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流星群の夜に  作者: 影津
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八月二十一日(真相)

 爪が、びりびりと痛んで目覚めて叫んだ。


「寝坊したくせにうじうじ泣くんじゃないよ。ギルおじさんが帰ってきたら私だってぶたれるかもしれないんだ。ちゃんと家事をしないと、うちを追い出してやるからね」


 左手の親指の爪が剥がされている。こんな起こし方があってたまるか。頬に俺ではなくユーリの涙がこぼれた跡がある。メアリおばさんは俺をすぐに立たせると俺にわざわざ見えるように爪を床に投げ捨てた。目元に残った涙を見られまいとすぐに手の甲でぬぐった。


《泣くな泣くな。左手の親指の爪を剥がされただけじゃないか。死ぬわけじゃない》影の男の声がする。


 俺はユーリより痛みに強いからこうしてユーリの代わりに虐待を受けている。


 俺が昨日喧嘩してユーリを黙らせておいてよかった。もう当分ユーリは引っ込んで出てこないだろう。だが、もう一人の人格の影の男の声を黙らせる方法はない。


 俺たち三人格は主人格のユーリ、ユーリを肉体的に守る俺と突然現れて俺とユーリを困らせる影の男で、ここ数か月を乗り切っている。


 今日はギルおじさんが到着する八月二十一日だ。それまでにこの虐待から逃れないと確実に死ぬことになる。


 ギルおじさんについて分かっていることはおばさんをかつて捨てたことと、今また経済的に苦しくなってうちを頼ってくること。この鬼のメアリおばさんを殴ったこともあるしユーリを半殺しにしたこともある。上には上がいるとは言うが。ギルおじさんが帰ってきたら何をされるか分かったものではない。


 おじさんが帰って来ると分かってからのメアリおばさんは怒り狂った。ユーリへの八つ当たりは激しさを増した。おじさんが帰ってきた日には労働と虐待で死んでしまう。


 メアリおばさんは怒り心頭のままおおざっぱにベルガモットの香料を頭に振りかける。部屋中に染み渡る甘い臭いはもう嗅ぎ飽きて外にいても臭ってきそうだ。華奢な身体つきで昔は美人だったようだが、今は毎日怒ってばかりなので目つきが鋭いし口元も歪んでしまっている。


「今日は朝から市場でデザートを買ってきて。ギルおじさんの分だよ。遅れた分走って行きな。それから、お前の余ってる服。今日質屋に入れて金に変えてやるから」


「冬はあの服しかないのに?」


 メアリおばさんは俺が口答えしたことにもう顔を真っ赤にして、脳天目がけて近くの木の椀を投げつけてきた。本当は皿を投げたかったようだが、もう割る皿がなくなってしまう。


「役立たずの分際で服を惜しむのかい。急に生意気になったね! 例の友達ができてから頭おかしくなったみたいだね。また精神科医を探してみるかい?」


 俺はユーリが言うように弱々しくごめんなさいと呟いた。


 ここ数カ月で生まれた俺の使命は主人格であるユーリを守ることだ。ユーリが俺のことを友達だとメアリおばさんに紹介したときにはおばさんはついにお前は変人になったね、お前なんか血縁じゃないよと、俺はこっぴどく箒で叩かれた。


 だが、昨日のは酷い。ユーリは嘘をつくのが苦手なので俺と喧嘩したと素直にメアリおばさんに言ったので、どうすれば一人で喧嘩して服を泥だらけにできるのかと服を脱がされた上に叩かれた。俺は平気だったのだが、俺のことを見ていられなくなったユーリがあろうことか俺と交代してしまいとうとうユーリが限界になって意識を失ってしまった。


 だから今日のユーリは意識の底に沈んでしまって連絡が取れないままだ。


 だが今朝みたいに無防備な睡眠中などに襲われるとユーリが出てきてしまうのかもしれない。


 頬の冷たい涙はユーリのものだったのは間違いない。どんなに怖かったか。痛みは変わってあげることができても、恐怖はユーリに染みつく。


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