影の正体
早く手掛かりを探さないと。もっと早く探せ。何かあるはずだ。作業台に木箱がいくつか置かれている。まるで開けてくれと言わんばかりだ。一方的な会話文のメモが出てきた。
《泣くな泣くな。左手の親指の爪が剥がれただけじゃないか。死ぬわけじゃない》
《俺は弱虫が嫌いなんだ。いい加減目を覚ませ。アーソーンの町の人間はお前の惨状を知ってるぞ。でも何もしてくれないだろ。市場の人間はお前が毎日買いものに出されるのも黙って見てるだけだ》
《このままじゃ、殺される! もう耐えられないって言ってみろ。そうしないなら俺がアーソーンを焼く。焼き払う》
《昨日は一人で喧嘩したって言って精神病院に送られるところだったろ。お前はもうギルおじさんが帰ってきたら終わりなんだ。メアリおばさんだけでなくギルおじさんにも虐待されて死ぬしかないんだ》
ギルおじさんと思っていた影の字は書きなぐるような筆圧でとても俺の字とは似つかない。ただ最後に一文が添えてあるのは明らかに俺の字だった。
《俺は死んでもいいと思ってる。でもユーリだけは助けたい》
そうだ、俺の使命はユーリを守ること。ユーリはただの友達なんかじゃない。
振り返るとユーリはいなかった。俺は慌てて頬を触って感触を確かめる。浅黒い肌を見下ろすとそこにはさっきまでの姿とは似つかない不健康で血の気のない肌、痩せこけて細長い身体がある。俺はユーリ・コリー・アンダーソン。
後ろからそっと影が近づいてきた。驚いたことに砂利を踏む足音ははっきりと聞こえた。相変わらず顔は見えないが今度の影の声ははっきり聞こえた。
「やっと自分が誰か分かったか。分からせるのに、七年かかったぜ。」
おそらくこの影の男も俺とユーリそのものなのだろう。虚無感に襲われてうなだれていると俺を励ますようにダイナマイトを一つ投げてよこした。受け取ることができず足元に転がった。
「これから行ってくるが?」
この後に及んで許可を求めてきた。ウォーデンの町、いや本当はアーソーンの町を爆破しに行くのだろう。
「ユーリはどうなる?」
影は顔のないのにどういうわけか俺を嘲笑った。
「保身に走るのか? どうなったかは知ってるはずだ。お前は地獄行きで、こうして八月二十一日を行き来してる」
鼻歌でもしそうな雰囲気でリズミカルに歩を揺らして去って行く。もう星の降る時間だ。足元に転がっているダイナマイトに消えかけのランタンの火を移して音を立てた火花を流星に見立てる。火花を反射した坑道の壁が綺麗だった。