"同族"だと思われかねないと思った欣秀は、ロケットⅢの速度を上げる。それを逃さないよう、同じく速度を上げくっついていくR6。傍から見ればおかしな挙動のペアは、むつ市に向け緩やかに距離を稼いでいった。


~~


 下北半島、まさかりの刃の根本にあたるむつ市街地は、大湊鉄道の終点。本州最北端を目指す者にとっては、最後の街とも呼べる場所である。高層ビルが立ち並ぶほど都会という訳ではないが、住宅地に多数の店舗など、生活するのに苦労はしない規模であり、夜になれば釜臥山かまふせやまより『光のアゲハ』と呼ばれる鮮やかな夜景も見られる。

 その夜景が見られる手前、夕刻の時期にむつ市入りした欣秀と未空は、とある小規模マンションの前でそれぞれの愛車を停める。

「ここ、ここ! 今日泊めてくれるフォロワーさんのマンション!」

「ほー…、立派な造りね。」

 マンションは玄関のラウンジこそ簡素なものの、植木は丁寧に手が加えられており、暖色の照明も欠けていない。壁の塗装も褪せていない…と、そこそこいい値段がしそうなものだった。

(こんなとこで寝れんなら…まぁ確かに、アリかもな)

 苦笑いをした欣秀は、自分の寝床を探すべく、ロケットⅢのキーを回す。

「あ待ってよ! せっかく会えた旅トモなんしさ、連絡先ぐれー交換しいひん?」

「あー…はいよ。」

 もう二度と会う機会はなさそうだ、と思えるぐらい欣秀とは違う性格の彼女であるが、だからこそ良い情報も得られるかもしれない。鼻につくとはいえ、悪い人間ではないと知った欣秀は、二つ折りの携帯電話を取り出す。

「え! 磐城っちガラケーなん!? ちょマジもー平成かよー! ウケるー!」

「スマホも平成からでしょ。」

「ライムできんの? あ~タブレットで? あいやいや、いーや! とりま電話してもろて! あーしの番号教えるから!」

 欣秀から未空のスマホへ電話がかかると、未空は着信を切って欣秀の電話番号を登録する。

「おけまるー。…っと、フォロワーさんから連絡きたわ! あー! いたいた! あそこの部屋ねーかしこー!」

 見ると、マンションの最上階、10階の部屋の端から、男性が身を乗り出して手を振っている。

「じゃ、あーし行くわ! 磐城っち! 今日楽しかったよーあんがとね! うじみー@YZF-R6でフォロー、忘れんなよ!」

「あー…覚えとくよ。多分忘れるけど。そちらも、旅頑張ってね。」

 未空は荷物をまとめ、背中越しに手を振りながらマンションの玄関へと消えていく。

(あまり名残惜しくない出逢いってのも、あるんだな)

 欣秀はそれを見納めると、あらためてロケットⅢのエンジンを入れ、マンションを後にする。

「やれやれ、今晩はステーキでも食べんのかねーあのギャルは…。

 こちとら毎晩、納豆飯だぞ…。」


~~


「あ~~ッ、マ~ジ鬼うまかったァ~~!! 大間のマグロォ!」

 未空は寿司を平らげていた。シックな色合いで整えられたダイニングのテーブルには、漆塗りの重箱が空になって並んでいる。

「うじみーちゃんすごい食べっぷりだねぇ! 嬉しいよぉ~、若いから、ステーキとかのが良かったんじゃないかなーって思ってたんだけど。」

「ヤリイカさんそんなことないって! ステーキなんて所望するの、毎晩納豆ご飯しか食べてないようなマジ貧の飢えてる旅人だって! やっぱこーいう、ご当地グルメっての?を食べるのが、ツウってやつなんよぉ!」

