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そして扉は開かれた  作者: 柴咲遥
9/17

ひとりで生きていくふたり

三橋の瞳から大粒の涙が溢れ出ていた。

「だったら・・・あの時、そう言ってくれたら・・・私たち」

「渡邊らしいよな・・・」

「私・・・彼に復讐してやろうって…」

「でも私が渡邊さんのこと一瞬でも好きになったのは事実です、私・・・今月で退職して仙台に帰ります、これが私なりのけじめっていうか・・・」

「そぉ・・・わかったわ」

三橋は、ため息混じりにそう言った。

「まさか、高橋くんとこんな形で再会するなんてね・・・ありがと」

そう言ってハンカチで涙を拭いた。

「じゃ、この話はもうおしまい、渡邊だってこのままじゃ…ね、齋藤さん、元気な赤ちゃん・・・産んでね」

「はい、いろいろと・・・申し訳ありませんでした」

齋藤美穂はそう言って深々と頭を下げた。

「はぁ~高橋くん、赤坂見附まで送ってよ!」

三橋は大きく深呼吸して僕の方を向いてそう言った。

「ぁあ・・・わかった」

「じゃあ、齋藤さん…もう会うこともないと思うけど・・・」

「はい・・・失礼します」

エントランスを出たふたりは、黙ったまま赤坂見附に向かって歩き出した。

日枝神社の鳥居前で信号待ちをしていると三橋は話し始めた。

「高橋くん?知っていたの?」

「なにを?」

「フフフ・・・まぁいいわ」

「それにしても暑いなぁ」

カシュクールワンピースが風でなびいていた時、三橋は日傘の下から真夏の太陽を見上げた。

「ねぇ、高橋くん?お茶する時間くらいあるんでしょ?」

このまま別れたくない僕の気持ちを見透かされてるようだった。

「ぉあぁ・・・じゃそこのスタバにでも・・・」

「フフフ・・・高橋くんってホントわかりやすい」

日傘の越しに少し嬉しそうに笑って呟いた。

「チャイティラテでいい?」

「うん、フフフ」

「なんだよ?」

「よく覚えていたわね、私がチャイティラテ好きだったの・・・」

「・・・ぐっ偶然だよ」

「チャイティラテ、トールのホットとアイスをお願いします」

「高橋くん・・・ちょっとここで待っていてくれない?」

「ん?どこ行くの?」

「うん、ちょっとね・・・すぐ戻ってくるから、お願い」

窓から日傘をさして信号を渡って行く三橋の姿が見えた。

「どこ行く気だ?」

チャイティラテ、アイスとホットを受け取って席に戻って三橋を待つ、こんな気持ちで女性を待つのなんて久しぶりで、目の前のふたつ並んだカップをぼんやり眺めていた。

「お待たせぇ、ホント暑いわねぇ~日傘していてもジリジリするわ」

そう言ってチャイティラテを一口飲んだ。

「私もアイスにすれば良かったかな」

「交換する?これまだ口付けてないし・・・」

「いいの?ありがと」

そう言って三橋はアイスのチャイティラテを美味しそうに一口飲んでこっちを見て笑った。

三橋が一口飲んだホットのチャイティーラテにはうっすらルージュが残っていた。

「この前は・・・ごめん」

「ぅうん、あの夜は私が悪かったの・・・私もどうかしてた、ごめん」

「いや・・・なんかあの後も、連絡しようと思ったんだけど・・・」

「いいの、高橋くんの性格も知ってるし、連絡は来ないって思ってた」

「そっか・・・」

「はい、この話はもうおしまい」

そう言って三橋は微笑んだ。

「それで?離婚の話は?進んでるの?」

「17日・・・呼ばれてる」

「そぉ・・・私が言うのも変だけど、もう戻れないの?」

「そうだな・・・俺たちはもうあの時のようには・・・」

「高橋くん離婚したら私が面倒見てあげるから!」

「え?なんだよ突然」

「冗談よ!だって亡くなった会社の同僚の奥さんと再婚なんて、執行役員に傷がつくでしょ・・・」

「傷ってなんだよ!傷って・・・」

「ごめん、でもありがと・・・」

「あのね・・・斎藤さんに、これ渡して欲しいの」

そう言って三橋はバッグから分厚い封筒を取り出して僕の前に差し出した。

「なに?これ?斎藤に?」

三菱UFJの封筒を開けると1万円札の束が見えた。

「これを?どうして?」

「元カレの子っていうのは、彼女がついた嘘なんでしょ?」

「でも・・・どうして?彼女に?」

「彼女、渡邊の子をひとりで産むつもりなんでしょ?」

「だとしても・・・」

「彼女、私を傷つけないために・・・でもそれは渡邊を愛していたってことの裏返しでしょ?私は子供・・・育てられなかったけど・・・もうこんな事しか出来ないけど」

そう言って遠くを見つめた三橋は、どこか悲しそうで、でも何か吹っ切れたように清々しい顔をしていた。

「言ったでしょ、私、お金には不自由していないって」

そう言ってチャイティラテを飲み干して笑った。

「そっか・・・わかった、必ず彼女に渡すよ」

「うん、ありがとう・・・こんなこと頼めるの高橋くんしかいないから」

僕も冷めたチャイティラテを飲み干して店を出る。

「じゃまた・・・高橋くん、もう私たちも若くないんだからちゃんとしなきゃだめよ」

「なんだよ、ちゃんとって、おふくろみたいに・・・」

「高橋くん、いろいろ・・・ありがとね」

「なんだかもう会えないようなこというなよ」

「また私に会いたいんだ?」

「・・・まぁ」

「小説、続けてよ・・・楽しみにしてるからね」

「ぁあ・・・わかった」

「じゃここで・・・さよなら」

三橋は振り向きざまに僕を一瞬抱きしめて駅の方へ消えていった。

会社に戻ると今にも泣きだしそうな顔で齋藤美穂が僕のデスクの前に立っていた。

「部長?どうでした?なにか言われたんですか?」

「DNAって?元カレのって・・・全部、嘘なんだろ?」

「はい・・・でも…あのくらい言わないと信じてくれないと思って」

「それも、三橋を・・・いや、渡邊の奥さんを傷つけないために?それほど渡邊のこと・・・」

「私が偽り続けることで、渡邉さん安らかに眠れるのかなって」

「彼女、みんな気づいていたよ、齋藤のお腹の中にいる子供が渡邊の子供だってことも・・・私は母親になれなかったけどって、せめてこれを受け取って欲しいって」

そう伝えて三橋から預かった封筒を手渡した。

「元気な赤ちゃん産んでくれって・・・」

齋藤美穂の瞳から大粒な涙が溢れ出て、人目をはばかってすすり泣いていた。

「部長・・・私、私・・・」

僕は自分でアイロンをかけたブルーのハンカチを彼女に渡した。

そして、9月、齋藤美穂は実家のある仙台に帰っていった。


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