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そして扉は開かれた  作者: 柴咲遥
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バスルームの復讐

「あのぉ・・・三橋で?部屋の予約とか?」

「三橋様ですね、少々お待ちください」

「はい、ご予約承っております、チェックインでよろしいですか?」

「あっ・・・はい」

「22階ガーデンスイートをご用意しています、お支払いは既にお済ですのでサインのみお願いします」

「ガーデン・・・スイート?」

大理石に囲まれたフロントロビーのソファーに座ってぼぉ~っと天井を見上げている三橋がいた。

「三橋?大丈夫?部屋行くよ」

「うん・・・」

ステーキハウスを出た時と違って三橋はもう素面に戻っているみたいだった。

沈黙のエレベーターはふたりを乗せて22階まであがる。

「ここ・・・の部屋」

部屋に入るといかにも上品なゴールドとクリーム色を基調としたキングサイズのベッドと奥のリビングルームには座り心地の良さそうなソファーが見えた。

僕は窓に近づきカーテンを開けた、眼下にはライトアップされた和田倉噴水公園と皇居のお堀、遠くに浮かび出すオフィスビルの窓灯りが見えた。

「すごいな!夜景」

「キレイね~」

僕の横にきて呟いた三橋からはとてもいい香りがした。

夜景に映った三橋の横顔はどこか妖艶で、僕は理性を保つのに必死だった。

(このままベッドに押し倒したら)

「高橋くん、私のこと・・・軽蔑してる?」

「軽蔑?なんで」

「渡邊に嘘までついて結婚して・・・挙句の果て不倫されて子供まで・・・」

「うちも同じようなもんさ・・・」

そう言って無理に笑おうとした。

「なんでこうなっちゃんだろうね・・・私はともかく高橋くんのところはお嬢さんも・・・いくつになったの?名前は確か」

「希実・・・14歳、中学2年生・・・男親からしたら子供の成長なんてあっという間さ、子育てしてる母親はそうじゃないんだろうな、それも離婚の原因のひとつかもな」

「もし離婚したら・・・どうするの?親権?とか」

「親権ね、嫌な言葉だね、たぶん・・・母親の方が、思春期の娘を仕事しながら、男手ひとつっていうのも・・・」

「それもそうね・・・やっぱもう無理なんだ?子はかすがいって言うじゃない?」

「うちはもう・・・やり直せない」

「あんな大恋愛だったのにね・・・」

「時は人を変えていくもんだね・・・あの時は、家族を絶対幸せにして・・・どちらかが死ぬまで添い遂げるって思ってたのにな」

「俺のことより、どうすんの?渡邊の子供のこと・・・」

「どうするって・・・私より相手の女の方でが・・・でしょ?」

「ホントに渡邊の子供?」

「わからない・・・確証はないけど たぶんそぉ」

「そっか・・・」

「本人死んじゃったし・・・赤ちゃんの顔も見ないで・・・生きていたらどうするつもりだったんだろ?やっぱり離婚?するつもりだったのかな?」

「どうかな?」

「高橋くんならどうしてた?」

「え?俺?だったらって」

「奥さん以外に好きな人いなかったの?」

「そんなこと・・・」

「今まで浮気も?」

「ないよ・・・浮気なんて一度も・・・」

「じゃ今夜が初めてね・・・」

そう言って僕の手を優しく握ってきた。

「先にシャワー入ってくるね、なんか髪もお肉臭くなっちゃった」

そう言って、真っ白なワンピースを脱ぎ捨てた、その姿が遠くに見える東京タワーの夜景と重なって映っていた。

僕は冷蔵庫に入っていたエビアンを手に取って喉を鳴らして飲み干した。

「いいのか?これで・・・渡邊の・・・」

僕は三橋を待つ間、高揚した気持ちを抑えるのに必死だった。

「あの三橋と・・・」

お互い40歳を過ぎたとはいえ、学生時代から好きだった三橋とホテルの一室にいることが未だに信じられなかった。

「お待たせ・・・高橋くんも入ってきたら」

バスローブに身を包み少し上気した三橋は艶めかしく美しかった。

「ぅうん・・・」

曖昧な返事をして三橋の使ったバスルームに入ると、甘い誘惑の香りが僕の全身の血液を沸騰させた。

そして冷たい水で何度も、何度も顔を洗う。

「ねぇ、高橋くん?聞いてる?」

「高橋くんがもし、何か後ろめたいって思ってるとしたら・・・それは違うから・・・」

「これは私の復讐なの・・・」

「復讐?」

「そぉ・・・渡邊への復讐」

「渡邊の不倫のこと知った時ね、私 渡邊が一番怒って悔しがる復讐ってなんだろう? って考えたの」

「それが今・・・私が高橋くんに抱かれること・・・」

「彼ね、高橋くんが先に執行役員になった時、泣いたのよ・・・あれ、悔し涙だったのかな?あいつはすごいよって」

「そして、私に謝ったの・・・ごめんまた負けたって」

「私、そんなこと全然気にしてなかったのに・・・でも彼はそうじゃなかった」

「それからよ・・・彼の様子が少しおかしくなったの・・・たぶん不倫もその頃からなんだと思う」

僕は、三橋の話を聞きながら鏡に映る自分を見つめていた・・・そして左目から一筋の涙がこぼれた。

「どうしたの?シャワーは?」

「ごめん・・・帰るよ」

「え?どうして?」

「ホント・・・ごめん」

「ちょっと・・・待ってよ、ひとりにしないで!」

僕は彼女の腕を振りほどいて、掛けてあったジャケットとバッグを取って逃げるように部屋を出た。

パレスホテルのエントランスを出るとライトアップされた和田倉公園の噴水が勢いよく上がって我に返る。

「こんなところで・・・なにやってんだよ?俺は」

皇居のお堀から流れてくる南風に少し冷静さを取り戻す。

「復讐って・・・どうして?・・・どうしてこんなことに・・・」

呪文を唱える様にオレンジ色に輝く東京駅に向かって足早に歩き出す。

総武線快速久里浜行の地下ホームには僕の他に数人が佇んでいた。

目を閉じると学生時代の渡邊の顔が浮かんできた。

「あいつ・・・そんなこと」

しばらくして電車がホームに入ってくる、帰路につく足取りは皆重そうだった。

電車に揺られ瞳を閉じると、さっきまで同じ部屋にいた三橋の姿が脳裏に浮かぶ。

「あのまま・・・部屋にいたら、俺たち」

瞼を開けると真っ暗な車窓のガラスに自分の顔が映っていた、それはホテルのバスルームで見ていた悲しい顔のままだった。

「今夜のことは忘れよう・・・忘れなくちゃ」

三橋への想いはすぐに消えないことはわかっていたけど、僕はまた瞳を閉じた。

北鎌倉の真っ暗な中にあるアパートに着いて、いつものように鍵を回す。



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