 ハンドルネーム『ダイオウヤリイカ』なる40代の男は、メガネを拭きながら柔らかく笑う。

「おお、うじみーちゃんは大人だね! そう言ってもらえると嬉しいよ! 流石にマグロは釣れないけど、僕も釣り人の端くれでね! あの広大な海で出逢えた魚との縁! そしてそれを釣ろう! いや、釣られまい!という魚との闘い! 時に負けることもあれば、時に勝つこともある! そうして紆余曲折、様々なドラマの末に手に入れた魚を味わっていただくのは、フィッシャーマンとしてうんぬんかんぬん…―」

「あー…、あはは。わかりみわかりみ。ヤリイカさんマジリスペクトっすわ。」

 数分にわたって語られるヤリイカ氏の熱弁を、未空はほとんど聞き流す。

「うじみーちゃん! 僕の事褒めてくれるの!? ほんとに!? ほんとにリスペクトしてくれてる!?」

「ホントホント! マジだって! だってさ、こうして泊めてくれて、えぐい高い寿司ご馳走してくれる人、イイ人に決まってんじゃーん!」

「うじみーちゃん…! ううっ、そう言ってくれると嬉しいよぉ。でも、それはうじみーちゃんだからなんだよ? 君みたいに可愛くていい子だから、いい人が集まるんだ。人は良い事をしたら、必ずその報いが来るものだからね。助け合いの心、思いやりの心を忘れなければうんぬんかんぬんとんとろあげたま…ー」

「あーそうそう。そんな感じよね!」

(あー…、この人、自分語り長い系の人だわ。ま、一日我慢すればいいっしょ。)

 未空はてきとうに相槌を打ち、ヤリイカ氏の話を頬杖を突きながら聞き続ける。一日バイクで走った後に、満腹の食事。次第に睡魔が未空を襲い始め、やがて欠伸までする始末であったが。ヤリイカ氏は、彼女が疲れていることに気づかない。


「あっそうだ! あのさ、その代わりに、って訳じゃないんだけどさ。晩酌、付き合ってくれないかな。僕、一人暮らしだからこういうことできる機会がなくってさー。」

 ヤリイカ氏は席を立つと、キッチンから度数の高いワインボトルとグラスを持ってくる。

「あー…、いやあーし、未成年だからさ。サーセン。」

「はは、気にすることないよ。もう出歩いたりしないんでしょ? バレやしないから。ねっ。」

 あくまで、柔和に。しかし自らの息でメガネを曇らしているヤリイカ氏に、未空は眠気を忘れるほどの不安を覚える。

「…あー…、ごめ、あーしちょっと汗かいちゃったから。シャワー借りてい? ……ってあれ、あーしのスマホとか…荷物は?」

「あ、さっき寝室の方に置いといたよ。」

「いやいや、悪いって。あーしソファで寝るからさ。」

「大切なお客様を、そんな風に扱えないよ。遠慮しないでベッドで寝よ?」

("寝よ"ってなんだよ…! ガチのヤリイカかよこのおっさん…!)

