本当の市場
俺はどうしておばさんが虐待をするのか分からない。おばさんの顔を本当は綺麗なのになあと眺めてしまうので、おばさんはそれが余計に気に食わない。ユーリは怯えて目を反らすのが常だからだ。
「冬は布でもかぶってりゃいいんだ。さっさと市場に行け。おじさんが来るまでにお前のみすぼらしい服を干してやってるんだこっちは」
逃げるように飛び出して市場に向かった。ギルおじさんが来るまでに森の小屋に行って色々準備もしないといけない。
いつもなら夕方に品物が安くなってから行く市場は、活気があって賑やかで俺が来るのは場違いだ。
キャベツはみずみずしいし、ピーマンは形がばらばらでも新鮮で炒めると美味しい。
きっと色んな町から運ばれて来るのだ。
八百屋は薄汚い俺がピーマンを盗まないか目を光らせているようだ。
ユーリはそんなこと一度だってしたことがないのに。
朝日で黄色く光るリンゴ、エメラルドにも見える濃い色のナシ。
果物を売る女は買うのか買わないのかはっきりしてと俺を邪険に扱った。買うと言ったところでこの女はいつも俺に嘘の値段でぼったくろうとする。
干し物屋は干しブドウが美味しいが、いつもてらてらと光を放っているのは熟し過ぎて腐っているのも混じっているからだ。それでも安いから干しブドウを買った。
今日は店主の方から俺に声をかけてくれた。
「コリーじゃないか。またメアリおばさんにぶたれたのか?」
「違うよ。友達と喧嘩したんだ」
俺とユーリが一番満足のいく答えだ。人には、ぶたれたなんて言えない。
「あのおばさんにそんな言い訳で通用すんのかね。あの人は利口だし頑固だし、おっといけねぇ、黙っててくれよな。こっちも関わりたくねえ」
関わりたくないなら俺にメアリおばさんの悪口を言うなよ。
「メアリおばさんは確かに考え方が凝り固まってるところもあるけど、根は優しい人だよ」
俺が心にもないことを言っているのを見抜いた店主は肩をすくめてどうだかなぁとぼやいた。
「何かお前さん良いことでもあったのか?」
良いことがあったように見えたのならそれは間違いだ。確かに今日の日の為に炭鉱からダイナマイトをたくさん取ってきた。それが顔に出ているのなら少しまずいことになるな。
「ないけど。そうだおじさんは誰か守りたい人っている?」
「どうした急に?」
俺は最後の質問をしなければならない。この人だけは味方だと思いたい。
「もし、今日誰かが殺されるなら黙って見てるのは間違いだよな。でも、もしかしたらそのせいで他の人も傷つくかも」
店主は俺が感傷的になっているのに疲れた様子で手を振った。
「おばさんの仕打ちのことを言ってるんなら帰ってくれ。俺がお前を守ってやれるわけじゃない。毎日顔ぐらいは見てやれるけどな。どうよミア」
店主は、隣の豚肉をさばいている肉屋に俺の質問をぶっきらぼうにした。肉屋の女将は何のことか分からないくせに面白おかしく俺をせせら笑う。
「傷つけておやりよ。この町の連中は馬鹿ばっかりなんだからさ。あんたが弱虫だからおばさんに折檻されてるんでしょ」
干し物屋の店主は、言い過ぎだ馬鹿野郎と怒ってくれていたが、肉屋の女将は「あんなのがもし血縁にいたらあたしだってお断りだわ」と悪態をついた。
俺の耳には最後まで入らなかったものの代わりに聞こえてきたのは影の男の声。俺の妄想するところのギルおじさんの姿や態度、声を扱う。といっても、俺とユーリの共有するこの肉体が一回り大きくなったりすることはない。
心配なのは俺たち三人はそれぞれ今日八月二十一日が己の限界であると共通認識していることだ。
《こいつらはもう生かしてやる理由がないよな。心配するな俺に任せておけ》
俺はまだ自分の意識で首を振った。
「俺はユーリを助けたいだけだ」
《馬鹿言っちゃいけねぇなぁ。お前は折檻を耐えるだけの役割じゃないか。そんなもんでメアリおばさんとギルおじさんは手を緩めないし止まらねぇぞ。命まで取られちまう。ユーリを助けるなら、メアリおばさんもギルおじさんも、町の連中全員をダイナマイトで吹き飛ばすしかない》