エピローグ
メアリおばさんのベルガモットの花の甘い匂い。それとダイナマイトの火薬の臭い。
また、目が覚めた。いつもと同じ朝が来ることにもう抵抗はなかった。
さっきまで夢を見ていたことをすぐに忘れてしまうように鼻腔に残っていた微かな臭いは消え失せ、ベッドではなく草原に裸足で立っていることに気づく。
振り返るとユーリは本来の姿で、俺とは切り離された一人の人間として自由にのびのびと暮らしている。俺のことは本当の友達だと思っている。
「コリー、何で履きなおしてるんだよ。今飛ぶんじゃなかったのか?」
「もうずっと飛んでるんだ」
あれから何十回何百回と飛んでみたが、最近はもう泥の味もしなくなって飛び込むのをやめた。だけど、この空間にいることは俺にとって何か大切なことを成し遂げることができる場所なのだ。
ユーリと市場に出かけて今日はリンゴを買って二人で食べてみた。頬いっぱいに甘酸っぱさが広がる。
アーソーンを反射した町ウォーデン。何から何までそっくりでありながら俺たちに接してくれる人はみな、この上なく優しい仮初の町。
今はなき故郷のアーソーンは、隣町として目の届く距離で焼け焦げた姿を晒していたのは贖罪のためだろう。この空間のメアリおばさんは、美人で優しく理想の母親だがもう会わないことに決めている。それよりも市場の人を愛せるように努力しようと思う。
俺のダイナマイトはユーリの大好きなペルセウス座流星群となって俺たちを裁くために今夜も降り注ぐだろう。
今夜もユーリと手を繋いで二人で流れ星を待っている。
願いごとはいつも同じ「明日目覚めたら灰になれるように」。
目を凝らして後続の光を見やると力んだ瞳から涙が滲んで霞んだ。白い流れ星が一つ。また一つと水色の空の遠方から黒い雲に飛び込んでくる。