「いや! 実はあーし、ソファの方が寝やすいからさ! ほら、このソファーメッチャふかふかじゃーん!」

 未空はソファに掛けながら、そこに残っていたヘルメットの、インカムのボタンを長押しする。

「うーん、そこまで言うなら…。まぁいっか。じゃ、僕もお隣、失礼するね。」

 ヤリイカ氏はボトルとグラスを持ちながら未空の隣へ腰掛け、グラスにワインを注ぎ始める。

「さ、君のワガママ聞いてあげたからさ、僕のお願いも聞いてよ、ねぇ。」

「いやいや、マジ、犯罪になっちゃうよ、おじさん!?」

「だーいじょーうぶ。あ、なんならお小遣い、あげよっか? 長旅で大変でしょう?」

「そーいう問題じゃねーからっ!」

 押し付けられるグラスを、未空は平手で跳ね飛ばす。高級材質のフローリングの上に、赤黒い液体とガラスが音を立てて散らばる。

「あー勿体ない。うじみーちゃん、どうしたの? なんで怒ってるの?」

「あんたがキモいからだよ!」

「キモい? おかしいよ、うじみー…。さっきは僕のこと、良い人って言ってくれたのに…。」

 立ち上がり後ずさりする未空に、ヤリイカ氏はじりじりと詰め寄る。

「…っ! 誰かー! 助けてぇーー!! 変態がいるーーーっ!!」

「あはは、無駄だよ。マンションは防音だし、今はお隣さんもいないし。」

「あんた…! マジおかしいんじゃないの!? こんなんして、プライドとかないの!?」

「えぇ? うじみーちゃん、だってこうして旅行を続けて来たんじゃないの? 誰かに何かしてあげる代わりに、助けてもらって。

 そんな子がプライドとか、言う?」

「ちがうわっ! あーしは、こんなん…!」

 玄関へと駆け出した未空だったが、その方面にはヤリイカ氏のほうが近く。あっけなく捕まってしまう。それでも未空は何度ももがくが、やがて成人男性の体力の前に組み伏せられてしまう。

「いいじゃんいいじゃん、こういうこと、誰でもやってるって。」

「止めて! 触んな! 誰かァーーーッ!!!」


 "ピンポーン"

 未空の渾身の金切声が上がった刹那。それとは真逆の、至って冷淡な電子音が鳴り響く。

「…誰だ? こんな時間に…。」

 ヤリイカ氏は手を止め、玄関の方を見る。

『すみませーん。隣の者なんですけどー。』

「! たすっ―…っ!」

 咄嗟に叫ぼうとした未空をヤリイカ氏はビンタし、口を押える。

「おかしいな、この時間はいない筈なんだけど…。出ないのも怪しまれるか。うじみーちゃん、じっとしててね? もし悪いことしたら……お仕置きしなくちゃいけなくなるからね。」

 口だけが笑っている、見開いた狂気の瞳に見据えられ、未空は委縮して、震えながら首を縦に振る。

「いい子だ…。」

 ヤリイカ氏は未空のもとを離れ、玄関へと歩き出す。

「はーい、今出ます~。すみませーん騒がしかったですかー?」

 下手に高圧的になると、かえって怪しまれる。ここはあくまで、冷静に、追い返そう。そうだ、それさえ済ませば、あとはお楽しみが待っている。

 ヤリイカ氏はドアチェーンをかけたまま、笑顔を作ってドアを開ける。その瞬間。


「…刀の最も斬れる場所は、物打ち…、そこを放り投げるイメージで、真っ直ぐ、振り下ろす―…!」


 開けたドアの隙間、ヤリイカ氏の眼前スレスレを、眩い白光が垂直に一閃された。同時にバキンという激しい音が鳴り、バラバラに弾け飛んだドアチェーンがその頬をかすめる。

「えっ?」

 何が起きたのか全く理解できないうちに、今度は目の前に黒い影が現れたと思うと、それはヤリイカ氏を突き飛ばし、瞬く間に部屋へと上がり込んでいく。

「おいあんた! 大丈夫!?」

「! 磐城っち!」

 乱暴に押し入ってきた欣秀を目にし、未空は涙ぐみながら叫ぶ。欣秀はそれに近寄り、ひとまず外傷がないか見渡す。

「来てくれたんね~! マジあーし信じてたから! ガチでぇ!」

「電話口から、あんなキモイ会話聴かせられたらまぁね……。」

 インカムは、携帯電話とも無線で接続できる。そうすることで、手を離せないライディング中にかかってきた電話を、ワンタッチで受け取ったり拒否したりできるのだ。そして一部のモデルには、リダイヤル機能も搭載されている。未空はとっさの機転でインカムを操作し、最後に着信した相手―即ち磐城の携帯にリダイヤルをかけ、部屋の会話を欣秀に聞かせていた。


「だから危ないぞって言ったのに…。ねえおじさん! たしかにこいつも馬鹿だけど、いくらなんでもこんなことしちゃ…ってあれ。」

 玄関の方をを振り向いた欣秀だったが、そこにヤリイカ氏はいない。嫌な予感がした欣秀が部屋を見渡していると、ヤリイカ氏はキッチンから出てくる。

「お、おい、おまえ……おまえっこんなことして、ただで済むと思わないでよぉお…!?」

 姿を現したヤリイカ氏の口は震え、目は血走っている。そしてその手には、長い刺身包丁が握られていた。

「出てけよ…出てけよお前…! 邪魔すんなよお前…。お前誰なんだよ、お前何なんだよぉ!」

 欣秀は練習刀を握り直し、冷や汗を流しながら答える。

「誰って……、ただの、旅人ですよ…!」

 と、口では余裕ぶってみたが。本物の刃物を前に、欣秀は委縮する。

(落ち着け…、獲物はこっちのほうが長いんだ……! 相手だって、これは本物の刀だって思ってる筈…!)

