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そして扉は開かれた  作者: 柴咲遥
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母になる覚悟

新型コロナウイルスの第2波の真っただ中の三連休は特にやることもなく、アパートとスターバックスで読書をして過ごすことがほとんどだった。

「こんなゆっくり読書したのは何年ぶりだろう」

これからひとり生きていく覚悟みたいなものが僕自身の中で広がっていった。

アパートの台所に立って大きめな鍋にお湯を沸かす。

今夜は秋田から送ってもらった稲庭うどんと、冷ややっこ、豚肉の卵とじ、別居から1年近くが経って自炊の腕前もずいぶんと上がっていた。

「いただきます…やっぱうどんは稲庭が一番うまいな~この豚肉の卵とじもウマいじゃないか!」

ひとり言を呟きながら冷蔵庫から冷えた缶ビールをもう1本取り出した。

「明日、三橋は来るのだろうか?」

あれ以来、何度か連絡をと思っていたが気後れしていた。

熱帯夜の夜が明け8月11日も天気予報は40度近い暑さを予報していた。

「なんだよ!朝からこの暑さ・・・」

北鎌倉の森からは容赦なく蝉しぐれが降り注いでいた。

駅に着いた時には拭いても、拭いても噴き出してくる汗がワイシャツの襟を濡らしていた。

いつものように総武線快速に揺られ、東京メトロ銀座線で溜池山王駅に着く。

出来るだけ汗をかかない様にゆっくり歩くが、異常な太陽の日差しがそれを許さない。

「おはようございます~今日も暑いですね~」

ビルメンテの女性がエントランスで声を掛けてきた。

「おはようございます、ホント暑いねぇ~ちゃんと水分取ってよ!」

「ありがとうございます、高橋さんも仕事頑張ってください!」

「おぅ、ありがとう」

(なんで?俺の名前を?)

オフィスに入ると齋藤美穂が待ち構えていた。

「高橋部長、おはようございます・・・すみません、私のために」

「それより体調は?大丈夫?」

「はい、平気です、ホント来るんでしょうか?」

「わからない・・・けど来るとしたら今日しかないと思う」

「はい・・・ご迷惑おかけします」

「まぁ、あまり考え過ぎても、とにかく無理しないで」

「はい・・・ありがとうございます、あと、これを、お世話になりました」

キレイな書体で退職届と書かれた封筒を手渡すと、齋藤美穂は自分のデスクへ戻って行った。

その辞表をデスクの引き出しに仕舞ってパソコンを立ち上げた。

「しかたないよな・・・」

午前中は何ごともなく過ぎて昼になろうとしていた。

「来ませんね・・・」

「お昼どうする?」

「外、暑そうですね・・・」

「じゃあ俺が弁当買ってくるから」

「え?私行きますよ!」

「斎藤は、ほらっ あれだから・・・」

「あれって? あぁ~」

そう言って少しはにかんだような様な笑顔でこちらを見た。

「天丼でいいか?金子屋の天丼弁当、ごちそうするから」

「ありがとうございます」

「おいっ泣くなよ!天丼くらいで、俺がなんか叱ってるみたいじゃないか!」

周りの目を気にして小声で嗜める。

「すみません・・・」

僕はひとり天丼金子屋に向かってオフィスを後にした。


「いただきます・・・」

「ぉう、ちゃんと食べて、これからいろいろ大変なんだから・・・」

「はい・・・」

「ほら~また泣く~」

「だって・・・部長、そんな優しくするから」

齋藤は泣きながら南瓜の天ぷらを食べた。

「俺はいつでも優しかったぞ!」

「はい、部長の奥様がうらやましいです!」

「はははぁ・・・」

「うちな・・・近々、離婚すんだよ」

「え?ウソ!なんでですか?どうして?」

「どうして?って…それはこっちが訊きたいよ」

「大丈夫?なんですか?」

「大丈夫って?ひとりでってことか?」

「はい・・・」

「大丈夫、別居生活ももう1年になるしな、自炊の腕も上がったぞ!」

「そうだったんですか?私アシスタントなのに何も知らなくて」

「俺だって齋藤のこと何も・・・」

「おい、また・・・」

「ゴメンナサイ、この天丼も食べ納めかなと思うと涙が…」


外が少しづつ暮れてきた夕方5時過ぎ、受付から内線がなった。

「齋藤さんに三橋様という方が、アポイントはないそうなんですが・・・」

「部長・・・」

一瞬緊張感が走り、齋藤美穂とアイコンタクトを取って内線を代わる。

「7階の応接室へ通してくれる」

「承知しました、7階の応接室へお通しします」

「部長、私・・・ちゃんと話します、奥様に」

「うん、わかった、俺も行くよ」

7階の応接室のドアをノックすると「はい」と三橋の声がした。

「高橋くん!じゃなくて高橋部長か・・・ご無沙汰しています渡邊の家内です」

「今日は?どうしたの?渡邊のことで?」

「ふたりとも立ってないで、座って、あなたも・・・」

三橋は僕たちふたりを見てそう言った。

「あなたが齋藤美穂さん?」

「はい・・・私が齋藤です」

「そぉ、あなたが・・・」

三橋は齋藤美穂をじっと見つめていた。

「あのぉ三橋・・・」

「高橋くんは黙ってて!」

「これ?あなたよね?」

そう言って三橋はバッグから渡邉のスマートフォンを取り出して、残っていた画像を突きつけた。

「はい、そうです」

齋藤美穂はまっすぐ前を向いて三橋の目を見つめてそう言った。

「渡邊との不倫を認めるのね?」

「いいえ・・・」

「この期に及んで認めないって言うの!」

「おぃ三橋!」

「高橋くんには関係ない!」

「渡邊課長は、私のミスをかばってくれて・・・それで私・・・でも渡邊さんは奥様を愛してるって・・・私ふられちゃったんです!」

「なに言ってんの!私たちとっくに・・・」

「いいえ、渡邊さん奥様のこと何もかも知っていて・・・俺となんか一緒にならなきゃもっと幸せになれたのに・・・って」

「うそよ!じゃあそのお腹の子は?」

「この子は、私の元カレの子供です、DNA検査もご覧になります?」

「渡邊はあなたのこと・・・」

「いいえ・・・渡邊さんは奥様を最後まで愛していました、愛していたから離婚して解放してあげたいって」


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