 威嚇も兼ねて、欣秀は刃先を突き出し、ヤリイカ氏の顔面へと向ける。が、錯乱したヤリイカ氏はゆっくりと間合いを詰めてくる。包丁を持つその手は震え、何をしでかすかわからない。

 屈強な肉体を持つ者よりも、高度な武術を会得した者よりも。狂った人間というのは、恐ろしいものである。捨て身で構わないという常軌を逸した行動は、あらゆるセオリーを覆しかねず、被害を拡大させやすい。

 にじり寄ってくる狂人を前に、欣秀は流れ落ちるかというほど脇汗を分泌し、心拍数を加速度的に上げる。恐怖を感じていた。しかし。

(馬鹿! ここでビビッてどうする! 決めたんだろ強くなるって!)

 自らの歯が震え始めているのに気付いた瞬間、欣秀は思い切りそれを噛みしめる。

(大切な人を、ものを、いざというとき必ず守れるようになるって! そのためなら…ここは、この程度の修羅場は、勝たなくちゃいけない!)

 恐怖を捨てろ。生き残ることに全身全霊を尽くせ。

 後ずさりを始めようとしていた欣秀の足は止まり、引けていた腰は据わり。腕は震えを止め、その眼差しは険を帯び、真っ直ぐにヤリイカ氏を射抜く。

(絶対に、倒す!!)

 フゥウと息を吐き出し、欣秀の目が見開いてヤリイカ氏へと一気に駆け出す―!

「こンの変態がーーー!!」

 欣秀が飛び掛かろうとしたその時。未空の叫び声が、両者の耳にこだました。そして次の瞬間、ゴンッという鈍い音と共に、ヤリイカ氏の背後から、電気ケトルが側頭部に叩き付けられる。ヤリイカ氏は床に転げるようにして倒れ、気を失った。


「ちょっと磐城っち! 何してんのさ刀なんか持ち出してさー! あんたこのおっさんを殺す気!?」

「……その言葉、そっくりそのままお返しするけど…。」

 拍子抜けして呆然と立ち尽くす欣秀に構わず、未空は荷物をまとめる。

「いくらあーしを助けるためとはいえさー、殺しちゃったら磐城っちもマズイって! もーいいよこんなとこ! 早く逃げよ!」

「お、おん……。」

 一応、ヤリイカ氏に息があることを確認し、ソファに寝かせタンコブに保冷剤を固定すると。二人は、急いでマンションを退散する。

「いつか捕まるぞ、私…。」


~~


「うっわ、スッゴ…! 星キレーイ…!」

「あのさ…、星なんか見てないで、さっさと部屋取れたホテル行きなよ…。」

 二人は郊外に移動し、あらかじめ欣秀がテントを設置しておいた、早掛沼ほとりの公園で一息つく。

「むう~、いーじゃん人が命からがら変態オヤジから逃げて来てさ、初キャンプを味わっているところなんだから~!」

「誰のおかげで逃げ出せたと思ってんの。テント張ったのも私だし。勝手にキャンプを味わうんじゃないよ。」

「はは。ごめんて。…さっきのについては、ガチ謝る。マジで。世の中ナメてたわ。」

 流石にテン下げ状態の未空は、欣秀に向かって頭を下げる。

「……別に、私に謝る必要もないけどさ。」

 求められた助けを振り払うなど、後ろ髪を引かれる真似をしたくなかっただけ。というもっともな理由もあるが、トラブルに巻き込まれることで修行の機会になる、という不純な動機もあったこともあり。欣秀は、恩を覚えられる立場なんかではない、と自嘲する。

 そんな胸中を隠すように荷物を漁り、欣秀は黙々と晩飯の調理を進める。半ば無視を決め込んでいるような状態であるが、未空は構わず、ポツポツと口を動かし始めた。

「あーしさ、16んときからバイク乗って、メッチャハマっちゃって。草レースとかにも出て遊んでたんだよね。そしたらみんなマジで優しくしてくれてさ、いろいろ教えてくれたり。そんでいい走りできたときとか、クソ嬉しくって…。その動画アップしたら、応援してくれる人も増えてさ…。」

「…バイク好きだったんだ?」

「? ったりまえじゃん。じゃなきゃ乗らんっしょ。」

「……まぁそうだよね。」

 てっきり、人気取りのためにバイクを使っていると思い込んでいた欣秀は、心の中で密かに謝罪する。

「んでさ、フォロワーさんもヤバいぐらい増えてきてさ…。…んまぁいろいろとあって。

 もっとバイクの良さとか、人のあったかさってやつ? 拡散したくってさ。旅に出たんはいーけど…。いやーうん、舐めてたわ。…マジダサいわ、あーし。…旅、やめよっかなー…。」

 欣秀はガスバーナーの上に二枚のプレート型クッカーを置いたところで、手元から目を離し、未空をチラリと見てみる。顔は星空を見上げているようだが、その肩は寂しげに落ち込んでいるように見えた。

「………別に。旅してりゃ、失敗もするでしょ。初めて尽くしのことが、旅なんだからさ。大事なのはそれを反省して、やり方を変えてくことだと思うけど。」

「…そーなんかな……。でも、だとしたらあーし、どうすりゃいーんかな…。」

 思った以上にシリアスになった状況に、欣秀は少々困惑する。

 半ばヤケになって、ヘコませるのを承知で、本音を言うことにした。

「うん……まぁ、正直に言うと、あんたは人に頼ってばっかだと思う。自分からも、なんかしてやらにゃ。」

「……磐城っちも、あのおっさんと同じこというん? あーしに円光まがいのことやれって!?」

 少しだけ強まった語気に、欣秀は思わず未空を見る。すると未空もまた欣秀を振り返っていて、その目はうっすら赤くなっていたので。欣秀は、慌てて目を逸らす。

「そんなん言われたの…? いや、別に何かしてやるって、そう……なんていうか、物理的なことばかりじゃないでしょ。」

「ちょっと何言ってるかわかんない…。」

「……あんたさ、バイクに乗ったり、レース出たりして、いろいろ頑張ってるからファンが増えたんでしょ。それって、なんかにチャレンジしてる時のあんたがカッコいいから、皆に好かれてるってことだと思うんだけど。」

「…え」

「だったら、もっと一人で頑張ってみないと。誰かと親睦を深めるのもいいけどさ、一人でできること、一人でもやりたいと思えることを、どんどんやってみるべきなんじゃないの? 誰の手が借りられなくても、無我夢中で目標に突っ走ったあんただからこそ、人のあったかさってやつが集まんじゃないの。」

 我ながらまとまりのないことを偉そうに言ってしまったことに、欣秀は気恥ずかしくなって再び手元に目線を落とす。

「……そ、」

 だがそんなぶっきらぼうな励まし方でも、未空の胸には響いた。

「そっかぁ…、そっか、そっか。そうだよね、あーし、まだやりたいことある。まだまだできること、あんだよね…。……まだまだ旅、続けられんだよね…!」

 未空は安堵と嗚咽を混じらせ、一人、何度も頷いては呟き。欣秀に顔を背け、夜空を見上げた。その背は、もうしょぼくれている様子ではない。欣秀は胸を撫でおろし、作業を続行する。


「にしてもさ、星、こんなキレイに見えんだね。仙台じゃ見たことなかったわ。…マジエモい。これを機に、あーしもキャンプ旅にしてみよっかなー。」

「…そーやってさ。」

 欣秀の顔が、少しずつ柔らかくなる。

「そーやって、自分の意志で大変なことに挑戦できんなら。十分旅人の素質、あるんじゃない。

 止むを得ず、放浪するのは案外簡単だけど。自分の意志で、不便な生活に突っ込むってのは、そうそうできることじゃないから。」

「…そっかもねぇ。でも、なんかこーいうの…味があるっていうん? あーし、楽しめると思うわ。」

「……本物のテント旅は、こんなもんじゃないよ…。」

 プレートの間に食パン二枚を載せ、さらにその間にチーズ、スライスサラミ、グリーンリーフを挟み。プレートの外からバーナーで加熱を始める。

「毎晩毎朝、テントを設営して、撤去してってのは慣れても面倒に思うし。ご飯は作るのに時間かかるし、電気はないし、地面はデコボコだし。たまに現地の人に怒られたら、撤去せざるを得ないし…。」

「あー…あはは。それはマジ、ヤバそうだね。ごめ、あーしやっぱナメてたわ。」

 未空は欣秀の隣に座り込み、自嘲気味に笑う。

「こうして、星空が見える日ばかりでもないしね。雨の日だって、風の日だって、テントを張んなくちゃ夜を越せられない時がある。…無様なもんだよ、そういう時はさ。でも…。」

 言いながら自分でも悲しくなってきて、欣秀もまた苦笑するが。星空を見上げて、その笑みを柔らかなものに変えて続ける。

「でもさ…。自分の手で、自分の足で、一日一日を乗り越えていく充足感ってのは、なかなか半端ないもんだよ。どんなにずぶ濡れになっても、強風に煽られても。こうして一人で星空を独占するたび、"一人でやってきてよかった"って思う。朝日を拝むたび、"また一つ、私は強くなれた"って思う。………ほんと、こんなもんじゃないぐらい楽しいよ、本物のテント旅はさ。」

 目を細めて語る欣秀の横顔を、未空は背筋を伸ばして見つめる。

「ふーん……なんか、意外といろいろ、考えてんだね。」

「いや、そうでもないよ。ただ、このほうが……さ、カッコいいと思っただけ。」

「なにそれ。ウケる。」

 体操座りの膝に、気恥ずかしいように未空は顔を埋める。その鼻の前を、香ばしい匂いが通り過ぎた。

「ん……なんか旨そうな匂い。何作ってんの?」

「ホットサンド。たまに作るんだ、納豆飯に飽きてきた時にさ。」

 欣秀がホットサンドクッカーを開けると、中にはこんがりと焼けた食パンが、湯気を上げ鎮座している。

「えー! ナニコレ鬼ウマそうなんだが! ねーねー半分食わして!」

「あんたさっきの家でたらふく食ったんじゃなかったのか…って、ちょっと勝手に!」

 未空はプレートからホットサンドを奪い取ると、「あちち」と手の上で踊らせながら、半分こする。割れ目から、糸を引いたチーズが零れ落ちた。

「はむっ……うわえっぐ! メチャ旨いんだけど! 磐城っち料理プロくね!?」

「道具があれば誰でも作れるモンだよ。私は料理できないってことで通ってる。」

「こういうのイマキタに上げたらさー! キャンプ好きな人らも"いいね"してくれっかなー! うん、エエかも! ちょっち始めてみっかな~キャンプ飯!」

「…それ食ったら、ほんとにホテル行きなよ…。」

 すっかり調子を取り戻した未空を横目に、欣秀もホットサンドを頬張る。何度か味わっているはずのそれが、今晩は妙に美味い。

 軽く死線を潜ったからだろうか。いや、違う。

(…そういえば、キャンプ飯を誰かと食べんのって、初めてかも)

 アツアツのホットサンドに顔をしかめながらも、欣秀の口許は緩んでいる。それはこの騒がしい日にようやく見せた、心からの笑みであった。




挿絵(By みてみん)

ビジュアルノベルにしたものを作ってみました↓

https://freegame-mugen.jp/adventure/game_12522.html

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